シュレイは密かにキレている。やつらを憚らせてなるものか〜友情のために婚約させられたのはあなただけじゃない!勝手なことばかりいうのでわからせる〜
こんにちはと、挨拶は基本。
しかし、なぜか現在、マナーをぶっちぎりで破る男がなにやら喚いている。
とんだ男が居たものだ。
唾を飛ばして汚らしいったらない。
貴族じゃないから扇子なんて持ってないし。
呆れてため息を吐いた。
「なんでジジイの友情におれの将来を消費させられないといけないんだ?」
シュレイも同じく、祖父に友情の証として差し出された生贄。
同じ立場だというのに、どうしてこちらを一方的に責められるのか不明。
この目の前にいて、無様に叫ぶ男は婚約者のオビトという年若い青少年。
どうでもいいけど。
彼曰く婚約破棄させてもらうからと、問答無用で宣言していったので、もう婚約者でもなんでもない。
そうならば、自分も遠慮なく言わせてもらう。
「浮気をした方は婚約破棄出来ないよ」
「づ!?」
文句の続きを言おうとしていた相手が、体を跳ねさせる。
「いうだけなら、私にだって言いたいことたくさんあって、我慢してた。でも、こっちにだって我慢の限界。浮気したくせに、なに偉そうに私に向かって八つ当たりしてるのかな?」
冷えた視線を寄越せば、目が泳ぐ相手の元婚約者。
「証拠あるよ?もちろん家族にも既に説明済み。あんたがそれによって家を追い出されても構わないという覚悟なんだろうし、破棄でもなんでもすればいい」
証拠があると言った時点で体がふらついていたやつは、遂に膝を突く。
いや、婚約破棄RTAじゃないんだから。
挫けるの早すぎ。
シュレイは転生者だが、家族のみそれを知っている。
婚約を知った時は祖父を理詰めして泣かせたものだ。
なんで、たかが祖父の交友維持の為にろくに仲良くもない自分らが婚約するのかという言葉をコンコンと語ったよね。
その齢、五歳。
五歳の孫に正論を吐かれて泣く爺。
見ていて、イラッとした。
泣くなよと足で地面を踵落としした時も、ジジイ、間違えた。
祖父はびくんとして怯えた。
別に祖父は生真面目や切実な性格ではない。
若い時は若い娘に大層モテたらしく、軟派な性格が今も続いている、世間を知らないボンボン。
シュレイから見た限りだけど。
実際頭に砂糖菓子が詰まってるようなことしか言わない。
で、そんな祖父がシュレイと婚約者を繋げられたのは、決めた時の当主が祖父だった為、父は阻止出来なかったのだ。
こうなった以上、祖父が当主(貴族じゃない)をやめるように追いつめる他あるまい。
今、婚約破棄、浮気、などと並べ立てても「友情の前には些細なこと」だとなかったことにするだろう。
婚約者を一瞥し耳元で「必ず報復するから。嫌なら家を出て」と吹き込む。
彼は泣いていた。
知るか。
浮気した癖に、こちらに難癖つけて今更破棄するという吐き気を催す所業は許されない。
この年齢で次の婚約が決められる確率をこいつは知らないのだ。
正解は、困難。
ただでえ、こちらも平民。
結婚適齢期ギリギリ。
そんな中で、いっとうましな相手が残っているのなら、それはなにかの罠。
シュレイはまだ自らの魔法があるから身を立てられるが、将来設計を無に返された。
それなのに、婚約者の男がこのままうまく浮気女と結婚してとなるのは、シュレイが許さない。
家に帰って祖父の当主代行、という貴族のような腹の立つ言い回しをあてこする。
具体的にいうと、家督を継がせることだ。
家督を変える。
祖父の部屋に入って、記憶していた通りの場所にある家督交代の書類を糸で手繰り寄せる。
それと、祖父の持つ家督者のハンコを手に持ち、さらに部屋を出た。
今時、ハンコはないよ。
と、転生者ゆえにビミョーな顔になる。
こんなふうにされてしまうので、セキュリティに問題大有り。
己の魔法は糸関係。
転生者だからこそ、ここまで細かな調節ができる。
そうでなかったら、この糸は宝の持ち腐れだった。
して、父にこれを届けて家族総出で、祖父に凶弾を仕掛ける。
さらば、青春ゴロしの祖父よ。
シュレイといえば、ぺっかぺかの笑顔で祖父をギャン泣きさせる役目だ。
その時間がやってくる。
「なんてことをした!あやつとの繋がりがなくなってしまうだろ!」
「今まで色々言ってきたのに、なにも聞いてらっしゃらなかったのね」
母があらあらと、鋭い瞳を向けている。
「だからな、親父。あっちは親父なんて友達と思ってないんだ。強いていうなら、なんでもホイホイいうことを聞く手下がいいところなんだよ。はぁ、何度目だよこれ」
婚約者も勘違いというか、手のひらで転がされていたが、婚約の本当の理由は友情維持というふわふわしたものではない。
シュレイの家からの持参金、及び祖父からのお金。
お金だ、お金。
マネーイズパワーね。
困ったことに、長年それに気付いているのか、知っていて、だからこそこちらとあちらの繋がりを切れないように、婚約を結ばせたのか。
どちらか最後までわからなかったけど、もう知らなくていいや。
祖父を言葉で心をゆっくりへし折る。
今までのお礼として、向こうの祖父を友人としてキープしてきた男の裏のあるセリフの数々を聞かせてあげた。
「い、嫌だ。聞きたくない」
まるで十代の少年のように耳を塞ぐ。
糸で指を引き離す。
いい年して、むかつく仕草をしやがって。
「あいつは使い勝手がいい」
「ち、違う」
シュレイの報復は止まない。
止めるわけがない。
「じゃ、提出してきてね」
家主の変更により、祖父をどうするかということになった。
祖父を言いくるめてきた向こうの人達には、既に糸で報復している。
見て見ぬふりしてきた、元婚約者の家族。
人が大勢居る前で、服を分解してドロワーズをつけた姿にしたり。
おしりだけ服がなくなっているとか。
兎に角、父に代替わりしたからこそ、今まで手を出しにくいからこそ、反撃は暖められていた。
シュレイは向こうの家に侵入して(婚約者の交流を名目に家内を把握済み)そこで憎き二人目のジジ、いや、偉大なる、尊敬するかな、の爺さんへ特大のプレゼントをした。
「な、な、ななな」
朝起きると爺様のベットには円状の形が。
オネショである。
このオネショ、この人のものではない。
シュレイがかなり再現度の高い匂いを再現した水である。
無害だと思う、多分。
なぜそんな知識があるのか?
という疑問はさておいてもらいたい。
まだまだ、満足しないシュレイ。
さらに連日行われる元婚約者の祖父のそれに気づき出した家族達。
もう隠居させた方がよいのではという家族会議が一人を抜いて行われた。
次男である元婚約者は謹慎中なので、不参加。
参加していたら、もしかしてシュレイがなにか関係しているかもしれないと気づけたかもしれないのにねぇ。
糸で情報収集した結果、やはり隠居させる方向で行くらしい。
向こうは祖父枠の男を嫌ってはなかったが、あまりよい顔をしなかった。
息子の婚約者を半ば無理矢理決められてしまったりと、独占的なやり方をされていた。
だから、仕方ないと諦めても納得は当然してなかった。
この二人も報復対象なので、やり返す予定を先々組んでいる。
服を解いたのはその一環。
長男も血族なので報復リストの中にきちんと入っている。
子供の前で恥をかいてもらった方がなにかといいかもしれないので、将来に期待して、今はやらない方がいいのかなとも思っている。
鬱憤が溜まっているシュレイは、元婚約者にも継続してダメージを与えていた。
浮気相手ともども、糸を介して痒みを引き起こす薬に触れさせて、身体中が痒くて堪らないという状態にさせる。
これってまさか、となるのだ。
シュレイは何度も考えてから行動している。
その結果。
浮気相手も同じ症状があるのだからと怖がる二人。
医者は不明なものに判断不可となり、それっぽくなるので、結局治療法はそのまさか、の方のものになる。
勘違いし続ければいい。
浮気相手の女にはもっと痒み倍増させておこうかなぁ。
色々考えなきゃ。
暇でもないしね。
祖父が隠居し、うちは平和になった。
元婚約者とも縁が切れたので、今は糸を使って今までしていなかったことを始めている。
便利に利用されてしまうからと、我慢していたのだ。
糸の魔法で編んだマフラーや手袋。
かなり保温性が高く、ヒット商品となっている。
シュレイは誰にも奪われる心配なく、遂に自分だけのお店を持ったのだ。
転生してから我慢を重ねていたので、反動が酷かった。
連日作業作業の連続。
倒れるかと思ったが、従業員一名になんとか宥められ、渋々休んだ。
「私がやっておきますよ」
同じ転生者の人。
ここのマフラーと手袋を見て、訪ねてきてくれたのだ。
「うー、ごめんなさい。お願いします」
やりたいことが多すぎて、寝られない。
頼むと彼女は、笑顔で任せてくださいと言ってくれる。
いい人だ。
彼女は魔法で色をつけるのが得意と言うので、染め物をお願いしている。
個人の店なのでマイペースに作れるからこそ、忙しくない。
「おやすみなさい」
寝ないとね。
帰宅して、部屋のベットに寝転ぶ。
外から、元婚約者らしき男の声が聞こえる。
「あ、近々いとこの居る田舎へ行くんだったか」
やらかしたことはなくならないので、こちらへ擦り寄ってきたのか。
くだらないと、指を曲げる。
「うぎゃああああ」
なにかが起こって、悲鳴をあげた男の声に目を閉じた。
警備の人がやがてやってくるだろう。
それにしても、悪あがきする人ってあんなふうなんだなぁ。
将来は小説も書きたいので、丁度良い資料だと思って、今回は軽い罰に留めてあげることにした。
浮気して壊しておいて、あの態度はある意味大物である。
心の中で百まで数えて、なんとか眠りにたどり着いた。
*
元婚約者サイド
地面から足が離れたことだけは、分かる。
男は急に視界がぶれて叫び出す。
勝手に口から漏れたそれは、どうにもならなかった。
無様な姿を近所中に晒すことになった。
「なんだ!」
なにが起こっているのかわからない男は、もがこうとして、さらに強くなる拘束に慌てて体を動かすのをやめた。
「く、くるひい!だ、だれかっ」
しかし、シュレイの家から誰か出てくることもなく、近所の家から出てくる人達がクスクス笑うのを身に受け続けるしかない。
(見てないで助けろよっ)
やがて、警備隊の面々が来て、宙に浮かぶ男を胡乱な顔で見続けていた。
シュレイの元婚約者、オビトは早く助けろと言いつける。
しかし、警備隊の人たちは顔を見合わせて首を横に振る。
「この魔法は魔法保持者でもないかぎり、解放出来ない」
教えられた説明に叫ぶしかない。
「はぁ!?」
なんだよ、魔法ってと、オビトは叫ぶ。
「そもそも家に勝手に入ろうとしていた現行で逮捕だからね?君」
告げられた解。
「んに?」
間が抜けたような声を出した。
現行犯で逮捕。
オビトは、自分の居る場所が玄関を入って直ぐのところだと気付く。
(興奮してて気付けなかった)
他者の敷地に入っている。
「こ、この家の長女とは婚約関係で!」
慌てて、これは違うと弁明をする。
「いや、それはないよね?噂でも、正式なやり取りで既に婚約者じゃなくなってるよね、君」
「なんでお前そんなに詳しいんだよ」
「そりゃ、情報通だと現場判断する時に便利だからだよ。おじさんから学ぼうね?」
子供としてあやされるように言われ、歯軋りする。
(どうして、こんな目に!)
ただ、祖父の独断で決めた婚約が嫌で堪らなくて。
(おれは、絶対に決められたもんに従わないって思ってただけだろ……)
澄ました顔をした元婚約者に当たった。
自分とて、浮気して婚約者に外で婚約破棄を突きつけた時は祖父に怒られた。
(代替わりしろよなって思ってたのに)
が、その後祖父は遠い土地に封殺されるように送られて、今後は好きに婚約できると喜んだのも束の間。
うちには金がなかったらしい。
ほとんどが元婚約者からの融資。
一気に生活レベルが落ちた。
両親からも責められて、部屋に閉じ込められた。
金がないと知られると浮気相手、本当の愛を交わし合った恋人は直ぐに自分を捨てた。
両親は金を稼げなくなった息子を、遠くにやることに決めたらしい。
慰謝料を請求され、生活が苦しくなって、息子への同情が嫌悪に変化したのだ。
相次ぐ、公衆の面前での服が消えるという事態に心の余裕も豊かさも失われていた。
遠い親戚のうちに働き手として、オビトを送るそうだ。
「でも、でも、だって……ぐあああ」
なにか言おうとすると急に、細長いそれが締まり出す。
その後、ゆるりと拘束は解けた。
「おっと、不愉快だからとっとと連れてけってことかなぁ」
オビトは痛みと砕けた心が混ざり合い、立てなかった。
警備隊の男は、オビトの腕を引っ張り、警備隊の取り調べをする建物まで引っ張った。
その時、彼は咽び泣いていた。
警備隊の男は、制服に付きませんようにと小声で呟いた。
*
眠りこけた日から歳月が経ち、シュレイはもう一人の転生者と楽しく糸関係のものを作る生活を過ごしていた。
ある日、その転生者、ラノウラが頬を染めて秘密を告白するように教えてくれた。
「実は、お付き合いしてる人がいるんです」
「その人を成敗して欲しいって話?」
「ち、違いますよ!人間不信もほどほどにして下さいよっ」
ラノウラは慌てて手を振り否定する。
いやぁ、だって初めての婚約が酷すぎたからさ。
恋愛不信にもなるよ?
ラノウラは特にそういう体験をしてないらしく、ありのままを感受できるというだけだ。
「で、ですね、シュレイさんに紹介したくて」
「私発信の興信所してあげるよ。無料で」
なるほど。
「いやいや、無料だから飛びつくわけないですよね。そういうのはいいです。もうやったので」
「やったんかーい」
やはり、彼女も転生してきた口だ。
そこら辺の固め方は熟知していた。
「私を誰だと思ってるんですか?経理担当してたんですよ?それくらいの危機管理やリスクは心得てますよ」
どうやら転生前に色々あったらしく、語りたがらないが、なにやら歴戦の戦士のような気迫を持ち得ている。
「で、誰々?」
「その、とある貴族のうちで働くドッグトレーナーで」
「ええ。なんか肩書き胡散臭い」
「そんなことないです。調査しました」
「うちで働いているから、狙われてたとかなーい?」
首をうにょんと曲げて、しらっとした目を向ける。
うちは新進気鋭の人気店。
平民用だけど。
稼げてはいる。
「ち、違いますよ。紹介したくて」
ドッグトレーナーを?
「犬躾ける人を私が躾けろっていう、遠回しなご依頼?」
「なんで躾けるんですか?全人類を躾けようとする、その考えを取り払ってください」
流石に目に怒りが宿っていた。
ええ?
冗談じゃないのにー。
で、紹介された彼氏ことドッグトレーナーの男。
うん、悪い人には見えない。
兄がいて、キャットトレーナーという珍しい職にあるらしい。
キャットトレーナーの兄の話を聞いたシュレイは、立ち上がる。
「見に行きたい!」
「え、兄をですか?」
相手は困惑していた。
「いや、猫を。猫みたい!猫猫!この国猫少ないから!買いたいけど、今の所買えるツテないんだよ!」
ラノウラの恋人は困惑の顔をしながら、お付き合いしている彼女の方を向く。
「シュレイさんは猫派ですよね。私もです。見にいたいなぁって思ってたので、共に行きましょう」
「犬派の彼は?」
「うーん、この人犬には理解あるのに、猫にはてんで興味ないんですよね」
犬には好かれて、猫はよくわからないという、雲のようにふわっふわな思考をしているのだと小声でこちらに伝えてくる。
破局しないかこのカップル?
「犬派に猫を好きにならせる方法なんて過去やってきました。彼はチョロイン。分かるでしょ?」
目をほっそりとさせる彼女と、熱く握手をした。
うむ、同志よ。
「というわけで、お兄さんにご連絡よろしくお願いします」
ああ、と疑問に思っている弟。
そういうところやぞ。
後日、犬派筆頭彼氏が共にいる状態でお兄さんに会いに行く。
「珍しい人たちだ。猫なんて知られてないのに」
何を言うとるか、と二人の女は意気込んだ。
猫と遊ばせて欲しいという女二人に、兄は首を傾げた。
「遊ぶ?えっと、毎日トレーニングさせているけど、遊ぶってなんだい?猫は遊ばないけど」
それを聞いたシュレイは無言でラノウラを見た。
ラノウラも、無の顔で首をシュッと切る仕草をする。
【やれ】
【アイアイサー】
糸の能力でこの偽物トレーナーを緊縛。
「うおわああ」
「兄貴っ!?」
シュレイとラノウラは猫の居る部屋に行き、猫がストレス過多の状態で狭いゲージに入れられているのを目撃。
「ニワカが手ぇ出したな」
劣悪な環境。
「処す。やりましょう!全身青色に染めてやります」
見たことある色合いに、するらしい。
「それで崖からバンジーさせたらもうあれだね」
「あれですすね」
二人は悪役のように笑って猫達を解放して、糸で作り出した猫じゃらしを持って無双した。
猫達は本当に欲しかったものを手に入れ、半狂乱で飛び跳ね回った。
小一時間遊び終えた二人は、そこで休憩して、兄と弟を交えて猫について説明する。
こんこんと、切々と。
兄は目をパチパチさせて、遊び終えた猫達を見た。
今までは猫の夜鳴きや、普段の鳴き声が酷くて部屋を隔離していた。
トレーナーといっても、聞きかじった知識しかない新しいもの好き。
または、他の人がやらないことをやりたがる質。
弟はドッグトレーナーをしている。
ならばと手を出したのが、この国で知られてない猫という生物。
珍しいというだけで売れる。
それはトレーナーじゃなくてブリーダーって言うんだよ、と足を相手に蹴り付けた。
「き、君、乱暴はよしてくれ」
ラノウラの恋人がなにか言っている。
そのラノウラは、無言で兄に向けて青色の染料で染め上げた。
青く染まり出す。
「ひい!」
兄弟が悲鳴に濡れる。
その二人に説教して、猫についてのノウハウを書いた本を後日送りつけた。
その後、その兄のところにいた猫を全て買い取る。
ラノウラと共に相談して決めた。
猫砂さえ用意されてなかった環境に、おいておけない。
隣国では、猫がいるとのこと。
そこで商品を購入したいが、やはりなかなか手に入らないので、糸を使って元々計画していた繊維云々の技術をなんとか完成させる。
猫砂の開発だ。
糸関連のお店をやりながら、猫をお店で飼う。
隣に猫が過ごすスペースを設置して、お客が楽しめるように改良した。
すると、めちゃくちゃ、爆発的に猫に人が惹きつけられて、予想以上に人々が魅了されていった。
猫を飼いたいという人も居たけど、人間不信のシュレイには響かない。
ラノウラは苦笑しつつも、スペースで過ごしてくださいとしか言えない。
やがて、スペースで過ごす時にお金が発生するように設定して、猫カフェならぬ猫衣類店のようになっていた。
服は扱ってないけど。
猫用の冬服を着せた時は、お揃いが欲しいという依頼がきて、腹巻のところだけ使って渡した。
それがまたヒット。
暖かくて猫とお揃いなのが良いらしい。
腹巻は売れないだろう、という思い込みをしていた二人は目から鱗だった。
腹巻は、ビジュアル的に好まれないと思っていたのだが。
猫達を膝に乗せて、魔力ヒーター的なものに当たっているとラノウラが彼氏を連れてきた。
「別れ話が泥沼に発展したん?大丈夫、山に埋めれはバレないって」
「ひい!やっぱ怖い!」
「あはは、人嫌いもここまでくると可愛く思えますね。残念ながら違います。私たち二年後に結婚する約束をしたんです」
「なんで二年後?この人あんまりおすすめ出来なくない?」
現代語で話しているので、隣に居る彼には一部しか会話を理解できない。
「まあ、お兄さんをしっかり育てて様子見って理由で」
「ふーん。優男でいいの?」
「まぁ、はい。だめだめでも好きですから」
「不倫とか、浮気とかしたら山埋めやろうね」
「はいっ」
いい笑顔で顔を合わせる二人に、震える婚約者になった男。
どうやら、この人もラノウラをそれでも好きだと更にプロポーズしたらしい。
猫の施設になりつつある店をやっていると、たまに転生者が来る。
「猫吸いやりたいです」
猫吸いという言葉だけでわかる。
「モフりたい」
その時、情報を交換していく。
「あのー、すみません」
今日やってきたのは、転生者を名乗る男。
ラノウラを呼んで二人で対応。
「はいはい」
聞くと、自分はものをペースト状にするスキルを持っているのだという。
「そ、それで、これ魚をペースト状にしたものなのですが」
彼は異常なほど怯えながら取り出す。
「え?ペースト状に?ということはあの猫のスペシャルメディスンと言われてる。食べると食いついて離さないアレって、こと???」
シュレイはビャッとペースト状にされた包みを掴む。
「ひゃああー!」
「えええ!」
「なになに?」
三人が驚いて奇声を出す。
「え、ただ掴んだだけですけど?」
包みを掴んだシュレイは怪訝になる。
「す、すみません。実は」
男、エンドラによると、街で成功したペースト状にしたものを猫にあげていたら、そこに猫が集まって、うにゃうにゃと異常なほど声を出して、食べ物を食べる猫達の光景が繰り広げられていた。
それを見た街の人たちはあの男、猫達にやべえもん与えてると思い込み、犯罪者のように追い出されたのだとか。
「いや、仕方ないところもあるとしか。アレ食べる時の猫達の目、血走るし」
気迫が違う。
まるで、骨肉の争いを彷彿とさせるくらい混沌となる。
早速、猫達にあげていく。
あげる前に、エンドラの口に捩じ込んで食べさせたので毒見はしてある。
シュレイも確認して、ちゃんと時間をかけていたから安全性は保証されたわけだ。
「うぐぐ、ペースト状のものは美味しくないんですよ」
まだ生臭さが残る口を拭うエンドラ。
猫達にあげると、飢えた獣のように食べ出した。
「くくく、猫達はもう私たちから離れられなくなるね」
シュレイの悪人顔に、ラノウラも悪く笑う。
「あ、エンドラくん採用」
「え?別に従業員としてきたわけじゃないんですけど」
断られるけど、他に道などあるかな。
「でも、仕事これから探すのならうちでよくない?」
「猫好きですよね?」
二人に顔を寄せられて逃げ惑う。
「ま、まぁ。はい。実はすごく」
「ほほう、ほほう。今後、ここから引っ越して猫の国の隣国に行こうと思ってるんですけど、行きたくないですか?」
「えっ、い、行きたいです。行きたかったんですけど追い出されて旅費がなくてここまで来て足止めされる状態でして」
ここは小さな国なので、隣国までは直ぐなのだが、隣国を通るまでには面倒な道もある。
猫が知られてないのは、おそらく隣国は猫を保護していて、こちらの国にうっかり出ないようにしているからと思われる。
「隣国でなら、ペースト爆売れ確実です」
頷き、太鼓判を押す。
エンドラは感動して働きますと、泣いた。
その後、エンドラが隣国の旅費を稼ぐことを期限にシュレイ達も猫達も引越しを進める。
ラノウラの婚約者はどうするのかというと、二年後の婚姻を早めてついて行くということになった。
猫についての理解はやはり、なってなかったのに。
しかし、たまたま犬と猫の添い寝シーンを見た彼は、その光景に胸を打たれて隣国に興味を持った。
予想通り、隣国で猫用の服と猫用のペーストオヤツは知られると瞬く間にヒットした。
特におやつに関して、王族も欲しがった。
厳しい審査を通り抜けてたどり着いたのは、猫の名誉勲章授与。
流石猫だらけの国。
不思議な勲章もあるものだ。
ラノウラ達も無事婚姻して、結婚式も今度出ることになった。
そんな時、エンドラに告白されてぽかんとなった日がある。
「え?ドッキリ?」
首を傾げた。
「ち、違いますよ。本気でやってます」
「うーん。私じゃなくていいと思うよ?だって、もう邪険にされないよね。好きなところで働けるし。声かけられてるよね?名誉勲章授与されたから引っ張りだこでしょ」
「う。ラノウラさんのいう通りです」
それは、人間不信のことをおっしゃってますか。
彼女から自分についての情報をなにか得ていたのに、それでも告白してきたみたい。
「そ、それでもあなたのことが好き、ですっ」
「うわ、浄化される」
元婚約者など消し飛ぶ純粋な言葉。
「だめでしょうか」
子犬のような濡れた瞳。
「だめ、ではないけど。こんな捻くれた相手はやめといた方が賢明だと思う」
「いえ、いえ、そんなことありません。猫を助けるために悪質ブリーダーから助けたし、僕も助けてくれたし」
「並べられるとヒーローみたいだから、言わなくていい」
「かっこいいところも好きです」
突然、褒められる。
「ありがとう。うん」
「けけ、結婚を前提にお願いします」
カミカミな言葉に、シュレイもラノウラのことは言えないなと、敗北を感じた。
だめなところが可愛くて、見放せない。
「よろしく」
手を出したら、相手ががっつり両手で掴んできた。
汗でしっとりしていて、勇気を出してくれたのだと胸がグッと詰まった。
(わたしがときめくとは、恐ろしい)
結婚を前提と言っていたので、夫になるってことだ。
自覚したわけじゃないけど、改めて確認するとじんわりとなにか、感じ入るものがあった。
今後も変わらず、猫の居る糸を使った商品とペースト状のおやつがある大人気店。
地元にも愛される、二組の夫婦がいるお店として、雑誌に載ることになるのはまた別のお話。