11.脱獄成功
「へへへ。案外簡単に抜けれたっすね」
浮かれた顔で疾走するイシェル。
俺は彼女に釘を刺すように後方を指差した。
「そういうことは逃げ切れてから言えよ」
「はーい」
視認できるだけでざっと百人程度。
十数メートル後方からは鉄剣を手に持った多くの衛兵たちが鬼気迫る面持ちで逃亡する俺らのことを追いかけてきていた。
「そこの二人止まりなさい!」
「もう逃げ場はないぞ!」
衛兵たちは追いかける側がいいそうな台詞を何度も叫んでいるが、俺たちは走りながら顔を見合わせそれから吹き出した。
「ぶふっ! 聞いたっすかボス。止まりなさい……だって。ぷくくくっ!」
「ひひっ。逃げ場はないぞって……まず追い込んでから言えよって話だよな」
地下牢という狭い空間から外に出てしまえば逃亡手段などいくらでもある。それに追手がどれだけの人数を揃えていようとも、俺たちに喰らいつくだけの胆力がなければ意味もない。
「あっ。しかもそろそろバテてきたみたいっすよ」
「私服を肥やした公僕どもが、初心を忘れて訓練を怠ったんじゃねぇのか?」
初速は勢いがあったものの、段々と足の回りが遅くなる衛兵たちを見てイシェルは下目瞼を指で下に引っ張り、真っ赤な舌を出した。
「やーい。もう疲れたのかぁ? へたれ、運動音痴、甲斐性なし、雑魚、お馬鹿、チリ、ノミ、カス、クズ!」
イシェルの語彙が終わっているのはさて置いて、追いかけてきたいた衛兵との差はグングンと開いていた。
この調子なら余裕で逃げられるな。
「イシェル。この梯子を上がるぞ」
「ういっす!」
建物の屋上に続く長い梯子を一気に上がる。
そのまま屋根上を飛び移り、衛兵たちの物音から遠ざかるように駆けてゆく。
「……よし。終わりか」
屋根の上からであれば通路の構造を無視した移動が可能となり、衛兵たちは完全に俺たちのことを見失った。
騒がしいガヤはなくなり、静かな月夜が訪れる。
少し遅れて屋根を飛び移ってきたイシェルは清々しい顔で息を大きく吸い込んだ。
「いやぁ。シャバの空気は美味いっすね!」
「うん。俺ら捕まってたの半日だけな?」
「もうボスはノリ悪いっすね。ドン底からの生還って凄く気持ちいいじゃないすか!」
「それもお前が勝手に絶望してただけな。俺はあの程度の鉄格子なら簡単に壊して逃げ出せるって分かってたし」
「だぁぁぁぁっ! 少しは共感しろよぉ。そんなんだから人付き合い下手くそなんすよ!?」
うるせぇ……耳が痛いことを言うんじゃないよ。
人に好かれない性格してるってことくらい自分がよく分かってんだよ。
この馬鹿部下は時折心を滅多刺しにする言葉をピンポイントで浴びせてくるのが腹立たしい。
「だいたい衛兵たちに捕まったのだって、ボスか無抵抗に手を挙げたまま外に出たのが悪いんじゃないすか」
「ならお前は中で待っときゃ良かったろ」
「なーに言ってんすか。私がボスを見捨てて一人隠れるわけがないでしょうに」
……審問されてた時、真っ先に自分の無罪を主張してたけどな。お前。
ジト目を向けるが、イシェルは首を傾げて逆に「何こっち見てんだ?」的な態度で両腰に手を置く。
自分だけ助かろうとしていた狡猾な行いは3歩歩いたら忘れるのかよコイツ。都合のいい脳みそしてんなぁ……とは口に出すことなく俺は目元を手で覆って彼女から視線を逸らした。
まあ脱出できたことだし、一旦は身を潜められそうなところで衛兵の巡回を躱し……ん?
「ん。どうしたんすかボス?」
「なあアレ」
「アレ?」
視線の先にあったもの。
それは数人の男たちに囲まれる。
渦中の女騎士──レイラ=ハシュテッドだった。