05 班長
アル……主人公。育ての親の願いに従い、レテシア護衛に心血を注ぐ。
レテシア……正義の味方。帝都の治安を守る警吏のトップ。
プリク……獣人族の女の子でレテシアのメイド。
扉を抜けて通路に出た。
歩きはじめた長い廊下では警吏の隊員たちがキビキビ移動していて、レテシアを見ると立ち止まって敬礼し、彼女もそれに答えていた。
廊下の片側は窓がずらりと並んでいた。なんとなく見たそこからの景色に思わず「おお…」と声が漏れた。
広いロッシュの街並みが一望できる。
今まで気づかなかったが、オレはずいぶんと高い建物の上の階にいた。
眼下に広がる建物群を眺めていると、ひと際異彩を放つ一角を見つけた。灰色がほとんどの空間にそこだけ木々の茂った緑色が強調されている。
オレはとなりを歩くプリクに訊ねた。
「あの森なんだ?」
無視された。
「おい猫」と言うと「プリクにゃ」と即座に返ってきた。
「おいプリク」
「何にゃあ?」
面倒臭そうに答えた。いちいちムカつく反応だが、ここは堪える。
「あの森はいったい…」
「はあっ!?そんな事も知らないのかにゃあ?!」
喰い気味に言う。そして首を振りながらため息をはき「これだから田舎者は…」などと追加の毒まで吐いた。
我慢だ。レテシアがすぐ前を歩いているし、ここは警吏の本部だし。
「あれは皇帝陛下の住まう宮殿にゃ」
「あそこに皇帝ってのが住んでるのか」
脇の廊下から女性の隊員が現れて、彼女はレテシアに気づくと話しかけてきた。レテシアも応じてふたりで立ち話をはじめた。
自然オレとプリクもその場で歩くのをやめ、並んで窓からの景色を眺める。
そしてプリクのご高説が始まった。
オレに何かを教えるという『上から目線』に気をよくしたらしい。
「あんた、今の皇帝陛下が誰か知ってるかにゃ?」
「知らん」
「マルガリータさまにゃ」
「マルガリータ…、女帝なのか」
「そうにゃ」
「その女帝はどうなんだ、国民の人気とか政治手腕とか」
軍事に詳しいオレは、逆に政治についてカラッきしだった。
「マルガリータさまは立派なお方にゃ。元老院を解散させて議員たちの特権をすべてはく奪したにゃ。おかげて帝国内で議員たちが持つ既得権益が無くなり物価の低下につながったにゃ」
大臣や将軍たちにビシビシ指示を出す聡明な老女をオレは想像した。長年放置されていた飛戒団の問題に取り組んだのも彼女か。
「奴隷廃止を徹底したのも陛下だし、貴族たちが荘園内で勝手に作った人頭税や通行税を禁止したのも陛下にゃ」
「へえ~、いろいろやってるなあ」
「いろいろやってるにゃ。12歳とは思えない敏腕っぷりにゃ」
「そうか、12歳かあ…」
数秒の間をおいてオレはプリクを見た。
「12歳って言ったか?」
「そうにゃ。来年13歳にゃ」
無意味な返答は無視し、改めて窓からの景色を見た。
この広大な帝国を動かしているのが、たった12歳の女の子であるという事実をなかなか受け入れられないでいた。
いったいどんな子なんだ?
半ば茫然と景色を見ているオレの耳に、レテシアと女性隊員の会話が入ってきた。
「さきほどミンクスから報告がありまして、ようやくレテシアさまのパワードスーツが完成したそうです」
「ああ…、完成しちゃったんだ」
「ですからお手隙の折に試着をお願いします」
「それってあれよね。あなたが持ってるパワードスーツと似た感じよね」
「私のより改良が進み、繊維を一層薄くすることに成功してます」
「余計なことを…」
「何か問題でも?」
「あれって身体のラインが出ちゃって…、恥ずかしいというか…」
「パワードスーツを着用すればレテシアさまの戦闘能力が大幅に上昇します」
「わたしは今のままで大丈夫だから」
「ダメです。ゴリアテから聞きましたよ。先日もパレードに単身行かれて殺人事件に遭遇したとか」
「うう…」
「今は政治が不安定です。レテシアさまが一人で街に出るのはとても危険」
そこでレテシアが小さく声を上げかと思うと、オレに駆けより腕に手を回してきた。そしてグイッと引き寄せる。
「この人を護衛で雇ったの。だからパワードスーツは不要です」
会話は聞いていたが頭を素通りしていたから何のことかわからない。ただ腕に押しつけられる胸の感触だけは堪能していた。
「護衛ですと?いつの間に…」
「アルって名前よ」
レテシアは必至の笑顔でオレを見上げた。
「さあアルも挨拶して、彼女はルマレク。班をひとつ任せてるの」
状況を理解できないまま「どうも、アルです」とぎこちなく言って女性を見た。直後、身体中を緊張が走った。
切れ長の瞳と整った鼻、それに真っ赤な唇のどれもが魅力に溢れていて、加えて巨大な胸やそれとは対照的に引き締まった腰、スカートから伸びた脚は目を惹く曲線を描いている。また艶やかな黒髪がとても長くて、まるで黒いマントを纏っているようだ。
彼女を一言で表すなら美人。ただの美人じゃない、男が一度目にしたら視線を逸らすのが困難なほどの超美人だ。
だがオレを緊張させたのはそこじゃない。ルマレクという女性からは超美人オーラを凌駕するほどの超悪人オーラが出ていたんだ。
間違いなく彼女はオレと同じ部類の人間だ。つまり人殺しで悪人で、とんでもなく強い。
どうしてこんなヤツが警吏にいて、あまつさえ班長という地位にあるのか。ここは正義の味方が集う場所のはず。
動揺しつつルマレクから目を離さずにいると、彼女もまたオレから漂う超悪人オーラを感じ取ったようで、切れ長の目が驚きで一瞬だけ大きくなったあと、即座に腰を低くして手をうしろに回し、いつでも背中に差した剣を抜ける姿勢をとった。
剣といったがよく見ると引き金や銃口がある。銃剣だろうか。あんなメカメカしい武器をオレは知らない。オレが知らないってことは専用に造られた物かもしれない。
臨戦態勢のままルマレクが口を開く。
「なんでお前みたいなヤツがここにいる?」
低い早口で言う彼女に「お前もな」と返した。
すぐそばでレテシアが「お知り合い?」と聞いてきたが答える余裕はなかった。
こちらから打って出る気はない。でももしルマレクが攻めてきたとして、レテシアを守りつつ反撃するにはどうしたら良いか知恵を絞っていた。
オレとルマレク、両者が会った途端に臨戦態勢に入ったのには訳がある。ここまでレベルの高い人殺しが目の前に現れたとき、考えられる可能性はふたつしかない。
それは自分を殺しに来たか、あるいは偶然に出会った。と見せかけてやっぱり自分を殺しに来たか。いずれにせよ自分を殺しに来たんだ。
オレもルマレクも経験でそれを知っている。
状況はオレに不利だ。大切なレテシアが張りついているし、ルマレクの武器について情報がない。
彼女が一歩でも近づいたら攻撃すると決め、どう動くか頭の中で作戦を練るが、良い案が浮かばない。
「レテシアさま、その男性から離れてください」
ルマレクがオレを見据えたまま言う。
「なんで?アルは私の護衛よ」
「とにかく離れてください」
レテシアは不思議そうに首をひねった。それからオレを見上げて、次に絡めた腕に視線を落とし、そしてまたオレを見上げた。
すると徐々に顔が赤くなり急いでオレから離れた。
「そ、そうね。はしたない振る舞いだったかも…」
髪に指をつっこんで均しながらレテシアはつぶやく。ルマレクの意図を履き違えてるようだが、これでレテシアに被害は及ばない。
「その男は止めてくだい。護衛は私の部下から選りすぐりを出向させます」
「どうして、なんでアルじゃ駄目なの?」
レテシアが頬を膨らませて抗議する。
「どうしてもです。今すぐ解雇してここから追い出してください」
「いやです!」
「レテシアさま…」
いつ戦いになるか分からない緊張のなか、ルマレクは心底困った顔をした。悪人なのは確かだがレテシアを守りたい意思は本物のようだ。ゆえに悪人オーラが漂うオレを彼女から遠ざけたいと思っている。
「護衛が必要と言ったのはルマレクでしょ。だからアルを採用した。どうして文句言うの?」
「解雇しないなら、私にも考えがあります」
ルマレクは後ろに回した手で銃剣の柄を握りしめた。強硬手段に出るつもりだ。
オレは身を屈めてどんな攻撃にも対応できるよう、集中力を極限まで高めた。
…まだにゃ
謎の台詞はプリクから発せられた。見るとプリクは間抜けた顔で鼻をホジッていた。
ルマレクが「どういう意味だ?」と問う。
プリクは取り出した鼻クソを指先で丸めながら「まだこいつは…」と丸くなった鼻クソを指で弾き、こともあろうにオレの頬に当てた。
うわ汚ねっ…!!
いつもなら条件反射で殺してるところだが、いまはルマレクの警戒でそれどころじゃない。
「こいつは警吏の試験をパスしてないにゃ。まだ正式に採用されたわけじゃないにゃ」
「レテシアさま、プリクの言葉は本当ですか?」
「ええ、これから試験しようと思って」
ルマレクは攻撃の姿勢を解き、ようやくオレから視線を離した。そしてレテシアを見た。
「試験内容を教えてください」
「まだ考えてない」
「では、私に一任してください」
レテシアは困り顔でオレを見た。オレをレテシアから離したいルマレクのことだ。落とすことが前提の試験を行うに違いない。
だがしかし、そんな逆境に打ち勝ってこそのオレである。
「その試験に受かれば、オレをレテシアの護衛として認めてくれるのか?」
「もちろん」とルマレクは大きく頷く。
「レテシア、オレ試験を受ける」
「大丈夫かなあ」
「心配するな。サクッと受かってやる」
元気に宣言するオレを見て、レテシアは渋々《しぶしぶ》といった感じで口を開いた。
「わかった。ルマレクに試験を任せます」
「ありがとうございます」
オレが「いつやる?」問うとルマレクは「今すぐ」と即答した。彼女の中ではすでに試験内容が決まっているらしい。
「ちなみにどんな試験なんだ?」
「私と木剣を使った模擬戦闘を行う。一本勝負でアルが勝てば合格。負ければここから出て行ってもらう」
オレは勝利を確信した。
種目に剣術を選んだのだからルマレクは剣が得意なのだろう。実力が未知数のオレに剣でなら勝てると踏んだ。
大きな間違いだ。まるで分かっちゃいない。
オレは幼い頃から飛戒団に身を置き、あらゆる武芸に秀でた化物級の団員たちから様々な教育を受けてきた。ゆえに剣術についても比類ない域に達している。
また、使う武器を木剣に限定している事もオレの勝利をより確実なものにした。ルマレクが所持するメカメカしい銃剣にはどんなギミックがあるか知れず懸念材料になっていた。でも木剣なら大丈夫。
つまりオレの勝利に死角はない。
…と、模擬戦闘がはじまる前は思っていた。
いや戦闘中も勝利の確信は揺らがなかった。実際オレは戦闘を有利に進めていたし、ルマレクに焦りの表情も浮かんでいた。
だから木剣で打たれて床に倒れるまで、オレは自分が負けるなんて想像もしていなかった。
読んでいただきありがとうございます♪(о ̄∇ ̄)/