10.反抗の決意
レイラが捕縛されていた俺のところを尋ねてきた日の夜。
未だクズり続けて不貞寝を決め込んでいるイシェルを足先で突っついて俺は告げた。
「おい。そろそろ囚人ごっこは終わりだ。ここを出るぞ」
「…………?」
イシェルは細めたような目でこちらを見てくる。
なんだこの言葉の意味を理解できていないような間抜け顔は。
ため息を一つ挟み、俺はイシェル服の襟を掴み強引に立ち上がらせた。
「今から脱獄するって言ってんだよ。寝ぼけてねぇでさっさと起きろ馬鹿」
「脱、獄……?」
「ああ。俺らを捕まえた衛兵たちに気を遣って1日だけは地下牢にいてやったが、ろくな飯もださねぇような奴らに使う義理なんて必要ねぇだろ」
大人しく捕まっていればタダ飯が食えるかと思ったが、出された夕食はカピカピで青かびの生えた固いパンと冷たく腐臭の漂う野菜スープのみ。
呆れるを通り越して静かな怒りすら覚えた待遇だった。
「ま、まさかボス……囚人としての食事が食べたくてわざと捕まったんすか!? あぁ、昼間に夕食は何が食べたいとかアホなこと聞いてきたのはそういうこと……!?」
イシェルは驚愕の顔で嫌悪の混じったような視線を浴びせてくるが、断じて違う。
「待て。俺は別にタダ飯欲しさに大人しく捕縛されたわけじゃない」
「じゃあなんなんすか!?」
「昼間に殺し損ねた暗殺対象の女騎士が尋ねてきただろ?」
「ん……いや私、疲れて寝てたのでそんなの知らないっすよ」
「てめえ……まあいい」
イシェルがまるで役立たずなのは無視して俺は地下牢の鉄格子に鋼糸を絡ませる。
そのまま思いっきり鉄格子を締め上げると、鈍い金属音と共に頑強に見えた鉄格子は曲がりだし、やがて鋼糸の圧力によりバラバラに切り裂かれた。
「最近は連日忙しかったから。地下牢に囚われている間は暫くゆっくりと身体を休める時間にしようかと思ってたんだよ」
「思っていた?」
いずれは極刑に処されるとしても、囚人には少なくとも数ヶ月間は猶予がある。その間はまったりと依頼を受けない自堕落な時間を過ごしてやろうかと思っていた。
だが、あの女が──レイラが俺の元に顔を見せにきた。そしてロード王国のフィクサーとも呼ばれる悪名高きゲルシー公爵の悪事を糾弾すると息巻いていたのだ。
無謀なことばかりを言っていた気がするが、それでも俺には面白く思えてならなかった。
「……けど。気が変わった」
「え?」
「イシェル。仕事の時間だ。俺らを嵌めた──あのクソ公爵を本格的に潰すぞ」
あのクソ公爵を潰すのにはもう少し準備に時間を掛けてやろうと思っていたが、レイラが打倒ゲルシー公爵に燃えているのを目の当たりにして、気が変わった。
無鉄砲で無謀に思える彼女だが、政界のフィクサーが彼女に敗れないという保証もまたどこにもない。
身分は下っ端の女騎士。
コネも後ろ盾もあのクソ公爵に比べたら貧弱極まりないが、俺は大穴に賭けることが嫌いじゃない。何故なら下馬評を覆した勝利には決まって大金が動くからである。
「ボス。政界のフィクサー。キヤサカ=フォン=ゲルシーに歯向かうんすか……」
「嫌なら降りてもいいぜ。脱獄後はお前の自由だ」
人生が狂いかねない危ない橋を渡るのだ。
一応イシェルに意志を問うてみるが、彼女の返答はだいたい予想できる。
「いいじゃないすか……こんなカビ臭せぇ牢獄でつまらん時間を過ごすよりも、命懸けの大博打をするほうが私は好きっすね!」
「覚悟はいいんだな?」
「私らはそこらにゴロゴロいる矮小な小悪党っすよ。……でもたまには巨悪を飲み込むジャイアントキリング決めたいんすよねぇ。一度きりの人生。悔いのない死に方が私はしたい!」
「ふっ」
決まりだな。
俺たちは破壊した鉄格子を靴底で踏み付け、地下牢の階段を登ってゆく。
これはただの脱獄じゃない。
──俺らが人生を賭けた大勝負を始めるための脱獄である。




