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第38話: ローハンの贖罪

 ローハンが気がつくと、そこは見たこともない場所だった。

 

 柔らかな光に包まれた空間。


 透き通る青空の下には、果てしなく続く白い雲が広がっている。


 風はなく、耳を澄ませば遠くから穏やかな調べが聞こえるようだった。


「ここは…どこだ?」


 ローハンは体を起こし、周囲を見渡した。


 しかし、地面の感触もなく、空気に漂うような不思議な感覚だ。

 

 目の前に広がる景色は美しい。


 それなのに、心がどこかザワザワしていて落ち着かない。


 彼はふと、地球での最後の記憶を思い出した。


「・・・死んだのか、俺は。」


 だが、自分の命で地球が救われたのなら、それでいい。


 そう思えた。


 ローハンは立ち上がり、雲の上を歩き始めた。


 どこに行けばいいのかはわからない。


 ただ、足が自然に動いた。


 しばらくして、彼の視界に人影が現れた。


 遠くに立つ一人の男。


 ローハンはその姿に思わず目を凝らす。

 

 その男の顔は、まるで自分の鏡像のようだった。


「誰だ....?」


 距離を縮めるにつれ、男の表情がはっきり見える。


 驚くべきことに、その顔には穏やかな微笑みが浮かんでいた。


「やあ、兄さん。」


 その声を聞いた瞬間、ローハンの足が止まった。


「兄さん?」


 男は頷いた。


「そうだよ。僕だ、ハンスだ」


 その名前を聞いた途端、ローハンの胸に鋭い痛みが走る。

 

 忘れていたはずの記憶が、氷のように冷たい形で心に突き刺さった。


「ハンス…」


 ローハンは呟いた。


 その名は、彼の過去の一部だった。


 いや、正確には、忘れ去ろうと心の中に必死で封じ込めていたものだった。


「俺に…弟がいたのか….?」


 その言葉を口にした瞬間、幼い頃の記憶が洪水のように押し寄せる。


──────────────────────


 ハンスはすべてにおいて自分よりも優っていた。


 勉強も運動も、そして両親の愛情さえも。


 ローハンがどれだけ努力しても、ハンスには敵わなかった。


 その結果、ローハンの心にはいつしか嫉妬が芽生え、そしてそれが憎しみに変わっていった。


 ──ある日のことだった。

 

 ローハンは弟を崖際の遊歩道へ誘い、ふとした瞬間に足を滑らせたように見せかけた。


 弟はそのまま崖下へと消えていった....


──────────────────────


 その記憶は彼の中で忘却の彼方に押し込められていた。


 両親は弟を失った悲しみの中、ローハンを以前よりも愛するようになった。


 ローハン自身も、弟を殺めた罪悪感を無意識に封印して生きてきたのだ。


「・・・ハンス….。」


 ローハンの目から涙が溢れた。


「俺は…お前を…」


「殺したんだろう?」


 穏やかに言うハンスの声は、まるでローハンの心を見透かしているかのようだった。


 ローハンは肩を震わせた。


「俺は最低だ…。嫉妬心で…俺が、お前を…」


 ハンスはゆっくりと首を振った。


「いいんだよ、兄さん」


「いいわけがない!俺は…!」


 ハンスはローハンの肩に手を置き、優しく微笑んだ。


「兄さんは、自分のことで精一杯だったんだ。それは仕方がないよ。僕を憎んだのも、僕を殺したのも…兄さんが悪い人だからじゃない。ただ、不器用だっただけなんだ。」


 その言葉に、ローハンは息を呑んだ。


「僕は兄さんを恨んでなんかいないよ。むしろ、兄さんにまたここで会えて嬉しい。」


「ハンス…」


 ローハンは顔を両手で覆った。


 罪悪感と解放感が同時に押し寄せ、涙が止まらなかった。


「ありがとう…ありがとう、ハンス…」


 二人はしばらくの間、雲の上で寄り添うように立っていた。


 天国の風が、彼らの間に流れるわだかまりを優しく洗い流していくようだった。


 そして、ローハンはそっと目を閉じた。


 この場所で、ようやく自分が許されたのだと、初めて感じることができた。


──彼は目を覚ました。


 そこは、いつものレジスタンスアジトだった....。

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