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葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜  作者: ウィースキィ


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第04話 リアムさまとは大違いですねっ!


 次の日の昼過ぎ、リアムとルナはテトラから指定された伯爵家の屋敷へと向かっていた。


 移動手段は、当然のごとく『無料』で済む徒歩である。リアムの事務所から歩くことおよそ四時間、ようやく目的地の門前に辿り着いた。


「うわぁ、これが屋敷か……!」


 到着するや否や、リアムは驚嘆の声をあげた。目の前に広がる光景は、彼の想像をはるかに超えていた。


 純白の高い石塀が広大な敷地をすべて囲い込み、その塀越しに見える門は、まるで馬車どころか巨人でも通れそうなほど巨大で、華麗な装飾が施されている。その門前には、四人の厳つい私兵が左右二人ずつ並び、研ぎ澄まされた刃のような鋭い目で警戒を怠らない。


 そして何よりも目を引いたのは、塀の向こうにそびえる屋敷の姿だ。ほんの一部しか見えないにもかかわらず、その圧倒的な存在感は隠しようがなかった。


 まるで古城のように威風堂々とそびえ立つ壮麗な建物――それは、平民であるリアムにとっては、全く縁のない別世界のものであった。


 これほどまでに立派な屋敷となれば、指示された場所がアーベルット伯爵家の本邸であることは間違いない。


「てっきり別荘か私邸くらいだと思ってたけど……まさか本家とはね。さすがは当主さまだ」


 リアムは感心しながらそう呟き、再び屋敷の荘厳さに目を奪われた。彼の隣で、ルナは静かに頷きながらも、どこか緊張感を漂わせている。壮大な建物の前で、彼らはほんの少し自分たちの小ささを感じ取っていた。


「本当にすごいですね……! いったいリアムさまの事務所、何個分の広さでしょうか?」


 無邪気な笑顔を浮かべながら感心するルナの言葉に、リアムは苦い顔をするしかなかった。目の前にそびえる貴族の大豪邸と、あろうことかルナはリアムのボロ事務所を比較しているのだから。


「うちの事務所を引き合いに出すのはやめてくれよ。悲しくなるから……」


「あっ、ごめんなさい。リアムさまの事務所、ボロいですもんね……」


「いや、言い方!」


 リアムは少し肩を落としながらもルナにツッコミを入れる。しかしそのやりとりも束の間、目の前で立っていた私兵たちが静かに門を開け、中からはテトラが姿を現した。どうやら、リアムとルナを出迎えるために待っていたらしい。


 テトラは以前リアムの事務所で会った時よりも、どこか自信に満ちた晴れやかさを漂わせていた。


 着ているのも依頼に来た時のシンプルなワンピースではなく、淡い水色のドレスだ。それは派手さはないものの、貴族にふさわしい氷のような優雅さを漂わせている。


 そして、彼女の隣には、白髪の執事服を着た年配の男性が立っており、鋭い眼差しでリアムをじっと見つめている。


「あ、テトラさん! どうもどうも……」


「リアムさん! ルナさん! ようこそ、お待ちしておりました」


 テトラの満面の笑顔は、思わず『自分に好意があるのでは?』と勘違いしてしまいそうなほどだ。そんなテトラの歓迎にリアムは一瞬戸惑いつつも、軽く手を振って返す。


「さあ、他のハンターさんもお待ちですので、どうぞこちらへ」


「え、俺が一番最後なの!?  あれー? 結構早めに来たつもりだったんだけどな……」


 リアムは腕時計を確認する。約束の時間より十五分前に着いたはずなのに、どうやら他のハンターたちはすでに到着しているらしい。


「いいから、行きますよリアムさま! ここはビシッとしてください。他の方に最初の印象で格下に見られないように!」


「わ、わかったよ……えっと、失礼します?」


 リアムがしどろもどろになりながら軽く頭を下げ、門をくぐると、彼らの前に広がるのは白く整備されたまっすぐな道だ。その道の左右には広大な庭園が広がり、手入れの行き届いた美しい景色がどこまでも続いていた。そしてそのすぐ先には、二頭の白馬に引かれた一台の白い馬車が待機している。


 テトラと執事は先に馬車に乗り込み、私兵たちの案内に従ってリアムとルナも続いて乗り込んだ。馬車の中は、どこか甘い香りが漂っており、豪華な内装が非日常を感じさせる空間だ。テトラは相変わらず優雅に微笑みながら、リアムとルナを迎える。


「リアムさん、ルナさん、どうぞこちらにお座りくださいね」


「あ、はい! うわ、これ、ふわふわだな……」


「リアムさまっ! そういうことを口に出さないでください! 貧乏くさく聞こえますから」


「いや、現に貧乏だし……って、うわっ! 痛てっ!」


 ルナの肘がリアムの横腹に勢いよくぶつかる。もう小突かれたというレベルではない痛撃に、リアムは涙目になりながらも横腹をさすりつつ座席に腰を下ろした。その様子を見ていたテトラは、口元に手を添えて上品に微笑んでいる。


「ふふ、お二人はとても仲が良いのですね」


「え? あ、ああ……まぁ、そうですかね」


「ルナさんはリアムさんの契約悪魔というお話でしたよね?」


「はい! ルナはリアムさまの契約悪魔です!」


 テトラの質問に、ルナは元気よく答えた。どうやら「契約悪魔か」と聞かれると、いつも以上に機嫌が良くなるらしい。


「契約悪魔には、ルナさんのように可愛らしい姿の方もいらっしゃるのですね。とても愛くるしい……」


 そう言いながら、テトラはそっとルナの頭に手を伸ばそうとした。だが、その瞬間、隣にいた銀縁眼鏡の老執事が手を差し出して制止した。


「お嬢様、そのようなお戯れはほどほどに」


「もう、バビロ! これくらいなら構わないでしょ?」


「違いますよ、お嬢様。相手方の了承なしに触れるのは失礼にあたります。お触れになるなら、一言お伺いを立ててからになさるべきです」


 バビロに諭され、テトラは自分の軽率な行動に気づき、はっとした顔を見せた。


「そ、そうね。ごめんなさい、バビロ。あなたの言う通りです……ルナさん、急にごめんなさい」


「いえっ! 全然大丈夫です! い、いつでもどうぞっ!」


 ルナはむしろ嬉しそうに答え、軽く身体を前に乗り出した。テトラは、そんなルナの頭に手をそっと触れる。彼女の銀色のさらさらした髪を優しく撫でながら、テトラは微笑んだ。


「ルナさんの髪、とても綺麗ですね。艶があって、指通りも素晴らしいわ」


「え、そうですか……? でもテトラさんの金色の髪の方がふわふわしてて、もっと綺麗に見えますよ?」


「あら、うれしいことを言ってくださるのね」


 二人はすっかり打ち解けた様子で、仲睦まじく言葉を交わしている。それを眺めながら、リアムはぼんやりと心の中でくだらないことを考えていた。


(美少女と美幼女が戯れてる……これ、絵になるなぁ)


 そんなくだらない考えを抱えているリアムは、ふと隣に座るバビロを見やると、彼もまた『まったくお嬢様は……』と言いたげな顔で二人を見守っていた。どうやら彼も苦労人らしい。


 それからすぐに馬車がゆっくりと停車した。どうやら目的地に到着したようだ。馬車の扉が開き、出発した時とは別の私兵が顔を出す。


「テトラお嬢様、到着いたしました」


「ありがとう」


 感じの良い笑顔でテトラが返事を返すと、バビロはすぐに馬車を降り、テトラが差し出した右手を優雅に取って、エスコートしながら馬車から降ろした。


 テトラの姿を見たルナは、淡い期待を抱いて、同じように右手を差し出し、リアムを待つ。しかし、リアムはそれに気づかず、じっとルナの手を見つめ、顔を少し近づけてから首をかしげた。


「ん、なに? 虫にでも刺されたの?」


 バチンッ!と鈍い音が響いた。ルナの手がリアムの頭を力強く叩いた音だ。


「痛ぇ! なんで!?」


「なんでもありませんっ!」


「いや、なんでもないって、頭を叩かれたけど……」


 ぷりぷりと頬を膨らませたルナは、馬車を降りようとする。そこへ、バビロがすかさず手を差し伸べた。


「ルナお嬢様、馬車を降りる際はお気をつけください。私めでよろしければ、エスコートをさせていただきます」


「あっ、はい! ありがとうございます、バビロさん!」


 ルナは笑顔でバビロの手を取って馬車を降り、リアムと目が合うと、再び頬を膨らませてそっぽを向いた。


「リアムさまとは大違いですねっ!」


「え、そういうことだったの? ごめんって」


「もういいです! 間に合ってますから!」


「……うん、わかった」


 リアムはしょんぼりと肩を落としながら、ルナの背中を追うようにして馬車を降りた。


 目の前には、細かな彫刻が施された豪華な玄関があり、その扉が静かに開かれると、私兵やメイドたちが整然と並んで待っていた。


 彼らは一斉に深々と礼をしながら、「おかえりなさいませ、お嬢様」と声を揃えて迎え入れる。その瞬間、館全体が格式高い張り詰めた空気に包まれるようだった。


 テトラはそんな光景に、少し困ったように微笑み、「もう、そんなに堅苦しくしなくてもいいのに」と、照れくさそうに呟いた。


 彼女の穏やかな言葉に場の緊張が少し和らぎ、リアムも一息つきたかったが、先ほどのルナとのやり取りから、ルナは一度もリアムの方を見ていない。怒っているのである。


 リアムは少し居心地悪そうに足を動かしつつも、ふと前方を見ると、ルナとテトラが楽しげに笑い合っている。


「テトラさんは婚約者さんとかいるんですか?」


「そうね、とてもよくしてくれる方は、います……ふふ、なんだか照れくさいわ」


 談笑を続ける彼女たちの近くには、穏やかな眼差しを向けるバビロが、二人の姿を温かく見守りながら共に歩んでいた。


 一方でリアムはというと、その三人の後ろをぽつんと一人、広々とした屋敷の長い廊下を歩いていた。まるで絢爛豪華(けんらんごうか)な城の中の迷子の少年のような気分だ。


(いいよーだ、一人でも)


 心の中で強がりを言い聞かせながらも、その言葉が少し空しく響いていた。ルナがテトラと寄り添いながら歩く姿をちらりと見ると、ますます一人きりの孤独感が増していく。しかし、リアムはその感情を振り払うかのように、背筋を伸ばして歩みを進めた。


 少し拗ねた気持ちを抱えながらも廊下を進むと、目の前に大きな両開きの扉が開かれているのが目に入る。


 その扉の向こうには、広々とした部屋が広がっていた。まるで華やかなパーティーのために用意された祝祭のホールのようで、天井には豪華なシャンデリアが優雅に吊るされている。


 シャンデリアのクリスタルが、天窓から差し込む柔らかな太陽の光を受けて、まるで無数の星が瞬いているかのようにキラキラと輝いていた。


 そして、部屋の中心にはすでに五人の先客がいる。


 一人は赤茶色の髪の少女だ。可愛いというよりは美人寄りな整った容姿だが、表情が固いせいで威圧的な印象を受ける。白い軍服のような服は、ハンター協会の制服だ。それを着用しているということは、ハンター協会の人間なのだろう。


 もう一人の青年は、暗めの金髪をなびかせ、高身長で洗練された姿勢で立っている。


 彼の周囲の人々との会話を楽しもうとする様子から、社交的で人懐っこい性格が感じられる。笑顔はまるで太陽の光のように爽やかで、まさに好青年の象徴と言える。ここが社交界の場であれば、いわゆる爽やか系イケメンとして、周囲の視線を一身に集めているだろう。


 そんな彼の服装は、機能性よりも見た目を重視したデザインで、まるでファッションショーのランウェイを歩いているかのような印象を与える白いタキシード姿だ。そのシンプルなスタイルは、彼自身の個性を際立たせ、まさにおしゃれの真髄を体現している。


 容姿の特徴がはっきりとわかるのは、先ほどの二人だけである。残りの三人は、その素顔を隠したまま、どこか神秘的な雰囲気を漂わせ、まるで異世界からの使者のようにその場を包み込んでいた。


 三人のうち一人は、炎のような赤い髪に東国の伝統的な装束を彷彿とさせる袴のような衣装に身を包み、白い狐の面を被っている。その姿は、あたかも古の物語の登場人物そのもので、風に揺れる装束が幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 もう一人は、深くフードを被り、黒いローブで小柄な全身を覆い隠している。まるで闇そのものが具現化したかのように、影の中に潜む正体はまったく窺い知ることができない。


 そして最後の一人は、銀色の鎧をまとい、顔を覆うヘルムから覗く鋭い視線が印象的な騎士然としたハンターだ。その威圧的な体躯からは、圧倒的な力強さと揺るぎない信念が滲み出ている。


 彼ら三人は、まさに異端と呼ばれるハンターたちの典型であり、奇抜な姿を持ちながらも、周囲に一層の畏怖と神秘の空気を漂わせていた。その存在感は圧倒的で、場の雰囲気を一変させ、ただそこにいるだけで自然と注目を集めてしまう。


 だが、彼ら五人のハンターに共通していることが一つだけあった。それは、全員がリアムの腰にある珍しい形状の剣に視線を向けているという点だ。


 柄と鞘を鎖でぐるぐるに巻き付けたそれは、帝都では珍しく反りのある形状で、その名を『刀』という武器だった。


 彼らの眼差しには、そんな珍しい武器を持つリアムを訝しむ者、興味深げに観察する者、何かを見極めようとする者など、様々な感情が含まれている。


「皆さん! お待たせしました。こちらがハンターのリアムさんと契約悪魔のルナさんです。これで全員が揃いましたね。では、お天気も良いので庭園に向かいましょう。テーブルと椅子、それに紅茶もご用意していますので」


 テトラの案内で庭園へ向かう一同。その間も、五人のハンターたちは相変わらずリアムに視線を注ぎ続けていたが、当の本人は全く意に介していない。むしろ、呑気に美しい庭園の景色を眺め、やっと機嫌を直してくれたルナと隣に寄り添って歩いて楽しげにおしゃべりをしている。


 だが、周囲の目を気にしがちなルナは、ふと異様な周囲の視線に気づき、落ち着かない様子で小声でリアムに話しかけた。


「リアムさま……なんだか、他のハンターさんたちからすごい視線を感じるんですけど……?」


「ん? ああ、気にしないでいいよ。いつものことだから」


「さすがリアムさまですね。そういうの全然気にしないんですね」


「え? それって褒めてるの?」


「いいえ、褒めてません」


「あ、そっか……」


 リアムはルナの淡々とした返答に少しテンションを下げ、肩を落とす。しかし、それを見たルナは少し申し訳なく思ったのか、そっと彼の手を取って軽く握り締めた。


「リアムさま、そんなに落ち込まないでくださいよ」


「べ、別に落ち込んでないし? 普通だし?」


 強がるリアムの姿に、ルナは苦笑しながらも手を離さずに並んで歩いてくれた。


 そして二人の視線の先に、美しい庭園が見えてくる。


 穏やかな風が吹き抜け、花々が咲き誇る庭園の景色は美しい。そんな美しい景色に気が紛れたのか、花々を興味津々に見つめるルナの姿を横目に、リアムは微かに微笑んだ。


 リアムにはルナがハンターたちからの視線を気にする理由は見当がついているが、それでもいつかはルナが少しでも周りの視線を気にしなくなってくれたらいいなと、そんな風に思いながら、彼女の手の温もりを感じ続けていた。


【登場人物】


■バビロ

挿絵(By みてみん)


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