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葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜  作者: ウィースキィ


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第44話 ひどい……こんなの、あんまりです……っ


 ジャックを退けたリアム、ルナ、ジレッタの三人は、崩れた壁の奥に潜む奈落へと足を踏み入れた。


 石造りの階段を下るごとに、湿った不浄な冷気が肌を刺し、寿命の尽きかけた魔導灯が喘ぐように明滅を繰り返している。その不確かな光は、通路の凹凸を不気味な陰影として浮かび上がらせ、まるで巨大な怪物の喉奥へと吸い込まれていくような錯覚を三人に抱かせた。


 階段を下りきった先に広がっていたのは、廃工場の外観からは想像もつかないほど無機質に整然とした、しかし血の凍るような静寂が支配する執務室だった。


 壁一面の棚には膨大な数の羊皮紙が詰め込まれ、机上には青黒いインクで執拗に書き込まれた日誌が、主の帰りを待つように開かれたまま置かれている。


「……ここが、ネイスの悪行を記した『書庫』というわけね」


 ジレッタが嫌悪感を隠さず、資料の一束を手に取った。リアムもまた、机上に散乱した一枚の報告書に目を留める。そこには、先ほどジャックを狂乱の極致へと導いた禁忌の薬物――『純血の雫』についての製法が、吐き気を催すほど緻密な筆致で記録されていた。


(……これは、人の所業ではないな)


 資料に記された製法は、想像を絶するほどにおぞましいものだった。


 まず、イフリートの呪いを宿した末裔の少女を生きたまま魔導回路へと接続し、その四肢に銀の針を深く突き立てる。死への恐怖と激痛によって増幅された魔力が、沸騰するように血流へと溶け出す瞬間を狙い、心臓から直接、琥珀色の原液を抽出するのだ。


 そうして奪い取られた血は、特殊な触媒と共に煮詰められ、幾重もの工程を経て不純物を濾過される。その過程で、数多の少女たちが『出がらしの殻』のように痩せ細り、尊厳を奪われながら絶命していく様子が、実験動物の観察記録さながらに淡々と、数字の羅列と共に綴られていた。


「ひどい……こんなの、あんまりです……っ」


 内容を察したルナが、震える手で自身の腕を強く抱きしめた。薄暗い部屋の中で、彼女の顔は紙のように白く染まっている。


 三人は重苦しい沈黙を背負い、執務室のさらに深部へと歩みを進めた。重厚な扉を開けた先に待っていたのは、もはや医療とも研究とも呼べぬ、まさに『拷問室』のような凄惨な光景の部屋であった。


 かつては白かったであろう壁には、赤黒い血痕が飛沫となってこびり付き、中央には幾つもの拘束具を備えた冷徹な鋼鉄の台が整然と並んでいる。床には、生身の肉を削ぎ取るための歪なメスや、細い骨を砕くための万力、そして魔力を強制的に引き出すための刺青針が、洗浄されることもなく汚濁に塗れて転がっている。


 淀んだ空気は、錆びた鉄の匂いと鼻を突く死の腐臭が混ざり合い、呼吸をするだけで肺の奥底まで汚されていくような不快感が全身を駆け抜ける。


「……行きましょう。この先に、まだ生きている子たちがいるはずよ」


 ジレッタの声は、込み上げる憤怒で微かに震えていた。拷問室の突き当たり、厳重な鉄格子が嵌められた通路の先に、いくつもの独房が並ぶ最深部が現れる。


 そこには、六人の少女たちが収容されていた。


 彼女たちは光を失った虚ろな瞳を向け、独房の隅で身を寄せ合い、ただ震えている。リアムは独り、通路の入り口にある監視室へ入り、卓上に置かれた収容者リストを手に取った。


「……奇妙ですね」


 リアムが漏らした呟きに、ジレッタが傍らへと寄る。


 リストによれば、イフリート復活の惨劇が起きる前日までは、この場所に『十名』の少女が収容されていた記録がある。しかし、復活当日を境に、四人の少女の欄には『行方不明』、あるいは『紛失』という、管理者側の混乱が透けて見えるような乱雑な殴り書きが残されていた。


(ネイスの組織が、自ら生贄を選別して連れ出したのではない……? 何者かが、あの男の喉元から獲物を掠め取ったというのか?)


 リアムは魔力を込めた手で鉄格子を容易く破壊し、救い出した少女たちのうち、比較的意識のしっかりしている一人に視線を合わせた。


「怖がらなくて大丈夫だよ。もう大丈夫。助けに来たからね。それと……一つだけ聞かせてほしいんだ。ここから姿を消した四人の子のことを、何か知っているかい?」


 少女は怯えながらも、弱々しい声で言葉を紡いだ。


「消えたのは……アリスたちです。あの子たちは四つ子だったから、いつも一緒で。みんな、同じ日が誕生日だったんです」


「同じ誕生日……?」


「はい……。あの日、あの子たちが産まれてから、ちょうど……その……十四年目の誕生日で……」


 十四回目の誕生日――それはイフリートに憑依された末裔の少女にとって、呪いが完遂され、逃れられない死が訪れる『寿命』の日を意味していた。そして、奇妙なことに、その日は帝都の貧民街を業火が焼き尽くした『イフリート復活の日』と、寸分違わず重なっていたのである。


「……四つ子で、同じ誕生日。そしてその当日が、あの復活の日。偶然の一致と切り捨てるには、あまりに出来過ぎているわね」


 ジレッタが苦々しく眉を寄せた。ネイスという絶対的な巨悪を追ってきたはずが、その影にはさらなる『別の誰か』の意志が、蜘蛛の巣のように張り巡らされている。それは、ネイスですら掌握できていない不可解な胎動だった。


(もし、その四人を連れ去った者が、イフリート復活の『真の引き金』を引いたのだとしたら……?)


 リアムの脳裏に、あの隙のない老執事、バビロの穏やかな微笑が浮かんだ。彼はネイスの拠点を正確に突き止め、自分たちをここへ誘導した。そして今、彼はあえて別行動をとっている。


 地下室に漂うおぞましい真実と、外の世界で静かに、かつ確実に進行しているであろう別の計画。救い出した少女たちの震える肩を抱き寄せながら、リアムの赤い瞳には、これまで感じたことのない深い困惑の色が滲んでいた。


「……ジレッタさん、まずはこの子たちを連れて地上へ行きましょう。ここに留まるのは危険だ。……何かが、致命的なまでに噛み合っていない気がします」


 三人は急ぎ、地上の冷たい空気を目指して駆け出した。背後の暗闇では、主を失い捨てられたリストが地下の隙間風に揺れ、消えた四つ子の名が、呪詛のように不気味に蠢いているように見えた。


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