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葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜  作者: ウィースキィ


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第07話 むぅ、リアムさまのばか……


 最前列左側の席に座っていたジレッタが机の間を縫うようにして、執事バビロの後に続いた。席順では次にルクルットの番であったが、ルクルットは一歩引いてルナに道を譲る。


「お先にどうぞ。可憐なお嬢さん?」


「あ、ありがとうございます!」


 ルクルットに深々と頭を下げて、ルナが机の間を抜け、パーティーホールに向かって歩きだしたその瞬間、最前列右側に座る業火の足が、意図的にルナの進路へと急に飛び出した。


 当然、足元に意識がなかったルナはそれを避けきることはできず、その場で大きく躓いてしまう。


「きゃっ!」


「ちょ、ちょっと! あなた、大丈夫?」


 前を歩いていたジレッタが受け止めようとしたが、その動作は間に合わなかった。ルナは勢いを殺しきれず、ジレッタの足元へと豪快に滑り込んだ。


 激しく転倒したせいで膝を擦りむいてしまい、ルナは涙目で小さな膝を押さえていた。


「い、痛い……」


 業火は目の前で痛みに耐えるルナと、自分の突き出した足を交互に一瞥すると、舌打ちに続けて急に声を荒げた。


「おい! よそ見してっからすっ転ぶんだよ。人の足蹴っ飛ばしといて何もなしか? ああ?」


「あ、あの……ご、ごめんなさい……」


「くそが! まったくこれだから低級は、どんくせぇったらねぇよ」


 吐き捨てるように言った業火に、ジレッタは怒りを滲ませながらルナの元に駆け寄った。


「ちょっとあんた! なんなのその態度は!? 大体あんたさっきわざと……」


 そこでジレッタは、背筋を這い上がるような鋭い冷気を感じて言葉を詰まらせた。


 一瞬何事かと戸惑ったジレッタだったが、横目に映るリアムの姿を確認して、すぐにその理由に気が付くことになる。


「えっ! ちょっと……!」


 トップランカーであるジレッタには、リアムが席を立ち上がり、一瞬の間に業火との距離を詰める驚異的な速度が見えていた。


 ジレッタでも驚くような加速で、リアムは右手を突き出し、ジレッタの左斜め後ろにいた業火の顎を掌底が捉える。それに続いて、狐の面が砕ける音とほぼ同時に、肉を骨が打つ鈍い衝撃音が庭園に響き渡った。


 リアムの掌底の直撃を受けた業火の体は数十メートルほど吹き飛ばされ、まるで狙っていたかのように庭園内の噴水の水の中に放り込まれた。水面には大きな水しぶきが舞い上がった。


「汚い足でルナに触るなよ」


 そう言ったリアムの声は、噴水に投げ込まれた業火には届かないが、周りにいた者には深く重い怒りを帯びて、しっかりと届いていた。


 終始穏やかで、荒事とは無縁ですと言わんばかりの雰囲気がリアムに対する皆の共通の認識であったため、今のリアムはその姿とはだいぶ違った印象を受ける。静かでありながらも深い怒りを感じるその声、そして冷酷に引き締まったその表情が、彼が激怒しているということを嫌でも分からせる。


「あっちゃー……やっちゃったねえ」


 ルクルットは吹き飛ばされた業火と、それを吹き飛ばしたリアムを交互に見ながら、近くにいるジレッタとテトラに視線を向けた。それは「これ、どう収めるの?」という戸惑いのアイコンタクトだ。


 テトラはあたふたと慌てた様子を見せ、ジレッタは頭を抱えていた。


 周りが今後の対応を決めかねていると、噴水の方で再び大量の水飛沫が上がった。紅蓮の炎を身に纏った業火が噴水の中から飛び出してきたからだ。


 自身の契約悪魔であるレードルフの力による紅蓮の炎を全身に纏い、身体強化された業火は、地面に足を着くと同時に駆け出し、速度を上げる。そして助走を付けると、自分を吹き飛ばしたリアムの元へと一足飛びに飛びかかっていった。


「痛ってぇじゃねぇか! このクソヤロオッ!」


 業火の伸ばした手がリアムに届く目前に、突如として現れた複数の黒い鎖が、業火の両手足を拘束する。


 業火の燃え盛る右手は、あと数センチでリアムの顔に掴みかかるというところまで来ていたが、ガチャッと音を立てて鎖が張られ、業火の動きは強制的に止められた。


 その黒い鎖はジレッタの指示によるもので、ジレッタの契約悪魔であるアヌビスが全ての鎖を制御していた。


「おいっ! 邪魔するんじゃねぇ、赤い死神!」


「邪魔するわよ! まったく……これだから男は嫌ね。本当に野蛮だわ……」


「先に手を出したのはアイツだろうがっ! それともお前はアイツを庇うってのか? あぁっ!?」


 怒号を上げて業火は抵抗するが、黒い鎖はびくともしない。


 ハンターとしては成功している、ハンターランク千番台の業火であっても、そのさらに上である上位十名のトップランカーの一人であるジレッタには、実力の差から到底敵うわけがないのだ。


「あのねぇ……確かにリアムはあなたに手を出したけど、あなたも彼の契約悪魔に危害を加えたでしょ? 私の目は誤魔化せないんだからね?」


「あぁっ!? んなもんそこのガキが勝手に転んだだけだろうが! 俺は知らねぇ!」


「もうっ! これ以上騒ぐなら協会に通報するわよ!? 私がハンター協会の人間だって事を忘れたの?」


 ハンター業界のトップランカーであるジレッタは、ハンター協会に所属しているエリートハンターでもある。


 もちろんその運営母体である『国家悪魔対策協力議会』通称、ハンター協会にもコネはあるわけで、彼女の目の前でルールを逸脱した行為をしようものならば、協会への通報からのハンター資格の停止処分が下される可能性もあり得る。


「……チッ! わぁったよ! もうやめだ!」


 業火もその事実に気が付かないほど愚かではなかったらしく、さすがに資格停止はまずいと思ったのか、抵抗するのは諦めたようだ。


 落ち着いた業火をジレッタは鎖から解放した。そして自由になった業火はリアムを仮面の奥から睨み付けると、吐き捨てるように言った。


「チッ! 命拾いしたな、落ちこぼれさんよ」


「へぇ、そりゃどうも」


 強く睨み付ける業火と、飄々とした態度のリアム。二人の一触即発な状態が続くが、到着した迎えの馬車によって、これ以上の事態の悪化を招くことはなくなった。


 テトラの「よかった……」という安堵の息遣いが聞こえてきそうな表情がそれを物語っている。私兵もそれは同じようで、到着した馬車の扉をすぐに開いて待機している。


「で、では、業火さん、氷結さん、ジャックさん、本日はお疲れ様でした。五日後の定期連絡の時にまた会いましょう」


 テトラは気まずい雰囲気の中でも勇気を振り絞って三人に声をかけたのだが、返ってきたのは氷結とジャックからの軽い返事と会釈のみだ。


 業火は無言のまま一人先に馬車に乗り込み、その後に続いて氷結とジャックも同じ馬車に乗り込んだ。


 三人が乗り込んでからすぐに馬車は屋敷の入り口に向かって走り出し、庭園には微妙な空気だけが置いてけぼりとなった。


「まったく……とんでもない奴だったわね、あいつ……」


 業火を含む三人が居なくなってすぐに、ジレッタは小言を口にする。


 そのジレッタと目が合ったルクルットも肩をすくめて反応を返した。お互いにやれやれといった感じだ。


「ルナ? 大丈夫かい?」


 未だに地面に座り込んだままのルナに、リアムは駆け寄って手を引いて立ち上がらせる。


 服に着いた汚れを手で払いながら、怪我をしているであろう膝に目をやると、ソックスの膝の部分は少し破れて白い肌が露になっていた。


 それだけならばよかったのだが、庭園の中心は敷き詰められたレンガの床だ。そこへ勢いよく滑り込んでしまった膝は幾重にも傷が付いて血が滲み、腫れて赤く、そして擦り切れ滲む血で痛々しい色になってしまっていた。


「は、はい……少し擦りむいただけですので大丈夫です」


「ならよかったけど。でもね、ひとつだけ。ルナ、自分が悪くないのに謝らなくてもいいんだからな? 今のはルナが悪いところなんてなかったんだから」


「ご、ごめんなさい……」


「また……それだよ、そーれ。ルナは悪くないって言ったでしょ? ほら、行こう? 手当しなくちゃね」


「あっ! リアムさまっ! だ、大丈夫ですよ! 自分で歩けますから……!」


 リアムに抱き抱えられたルナは小さく抵抗する。抵抗といっても、ちょっとだけいやいやとするだけなので、ただ可愛いだけだ。


 そんな可愛らしいだけの抵抗では、リアムは軽く受け流すだけで降ろそうとはしない。


「はいはい。大人しくしててねえ」


「むぅ、リアムさまのばか……」


 ルナはぷくっと頬を膨らませて抵抗を続けているが、その程度の抵抗など抵抗とも呼べないし、こういう時のリアムには通用しない。


 結局ルナはお姫様抱っこをされたままで夕食会の会場であるパーティーホールまで運ばれる事になり、ちょっとだけふて腐れモードだ。


「もう! リアムさまは大袈裟ですっ」


「わかったわかった。俺の可愛い可愛いルナが怪我したんだから、これくらいは普通なの。いいから大人しくしてなさい」


「なんか、言い方がわざとらしいです……」


「そう? 気のせいじゃないかな?」


 最前列を歩くテトラは、リアムとルナの仲睦まじいやり取りを見て小さく笑う。


 そしてその隣を歩くバビロに声をかけようと視線を向けると、珍しく彼の表情が硬く引きつっていることに気が付いた。


「バビロ……? どうかしましたの? 表情が硬いようですけど」


「……いえ、ただ先ほどのような卑劣な行いをする者が、このアーベルット家に足を踏み入れていることが不愉快であっただけです、テトラお嬢様」


「まあ! バビロったらそれで怒っていたのね? まったく、貴方はいつも真っ直ぐで素敵だけれど、家の事になるとすぐ熱くなるんだから」


「申し訳ありません、テトラお嬢様。以後気を付けますので」


 テトラは再び上品に笑うと「別に良いのよ」とバビロの家に対する想いを肯定した。それはテトラにとってバビロのその想いがとても嬉しく感じられたからだ。


 生まれた時からいつも側にいるバビロはテトラにとっては家族も同然なのだから、その気持ちを嬉しく思うことは当たり前だった。


「業火さんもお兄さんのネイス様のように物腰が柔らかい方かと思ったのだけれど、違ったみたいね……さあ、バビロ。気を取り直して最高の夕食会にしてちょうだいね」


「承知いたしました。全て、私めにお任せください。テトラお嬢様」


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