09 パワードアーマー
レテシア…ヒロインで正義の味方。帝都の治安維持部隊『警吏』のトップ
アル・ネリ…主人公。人を殺すことになんの躊躇いもないタイプ。レテシアを守るためにルマレクを殺したい
ルマレク…レテシアの部下。警吏の幹部。レテシアを守るためにアル・ネリを殺したい。
人形たちが到着してからも、そして病院に運ばれてる最中も、ルマレクはオレたちの前に現れなかった。それが不思議だし不気味でもあった。
傷を縫ってもらってる間、レテシアは別の班に指示して川を捜索させた。そして強盗犯の死体を発見した。
「首の骨が折れてたらしいわ」
病院からの帰り道にレテシアは言った。
「それは残念だなあ」
となりを歩くオレは悲しげな顔を繕う。外は夜の帳が降りていた。病院での治療に加え、強盗事件の現場処理に時間を取られたからだ。
「折れ方が奇妙だってアフラ先生が言うの」
「奇妙とは?」
「ポッキリ折れてるんじゃなく、万力で潰されたみたいに粉々になってたって」
アフラ先生とやらが真相にたどり着かないことを祈る。オレのためじゃなく先生のために祈るのだ。なぜなら死体を通してオレの犯行を疑うようなら、先生を殺す必要が出てくるからだ。
すべてはオレがレテシアの傍にいるため。レテシアを守るためだ。
警吏本部のエントランスを通り、中央のオフィスでレテシアと別れた。それからひとりで昇降機に乗って、昼まで寝ていた客間に戻る。
部屋の割り振りができるまで客間を使っていいとレテシアに言われた。宿無しのオレにはありがたい。
1階のオフィスは警吏が昼夜を問わず勤務しているため騒がしいが、上の階はみんな寝ているから閑散としている。ひっそり静まりかえった通路を進み、客間のドアノブに触れたときだった。
ドアの向こうに人の気配を感じた。
あらゆる攻撃を想定し、対応しうる策を頭に描きながら慎重にドアを開ける。
部屋にいたのは、やはりというかルマレクだった。ベッドの縁に腰を下ろし、背筋を伸ばした姿勢で腕を組んでいる。
とりあえず部屋に入ってドアを閉めたが、それ以上進むとルマレクが仕掛けてきそうで動けない。
「ようやくわかったぞ」
しばらくしてルマレクが言った。
「…なにが?」
「きさまの正体だ」
ルマレクは背後に隠していた物をつかんでオレに見せた。
「飛戒団の残党だな」
ルマレクが手にしていた物、それは頭領の仮面だった。それを入れていた背嚢共々オレの記憶からすっぽり抜け落ちていた。さっさと捨てればよかった。
「そのとおり、オレは飛戒団だ」
仮面を見られた以上、言い逃れはできない。
「仮面を持ってはいるが、年齢から見てきさまは頭領ではあるまい。頭領は死んだのか?」
「ああ、オレの腕の中で死んだ」
ルマレクは遠い目をして「そうか」と呟いたあと「…それで」とつづけて険しい顔に戻った。
「親分を殺された腹いせにレテシアさまの生命を奪いに来たわけか」
「…なんだそれ?」
女帝マルガリータや将軍たちの生命を狙うなら理屈は通る。しかし飛戒団壊滅に関与していない警吏のレテシアをオレが殺そうとするなどと、なぜルマレクは考えるのだろう。
あるいはルマレクにそう思わせる理由で、オレの知らない何かがレテシアの中に存在するのか。
ルマレクは腰を上げた。そして背中に差したメカメカしい銃剣を抜いて切っ先をオレに向ける。
「ここで死んでもらう」
オレも手刀の構えで対峙した。武器も防具もないが、試合の手応えだと力の差はオレが上だった。この程度のハンデなら覆せるはず。
ただあのゴツい銃剣だけは未知数で不安が残る。
ルマレクは銃剣を構えたまま、鍔に並んだ計器を指で操作した。すると刀身が内側から赤々と輝きはじめた。
「はっ!」という気合と共にルマレクが前へ踏み込んだ。
オレは即座に剣の軌道を予想し、反撃に有効な角度まで考慮して半身でそれを回避した。刹那、凄まじい熱波に襲われ、たまらず距離をとった。
見ると服の一部が燃えていた。慌てて叩くが、消す前に今度は銃弾が飛んできて急いで床を転がってやり過ごす。なんとか被弾は免れたものの、息つく間もなく、すでに眼前まで来ていたルマレクが二の太刀を見舞う。
咄嗟の瞬発力で真上に飛ぶと、梁をつかんで天井に張り付いた。ルマレクはすぐ銃モードに切り替えてパンパン撃ってくるが、天井を高速で這い回るオレを撃ち抜けないでいる。
「おのれっ!ゴキブリみたいにちょこまかとっ!」
とにかく距離を取りたかった。そうすれば仕切り直してオレのペースに持ち込める。しかし客間という限られた空間ではそれができない。熱を発する剣は大きく回避しなければいけないし、しすぎると銃撃の間合いに入ってしまう。
それこそがルマレクの目的だった。強盗犯の殺害を告発したところで、オレがまたレテシアの前に現れる可能性がある。だったらオレを殺してしまえばいい。彼女はそう考えた。
そのために最適な場所は銃剣の連撃から逃げられない空間。つまりこの客間だ。
まずは客間から脱出することが先決だ。天井をあわただしく移動しながらそう決意した。
具体的には窓を突き破っての脱出が浮かんだが、客間は高所に位置しているので外壁を伝って降りると良い的になる。
だったらドアから出るしかない。
オレは絶え間ない攻撃の中に、ある種のリズムを読み取り、ほんのつかの間生じた隙を見逃さずドアめがけて飛んだ。
いける!これで廊下に出られる。出たあともルマレクは追ってくるだろうが、客間に比べたら反撃の機会は増える。
と、不意に強烈な殺気が身体をつらぬき、オレは急いで天井を蹴って身体を床に叩きつけた。ほぼ同時に、さっきまでオレが飛んでいた軌道上を弾丸が通りぬけた。
オレが披露したギリギリの回避はルマレクをたいそう驚かせたらしく、彼女はしばし動きを止めた。
「これが飛戒団か…」
ルマレクはオレがドアに向かうことを予想していたのだろう。だからその時を待ち、必中の一発を食らわせたつもりだった。しかし実戦で培ったオレの勘が勝っていた。
とはいえ床に打ちつけた身体は即座には言うことを利かず、立ち上がった時点ですでに銃剣のリロードが完了していた。
銃口がこちらに向く直前の一瞬、オレはルマレクめがけて飛んだ。発砲が間に合わないと悟った彼女はすぐ銃剣の切っ先を上に向けて防御の姿勢をとった。灼熱の刀身はそれ自体が有能な盾となる。
だからルマレクの前で床を蹴り、進行方向を斜め前に修正した。彼女は素早く銃モードに切り替え、身体をひねって引き金を引く。オレは跳んだ先の壁に足をつけ、銃弾が飛来するより僅かに早く次の跳躍をした。跳んだ先はもうひとつの脱出手段の窓だった。
身体を丸めてガラスを突き破り、キラキラ光るたくさんの破片と共に夜の空へ飛び出した。すぐさま腕を伸ばして窓枠をつかむ。
宙ぶらりん状態で眼下を見ると、地面は想像より遥か下にあった。通りを挟んだ向こうの建物に飛び移ることも考えたが助走なしでは厳しい。
ふと思い立って頭上を見たら、思いのほか近くに屋上の手すりを発見した。
あそこしかないと決め、目一杯の力を籠めた懸垂で身体を真上に放った。直後、室内から発砲音がして、上昇する太ももを弾丸が掠める。
外壁の段差に指をかけたあと、必死に手足を動かして登りつづける。いつ尻を撃たれてもおかしくない状況だから焦りも半端ではない。
屋上の手すりを越え、ようやく屋上にたどり着いた。安堵からか単に疲労してるのか、床に足をつけた途端にバランスを崩して転んでしまった。
仰向けに倒れて見えた夜空は晴天の星空で、故郷シタデルで見た夜空を一瞬だけ思い出した。
立ち上がって周囲をぐるりと見渡した。警吏本部の屋上はガランとしていて、あるのは下階に至る階段を収めた小さな塔屋くらいだ。
これでルマレクは地の利を失った。加えて謎の銃剣の真価が攻撃範囲を広げる放熱であることも分かった。
ルマレクは諦めず追ってくるだろうが、これからの戦闘はオレの有利に働く。彼女を消せばオレが強盗犯を殺した事実を知る者はいなくなる。安心してレテシアのとなりにいられる。
さてルマレクはどこから来るのか。
階段を使うなら塔屋から姿を現すだろうし、オレのあとを追って壁を登ってくる可能性もある。静かな屋上の中央に陣取り、精神を研ぎ澄ましてルマレクの襲来を待った。
早々に来ると予想したがルマレクは現れない。班の部下たちを招集してるのかと思い浮かびすぐ否定する。不殺を信条とするレテシアがトップにいるのだから、組織で動くことはない。
ルマレクはひとりでオレを殺して、ひっそり死体を処分するつもりなのだから。
なら今この時間を、ルマレクは何に費やしている?
そのとき視界の端に何かが映った。
すぐさま確認すると、それは小さな光の粒で、どこから来たのか宙をふわふわ漂っている。なんだあれはと凝視している間にも、光の粒はあちこちに現れ数を増やしていく。
オレの脳裏に遠い記憶が蘇ってきた。子供のころ、これと同じ物を親父に見せてもらったことがある。親父は手に発光する石を握っていて、指の間から光の粒が漏れていた。親父が手を開くと光る石それ自体がゆっくり上昇していく。
「こいつは反重力石だ。自然の摂理を嫌って逆を目指す」
言ったあと、親父は笑いながら続けた。
「オレたちみたいだろ」
オレは思った。魔術師たちが箒を使うみたいに、この石を使えば自分も空を飛べるのではないかと。
手すりの向こうから徐々に迫り上がってくるルマレクを発見して、思い出の中に沈んでいた意識が一気に引き戻された。
「戦闘力ではきさまの方が上だ。それは認めざるを得ない」
ルマレクは警吏の制服から一変して、見たこともない装備を纏っていた。
「だから少しだけ下駄を履かせてもらう」
手足こそ防具を装着してるものの、そこ以外は黒い膜のような素材で身体をタイトに包み、まるで裸体に黒を着色したみたいで肌の隆起がくっきり見える。
両肩からは銃器や盾をつけたアームが伸び、手にする銃剣までも刀身が長く変形している。
そして背中に装着した機械だが、下方に伸びたノズルから光る粒子が大量に放出されている。
恐らくあの機械には反重力石が内包されていて、それがルマレクの飛行を可能にしているのだろう。オレが子供時代に夢想した技術を実現したヤツがいる。
ルマレクは装備した武器をすべてオレに向けた。
「派手な攻撃したら下の奴らに気づかれる。騒ぎになるぞ」
「人知れずきさまを殺すのは不可能と悟った。ならば全力で殺すのみっ!」
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。