07 魔女っ娘
アル……主人公。育ての親の願いに従い、レテシア護衛に心血を注ぐ。
レテシア……正義の味方。帝都の治安を守る警吏のトップ。
プリク……獣人族の女の子でレテシアのメイド。
ルマレク…警吏の幹部。
ショーティ…警吏の幹部。
その言葉はオレの心を貫いた。
「パレードで初めてアルを見たとき、懐かしい感じがした」
血は繋がっていない。でも長い親子関係を通じて、オレの中に親父の生き様が投影されていた。
「だから興味が湧いて声をかけた。いま思えばあの懐かしさは朧げに残る父さまの面影だったのかもしれない。父さまが私とあなたを引き会わせてくれた」
言い終えてからレテシアは笑顔になって「そんな訳ないか」とつけ加えた。
「…だよ」
のどから声が漏れる。
「なにか言った?」
「…光栄…だよ」
「アル、あなた泣いてる?」
「そんな風に言ってくれたことが嬉しくて」
遠い背中に少しだけ近づくことができた。そして振り返った親父に褒めてもらえた気がした。
レテシアは笑顔から一転、ピンと強張った顔になり居住まいを正す。そして重い口調で(い)った。
「もしかして、父さまに会ったことあるの?」
やばいっ!
オレと親父の関係を知ったら、レテシアはもっと踏み込んだ質問をしてくるだろう。飛戒団との繋がりについて露見する可能性が高まってしまう。
オレは首を振りながら袖で涙を拭った。そして即席の言い訳を捻り出す。
「オレがレテシアの父さんに似てるってことだろ。だから光栄だなって思って…」
「いい加減な人だったって話しかしてないけど」
「た、確かにそうだな…」
感極まって頭が上手く(まわ)らない。
「懐かしい感じがしたって言ってくれたから。それって褒め言葉なわけで、だから嬉しくなった」
レテシアは疑念を抱きつつも納得がわずかに勝ったようで、しぶしぶといった感じで沈黙した。
オレはホッと胸を撫で下ろした。
でもいつまたレテシアの疑念が高まるか分からない。
食べ放題で元を取ろうと必死に食べつづけるプリクを除けば料理はあらかた食べ終えた。ここは解散を切り出してレテシアから離れよう。聞きたい事がまだあるが別の機会を待てばいい。
あとレテシアの傍にいられる仕事についてだが、彼女と別れたあとじっくり考えよう。
「さあて、ハラも膨れたことだし〜」
背伸びをしてから腹を擦って満腹感をアピールする。
「そろそろ出ようぜ」
「まだにゃああ!」
プリクが骨付き肉を牙で千切りながら叫ぶ。
「まだ食えるにゃあっ!」
食いながら叫ぶものだから、飛び散った唾や細切れの肉が正面にいるオレの顔に霧みたいにかかった。
なぜか腹は立たない。慣れてきたのか。
「もうやめときなさい。お腹痛くなるわよ」
「大丈夫ですにゃ!」
「そんなに食うと吐くぞ」
「ふんっ!ウチの鉄の胃袋はこの程度で悲鳴を上げたりしないにゃ!」
ひとりフードバトル状態だ。
「いつまでも食ってたら日が暮れちまう」
言いつつ窓から空を見た。すると奇妙なことに木々の葉から垣間見える青空は青ではなかった。
「空が、赤い」
オレの呟きに反応してレテシアも空を見た。
「あれ信号弾よ。仲間が応援を呼んでる」
レテシアが引ったくり犯を追いかけるとき、あれ打ってたな。ドアマン役だったブリキの木こりがドシドシ音を立てて通りに向かう姿も見えた。
レテシアが徐ろに腰を上げた。現場に向かうつもりだ。
「今日休みだろ。行かなくていいんじゃないか?」
「正義に休日はありません。行けば役に立てる事があるかもしれない」
しかたないなと立ち上がろうとするオレに向かって、レテシアが手を伸ばして制する。
「あなたは来ちゃだめ」
「なんで?」
「一般人でしょ」
そういえば採用試験に落ちたんだった。
「因みに一般人が悪党を捕まえたことはあるのか?」
「あるけど」
「そいつ褒められたか?」
「ええ、あと本人が希望したから警吏にしてあげた」
言ったあとレテシアは口元に手を当てて「…あ」と呟いた。失言に気づいたようだがもう遅い。オレは席を立って出口に向かう。
「手柄を立てれば試験に受からなくても警吏になれるってことだよな」
「その時はそうしただけで…」
「今から悪いヤツ捕まえてくるから、オレを警吏にしてくれ」
「そんなことしなくても、仕事なら別のを紹介するから」
「駄目だ、警吏になりたい」
「なんで?どうして警吏に拘るの?」
出口のドアノブを握ったところで手を止め、オレはレテシアを見た。そして宣言した。
「おまえを守りたいからだっ!」
親父の恩に報いたい。そんな思いから出た言葉だった。
「…あ…あの、それって…」
レテシアの顔がカーーッと赤くなってゆく。そんな彼女の変化にプリクがいち早く反応した。
「むむっ!?桃色の空気っ!」
プリクはゲップと共に席を立った。そして牙と爪を立ててオレに向かってきた。
「店から出さないにゃあああっ!」
気合は十分だった。しかし出っ張りすぎた腹のせいですぐバランスを崩し、テーブルの角に思いっきり腹を打ちつけた。
「ぐっほぉっお!!」
プリクは苦悶の声を上げ、真っ青な顔でその場に手足をつくと、次の瞬間、盛大に嘔吐した。
オロロロロロロロロロロロロロ〜〜〜〜っ!!
「わわわっ!プリクちゃん!?」
蛇口を全開にしたみたいに、さっき腹に詰め込んだ物がプリクの口から溢れ出てくる。その勢いは留まることを知らず、瞬く間に床を覆ってゆく。
ゲロはすぐレテシアの足元まで迫り、彼女は椅子の座面に立って回避した。
このドサクサに紛れてオレは料理店を後にした。背後からレテシアがオレを引き止める声が聞こえる。
「アル待って!」
不快な音もまだ続いていた。
オロ、オロ、オロロロロロロロ〜〜〜ッ!!
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
通りに出て空を見上げると、消えかかった煙が微かに見えて、オレはその方角へ走った。
ほどなくして信号弾の発射された辺りに到着した。すると通りの一角に野次馬らしき人だかりができていた。
彼らをかき分けて進んだ先にあったのは小振りな質屋で、ドアは壊されショーウィンドウも割れている。強盗事件だろうか。
店前にはブリキの木こりが一足早く到着しており、証拠保全のためか、斧を手にして野次馬の接近を拒んでいる。
そんな木こりのそばには、恐らく木こりと同類と思われる、しかし木こりとは形状の異なる人形が立っていた。
それは束ねた藁を繋ぎ合わせた案山子だった。
案山子の手にはロープが握られ、その先には身体を何重にも縛られた男が地面に転がっていた。
「案山子てめえ、ロープ解きやがれっ!」
悪態をつきながら芋虫みたいに動いている。こいつが強盗犯か。そして捕まえた案山子もショーティって魔術師の操る人形だろう。
オレは手柄を取り損ねたようだ。
オレが店前に来ると人形たちは揃ってオレを見た。
「信号弾が見えたから応援に来たんだが、必要なかったみたいだな」
言ってすぐ、自分が警吏ではないことを思い出した。
「オレはレテシアの知り合いでだな…」
2体の人形は同時に腕を上げて、同じ方角を指し示した。
「ん、なんだ?」
人形たちは語らない。
「もしかして、まだ強盗犯がいるのか?」
2体同時に頷いた。つまりあっちに(に)げたという意味か。オレは理解してすぐ「ありがとよ!」と言って駆け出した。
まだ警吏になれるチャンスが残っている。そんな思いを抱きながら風を巻く速さで走っていると、脇から四つ足で歩く動物が出てきて驚きのあまり立ち止まった。
なぜか帝都ロッシュのド真ん中をライオンが闊歩していた。
だがよく見るとそれは全身が布でできた縫いぐるみだった。とするとこいつもショーティの操る人形だろう。オレはライオンに近づいた。
「強盗犯がこっちに逃げたって木こりたちに教えてもらったんだが」
答える代わりにライオンはゆっくり口を開いた。
「おお、あんちゃん!こっから出してくれ!」
口の中にはゴツい男の顔があり、オレを見るなり必死に喋り出す。
「こいつの中でぎゅうぎゅうに締めつけられて出られねえんだ。頼むから手ぇ貸してくれ!」
「質屋を襲った強盗犯か?」
「分前やるから、な?」
オレはライオンに視線を移した。
「強盗犯はこいつで最後か?」
「あ、ちょっ…!」
ライオンは口を閉じた。それから前足を器用に動かして、とある方角を示した。まだ逃げてるヤツがいる。
「何人組だったんだ?」
ライオンはこれまた器用に指を3本立てて見せた。
「ありがとな!」
言い置いてオレは駆け出した。3人の強盗犯のうちふたりは捕まってしまった。つまり次で最後だ。
まだ捕まっていないことを祈りつつ全力で走った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
あまりに集中して走っていたため空気を切る音しか聞こえていなかったが、やがて背後から別の音が耳に入ってきた。
「……アル」
空耳だろうと無視していると、視界の端に何かが映って反射的にそちらを見た。すると息がかかるほど近くに女の子の眠たげな無表情があった。
「うわあああっ!!」
あまりにも不意を突かれたため転倒して前にゴロゴロ転がった。その衝撃で冷静さを取り戻し、オレは足を伸ばして回転を(と)め、立ち上がって女の子に向き直った。
条件反射で構えたものの、女の子を見てすぐ構えを解いた。
こいつ絶対にショーティだ。
まず箒に乗ってふわふわ浮いてるし、魔女につきもののトンガリ帽子もちゃんと被ってる。
それだけじゃない。草木の茂るあの館の住人らしく、肩にかけたポーチはウツボカズラでブーツの紐はシダ植物、着ているワンピースも葉っぱがレース状に配置されている。被る帽子に至っては大きな花を逆さにした代物だ。
ただ驚くべきはその容姿で、どう見てもまだ子供だ。プリクと同じくらいではないか。
「…まだ」
ショーティは眠たげな無感情のままボソリと言った。
「なにか言ったか?」
「最後のひとりが…まだ」
低くて小さい声をなんとか聞き取り、強盗犯について言っているのだと分かった。
「まだ捕まえてないのか」
「この辺に…いる」
「じゃあ手分けして捜そう」
ショーティはコクリと頷く。
「特徴を教えてくれ」
「大きな袋…、盗んだ物が入ってる」
だったら手放さない。分かりやすい特徴だ。
ショーティは目だけ動かして上を見た。上昇して空から探すつもりだろう。
「ショーティ、待ってくれ」
彼女の視線がオレに戻った。
「お前の人形のおかげでここまで来れた。ありがとな」
悪党といえど礼儀は忘れない。
「人形を何体も同時に操れるなんて凄いな」
ショーティは広げた両手を顔の横に持ってきて、指を波のように動かしながら言った。
「あいむ、ぱぺっと、ますた〜〜」
人形遣い(パペットマスター)を独特のイントネーションで言った。
決め台詞だろうか。
読んでいただきありがとうございます。ありが㌧(^ω^)