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05.絶対に王子との婚約を解消したい悪役令嬢

その後も、エルゼント王子は連日、私の屋敷を訪れた。


ある日は一緒にケーキを食べた。

なんでも彼が宮廷料理人たちに頼み込んで作らせたものらしい。

イチゴやブルーベリー、オレンジとメロン、様々な果物をふんだんに使った特製のケーキだ。

そんな色鮮やかな特上ケーキがおいしくないはずもなく、私は9歳ながら思わず頬をおさえて舌鼓をうった。


「どう、ヴェロッサ? おいしい?」

「まあ、悪くはないわ……」


そんな私の顔を見て、満足そうに微笑んでいるエルゼント。

彼の行為に対しては、できるだけリアクションを取らないように努力していたのに、やってしまった……。


______________________



ある日は彼がマナガルムの子どもとかけっこして、見事にそれを捕まえた。

少し得意げに私のところまでマナガルムを抱きかかえて見せてくる王子。


かわいらしく舌を出しているマナガルム。

つぶらな瞳で「撫でて撫でて!」とせがんでくるマナガルム。



そしてどうしようかと横眼で見る私の様子を見て、ニコニコしている王子。

私は結局、最高に可愛らしい一人と一匹に屈することになり、王子と一緒にマナガルムをモフモフした。



______________________




そして今日、以前と同じように、王子と一緒に書斎にこもって本を読んでいる。




ああ、どうしよう、私、幸せだわ……。


でも、このままではいけない、このままでは……。

こんなことしてたら、絶対に世界が終わっちゃう!!


幸せな日々だったが、私の中で「ででーん」と世界終了のお知らせが鳴り響いた。

そして、私はある決心をした。


こっぴどく、完膚なきまでに、エルゼント王子が二度と立ち直れないくらいに。



――彼の事を振るのだ。



……そうでなくては、この世界がなくなってしまう。

彼との思い出は、もう十分なくらいにもらった。



いや、まぁ、お互い10歳そこそこのお子様ではあるのだが……。



とにかく、後は彼を突き放し、全力で引こう。


私はこの世界の主役ではなく、悪役令嬢なのだから。

本来、結ばれるべき相手は彼の前に必ず現れるのだから。



暮れなずむ西日に差され、王子の乗る馬車が行く。

さようなら、エルゼント王子。



もうすぐ、私の10歳の誕生日がやってくる。




――そこで、彼とはお別れだ。




______________________



煌びやかなホールの中、伯爵家の令嬢たる私はお立ち台の上で甲斐甲斐しくお辞儀をする。

たくさんの拍手、たくさんの人が私の生誕から10年の節目を祝う。


王家エクスハイド家の嫡子、エルゼント王子が私に対し、おずおずと花束を差し出す。


誕生会のフィナーレに、婚約者の王子が令嬢に花束を渡すイベント。

私は拒否したのだが、使用人たちが気を利かせて用意したものだった。


白い肌と金髪碧眼のまだ幼さが残りつつも高貴な顔立ち。


何をそんな恥ずかし気にはにかんでるの?

最高じゃない……可愛すぎるでしょ……。


今すぐ彼の手にする祝福の花束を受け取りたい。

なんなら感激のどさくさに紛れて、いますぐに彼を抱きしめたい。

そんな気持ちが心の奥底から湧き上がってくる。




――だけど、それだけは絶対にできない……。




こんなのってないよね、せっかく前世から比べるべくもなく、夢のような世界に転生したのに、よりにもよって最低最悪の「世界滅亡ルート」の引き金となる悪役令嬢だなんて……。



私はあまりの悔しさに唇を噛みしめ、涙がこぼれそうになる。



「ど、どうかしたの、ヴェロッサ?」


私の愛称を呼ぶエルゼント王子。

花束を両手に抱えたまま、心配そうに私の顔を覗き込む。




あぁッ……守りたいッ……この世界ッ…………!!

甘んじて享受しようッ……この悪役令嬢という役割をッ……!!!




頬に熱い涙が伝い、心の中では血の涙が流れている。




――けれど、今この瞬間に覚悟は決まった。




尽くせる限りの手段を行使して、私は「彼と世界」を守ると誓った。

どこまでも堕ちてやろう、悪役令嬢として。




私は涙を流したまま、祝福の花束ごと、エルゼント王子を突き飛ばした。




「……ヴェロッサ?」

尻もちをつきながら、突然の事態に呆然とするエルゼント王子。

私たちを見守っていた周囲の人々からも、動揺の声が沸き上がる。


王子の揺れる瞳に、心は揺らぐ、けれど……。

……私は、彼とこの世界のためならば、悪魔にだってなってみせよう。






「エルゼント……私はねぇ、あなたみたいになよなよした弱っちい男の子が!! 大っ嫌いなのよ!!!」






私はホールに怒声を響き渡らせた。

エルゼント王子は未だあどけない瞳を見開いて、何か言いたげにふるふると口を震わせていた。


だが結局、彼は一言も言い返すことなく、しょんぼりとうなだれてしまった。




ああぁぁぁ……私ったらなんてことを……。

落ち込んでる姿もすごくかわいい……今すぐに抱きしめて慰めてあげたい……。



勢い余ってやりすぎてしまったことに気づいた私、一抹の後悔が沸き上がってきた。

今更になって訪れた、強烈なエルゼント王子に対する恋慕と執着。

そして彼の好意を無碍にしてしまった罪の意識が押し寄せる。




――でも、これで大丈夫。これできっといいんだ。

――これで彼と、この世界は絶対に守れるはず。





「あなたとの婚約は解消させてもらうわッ!!!」





難しい言葉を放つには、まだ少し小さい口元。

たどたどしい口調にはなったが、言うべきフレーズは言い切った。

いかにも悪役令嬢らしく、フンッと鼻を鳴らし、涙を拭う。


引き留めようとする両親や、使用人の間をかいくぐり、やっとのことで、私の誕生会が催されたホールを抜け出し、自室までたどり着く。




――これでいい……。絶対に……。これでいいんだ……。




何度も必死に自身に言い聞かせたけれど、感情は決していうことを聞かなかった。


そのあとも流れ続ける涙を拭い続けているうちに、私はいつの間にか疲れて眠ってしまった。




____________________



次の朝、父と母は私を叱責した。


当然のことだ、王家の人間、しかも時期王候補のエルゼント王子を公衆の面前で突き飛ばした挙句、一方的に婚約解消を迫ったのだから。


これ以上の侮辱、そうは思いつかない。

不敬罪に問われても仕方のない所業だ。

実際に、エルゼント王子はその後、とぼとぼと王宮に帰っていったらしい。



どうしてこんなことをしたのかと両親に聞かれても、私は正直に説明することができない。

「世界が滅亡するかもしれないのよ!」などとは口が裂けても言えないので、わがままな悪役令嬢っぽく「イヤなものはイヤなの!」と駄々をこねる他ない。



今までに見たことのない娘の様子に、両親も困惑しているようだった。

母親に至っては「どうしたものか」とばかりに頭を抱えている。


せっかくの王家との縁談を子供の癇癪で無に帰してしまったわけだから、頭も抱えたくなるよね、気持ちはわかるよお母さん。


いや、まあ……私のせいなんだけど……。




「旦那様、奥様、少々よろしいでしょうか」

聴くと心が安らぐ涼しげで淡々とした声、私の世話回りを担当してくれている侍女、リーゼの声だ。


「申し訳ないけど、少し後にしてもらえる?」


「しかし、火急のご用件ですので」


「用件というのは何だね」


「王の使いの方がいらしております。なんでも、お嬢様へ王が謁見を求めているそうです」


「「「 えっ 」」」


親子三人、揃って驚きの声が上がる。





______________________






親子三人で驚嘆した後、私は両親に連れられ馬車に乗っている。

両親は青ざめた面持ちで窓を眺めたり、私の顔色をうかがったりしながら、時折、深いため息をつく。


……ドナドナ、子牛になった気分。

幸いにして荷馬車ではなく、上等な馬車だけれど……。


不敬罪で一家共々処刑……なんてことが頭をよぎるが、流石にそこまではされないかなあ。

王家と貴族との間の出来事とはいえ、子供の喧嘩のようなものだし。


……せめて、国外追放くらいだといいけど。


っていうか、もうさっそく破滅しちゃうぽいなあ……これ。


両親には心から申し訳なく思うけど、これも世界を守るためなの。

上手く説明はできないけれど、どうか許して、お父さん、お母さん。



______________________




王への謁見は私一人を対象としているらしい。

両親は同席を懇願するも、使いの者に断られてしまった。


私自身、多少の罰は覚悟しているけれど、出来れば両親には無罪赦免を請いたいところだなあ。




私は王の御前で、母から教わった通り、跪いてお辞儀した。

王妃様もいるようだ。やっぱり王妃様だけあってお綺麗だなあ。


「やあ、よく来てくれた、ヴェロッサ。顔を上げて」

「あら、とてもかわいらしいお嬢さんね。お行儀も良いし、何の理由もなくあの子を突き飛ばしたりなんてしなさそうだけど」


私は9歳の頃に王に会っている。

それがエルゼント王子との婚約のきっかけだった。


王いわく、私の魔力系統と、彼の魔力系統は非常に相性が良いらしい。

王は一目でそれを見抜き「もし良ければ」と、その日のうちに私の父に縁談を持ち掛けたのだが……。


しかし、あの後の、あんなに嬉しそうな両親は初めて見たなあ。それがこんなことになってしまって、少なからず心が痛むわ……。

世界を守るためにはしょうがないんだけど……。


「なんでも、エルゼントとの婚約を解消をしたいそうじゃないか、あの子に気に入らないところでもあったのかい?」


「不束ながら申し上げます、陛下。殿下との婚約は、父に決められたものであり、私が決めたものではありません。そして、申し訳ありませんが、私は彼のことが嫌いです。ですので……」


「あら、ひどい言われよう。特にどういうところが嫌いなの?」

私の釈明を遮る王妃。特に怒っているといった風ではなく、むしろ興味深そうに私を眺めている。


私は少し悩んだ。今のところ、彼に非の打ちどころはないからだった。なんなら、おそらく今後も非の打ち所は出てこないだろう。もはや良さみしかない。

悩んでいたところに咄嗟に思いついたのは、あの時、彼に放った言葉。


「なよっとしていて……弱そうなところです……」


目を泳がせながら私は小さな声で言った。


「レジェラバ」のエルゼント王子は「弱い」と言われることをとても嫌っていた。

実際、彼は序盤においてそこまで強いヒーローではない。

私が回避した彼の「魔力の暴走事故」の影響もあってか、彼は魔術の鍛錬や行使に対して非常に後ろ向きだったのだ。

そういうわけで、彼の序盤の成長率は芳しくない。

それでも十分なポテンシャルがあるために、終盤では条件さえ揃えば、とんでもない強さになるのだが……。


そういうわけで、素養がありつつも、鍛錬を拒んだ彼には、厳しい風評が付きまとってしまうことになる。彼もゲーム序盤にそれに酷く悩んでおり、彼のコンプレックスを解消するところから、ゲームは進行していくことになる。


私は前世の記憶で知っていた彼のコンプレックスを利用し、今のうちにできる限り好感度を下げようという作戦だった。


そう思っての発言だったのだが……。

言った後に、私はしまったと思った。


王と王妃はこの世界を安寧と繁栄へと導いた騎士王と魔導士でもあるのだ。

この世界で最強格の二人が、自分の子供を「弱い」と言われて、納得するはずもない。


「……ハハッ」

「……ふふっ」


堰を切ったように笑う王と王妃。


「……いや、はっきりと物を言う子だ、ますます気に入った」

「ふふっ、そうねえ」


へっ!?

なんで、どうして!?


「ひとつお願いがあるんだヴェロッサ。婚約解消について君の意見もとてもよくわかる。もちろんこれは私と君の父が決めたことだ、君にも決定権があるだろう。

しかし、あの子がこのままずっと弱いかというと、決してそうではないはずだ。弱さが判断基準なのだとしたら、君の決断をもう少し待ってくれることはできないだろうか」


「そうね、だから一つ、お願いだけさせてほしい。あなたが正式に誰かと結婚ができる年、この国であれば18歳の時まで、この婚約に関する結論は待ってほしいの」



……まずいなあ。

どういう理由かわからないが、彼の両親である王と王妃に気に入られてしまったみたいだ。

急速に外堀が埋まっていく……ダンプカーで大量の土砂を流し込まれてるみたいに……。



「もしも、あの子が君のお気に召すくらいに強くなれば、めでたく婚約成立。逆にもし、あの子が弱いままであれば、その時は婚約を解消してもらって一向に構わない。そして、何をもってして強いか、弱いか。その判断は君にゆだねよう」


事態を呑み込めず、逡巡している私の様子を見て、王妃が言う。


「約束をしてくれたら、今回の件はなかったことにするわ。あなたにも、もちろん、あなたの一族にも……」



――どうやら、選択の余地はないようだ。



「……かしこまりました」



私はこの話を受け入れることにした。




そもそも、18歳といえば、ゲームのエンディング時期に当たる。

そこまで回答を保留にすることは、決して私の不利には働かないはず。

何しろ、その間にエルゼント王子が正ヒロインと出会うことになり、条件さえ揃えば二人は簡単に恋に落ちるのだから……。


せめて私が破滅する寸前まで……。

私が二人のキューピッドとなり、一番近くでそれを眺め、時に愉悦に浸り、時に嫉妬に身震いしながら、エルゼント王子と正ヒロインを結びつける。




――結局のところ、最後には私が世界を救うのだ。




……まあ最終的に私の破滅は避けられないんだけど、この世界がなくなってしまうよりはずっと良いエンディングだろう。




謁見が終わり、大きな扉をくぐって外に出ると、長い廊下の奥に小さな人影を目にした。

エルゼント王子だ。


内心いたたまれない気持ちになりつつも、私は何事もなかったかのように彼に背を向ける。






「ヴェロッサ!! 僕は、君にふさわしくなるように、絶対に強くなるから!!」






彼の突然の叫びに、私は思わず身を震わせたが、平然を装ったまま、振り返ることなくその場を去った。


王子の決意表明。

彼はまだ、私のことをまだ諦めていないということなのだろうか……。



予想外の宣誓によって、早鐘を鳴らす胸を抑えながら、未だ青ざめている父と母のもとへ向かった。

事の顛末をおおまかに知らせると、両親はよほどうれしかったのか、二人で私を胴上げしようとした。




内心全く嬉しくなかった私は、全力で胴上げを拒んだ。


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