第45話 テトラさんのところに……!?
製粉所の地下に横たわる悍ましい真実を背負い、リアムたちは救い出した六人の少女を伴って、地上の冷たい空気の中へと這い出した。冬の陽光は既に西の空へと傾き、帝都の街並みを赤黒い残照が、まるで凝固した血のように不吉な色で染め上げている。
一行はひとまず、心身ともに衰弱しきった少女たちを安全に保護するため、公的な力を持つハンター協会へと足を急がせた。
リアムが背負う少女や、ジレッタに支えられた少女たちは、あまりに長い間闇に囚われていたせいか、眩しそうに目を細めている。彼女たちは外の世界の騒音に怯えるように、小刻みに肩を寄せ合っていた。
その道中、リアムの腕の中で震えていた一人の少女が、うわ言のように小さく唇を戦慄かせた。
「……あれが、本当に『救済』だったの?」
その場にそぐわない、神聖かつ残酷な響きを孕んだ言葉。リアムは歩みを止めず、腕の中の温もりを確かめるように微かに視線を落とした。
「救済……? 何のことだい」
少女は、思い出そうとするだけで呼吸が荒くなるのを必死に堪えながら、夢遊病者のような虚ろな声で続けた。
「あの日……四つ子のアリスたちが消えた瞬間、独房の明かりが全部消えて、真っ暗闇になったんです。何も見えなくて、怖くて、みんなで泣いていたら……闇の向こうから、すごく静かな、でも透き通った声が聞こえてきて」
リアムの脳裏に、あの隙のない老執事の、穏やかすぎる微笑が過ぎった。
「その声は、なんて言ったんだい?」
「……『永き呪いからの解放を。愛しき仔らよ、今こそ貴女たちに真実の救済を授けよう』……って。そうしたら、優しい光が溢れて、次に目を開けたときには、もうあの子たちの姿はどこにもなかったんです」
救済――それは本来、苦難から解き放たれる至福を指す言葉だ。
しかし、少女を連れ去り、その命をイフリート復活という惨劇の礎にしたのだとすれば、それは慈悲の仮面を被った残酷な『断罪』に他ならない。
ジレッタは隣でその告白を聞き、奥歯を強く噛み締めていた。正義を重んじる彼女にとって、無垢な子供たちの命を勝手な大義の天秤に掛ける行為は、到底容認できるものではなかった。
謎の欠片を抱えたまま、一行はようやく重厚な石造りのハンター協会本部へと到着した。
内部は、夕刻の依頼報告に訪れたハンターたちで混み合っていた。ジレッタは、その端正な顔立ちに纏わせた鋭い威圧感と、ランク七位というトップランカーとしての権限を存分に行使し、窓口へ詰め寄った。
「緊急事態よ。この少女たちを至急、最優先で保護し、医療班に引き渡して。経緯の詳細は追って報告するわ。異論は認めない!」
ジレッタの苛烈な剣幕に押され、受付の職員たちは狼狽しながらも、すぐさま警備兵と魔導医を呼び集めた。少女たちが安全な奥の部屋へと運ばれていくのを見届け、リアムが受付嬢に問いかける。
「ここへ、ネイスという商人……いや、ハンターが来ているはずですが。会うことはできますか?」
「ネイス様でしたら、つい先ほど、帝都への多大な寄付と功績の発表を終えられ、既にこちらを発たれましたよ」
(一歩遅かったか)
リアムが苦々しく目を細めたその時、隣の窓口で雑談に興じていた別の受付嬢たちの会話が、偶然にも三人の耳を打った。
「――ねえ、今日のネイス様も本当に素敵だったわね。あれほどのご身分でありながら、私たちのような者にも優しく微笑んでくださって」
「ええ、まさに紳士の鑑よね。あの方はこの後、テトラ・アーベルット伯爵令嬢のお屋敷を訪問される予定だそうよ。婚約の噂、本当なのかもしれないわね」
その言葉を聞いた瞬間、リアム、ジレッタ、そしてルナの三人の間に、静かな、しかし爆発的な戦慄が走った。
「テトラさんのところに……!?」
ルナが悲鳴に近い声を上げる。リアムの赤い瞳に、冷徹なまでの鋭利な光が宿った。
ネイスが、テトラの父親を死神を使って暗殺し、その地位を奪おうとしている現犯人であることは明白だ。そして今、バビロという最強の守護者が屋敷を離れているこの隙を突き、毒蛇は標的の懐へと入り込もうとしている。
「最悪のタイミングね……。バビロさんは屋敷にはいないし、テトラさんはまだ、ネイスを信頼しきっているわ」
ジレッタが魔剣の柄を強く握りしめ、既に踵を返していた。
「急ぎましょう。ネイスが牙を剥く前に、あの屋敷へ辿り着かなければいけません」
リアムの指示に、二人は力強く頷いた。
夕闇が帝都を完全に支配し、街灯に淡い魔力が灯り始める中、三人は人混みを掻き分けるようにして、テトラの屋敷が位置する貴族街へと駆け出した。
背後で聞こえる『救済』という言葉の不吉な残響を振り払うように。今、彼らが守らなければならないのは、囚われた過去の少女たちではない。今まさに偽りの愛によって絞め殺されようとしている、一人の友人の未来であった。
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