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葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜  作者: ウィースキィ


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第03話 よかったですね、お仕事貰えて!


 久しぶりのまともな依頼に張り切るルナの小さな背中を追い、リアムも、「美人のご令嬢~」と、鼻歌まじりに軽やかな足取りで階段を下りていった。


 階段を降りた先の扉を開けると、広々とした一階の事務所が視界に飛び込んできた。


 南側には大きな窓が三つ並び、朝の光が惜しげもなくたっぷりと差し込んでいる。快晴の日の明るい光が、事務所内に清々しく爽やかな雰囲気をもたらしていた。清潔感あふれる空間は、二階の住居と同様にルナの日々の丹精な掃除により整理整頓されており、訪れる者に心地よい空間を演出していた。


 部屋の四隅には簡素ながらも存在感のある大きな花瓶が配置され、窓際にはルナが大切に育てる観葉植物が、生きた緑の葉を誇示している。


 中央には重厚な木製の長方形テーブルが据えられ、それを挟むように南側と北側に黒い革製の二人掛けソファが対面して配置されていた。テーブルの中央には、小さな花瓶に活けられたルナが早朝に摘んだ野花が、美しく彩りを添えている。


 そして、南側のソファには、光沢のある金色の髪をふんわりと巻いた、上品な白いワンピースを身にまとった少女が静かに座っていた。


 ルナがリアムに「依頼主さんです」と耳打ちすると、依頼主の少女は優雅な動作で立ち上がり、ワンピースの裾を軽く持ち上げながら、洗練された一礼をしてみせた。


「お初にお目にかかります。わたくし、テトラ・アーベルットと申します」


 テトラの上品な振る舞いは、彼女が幼少の頃から優れた教育を受けてきたことを雄弁に物語っていた。


 また、事務所内には、柑橘系のような甘酸っぱい気品ある香りが微かに漂っており、その香りの正体はテトラ自身がまとう香水だ。香水は高価であり、貴族の必需品とも言われているため、テトラはその香りだけでも自らの高い身分を示していた。


 これらを瞬時に見抜き、リアムはテトラへ挨拶を返す間の一瞬に様々な考えを頭によぎらせた。生地の質感の良い服、美しく巻かれた髪、整った容姿、上品な香り、そして洗練された所作。これら全てが、テトラが確かに良家の令嬢であることを裏付けている。まさしく図鑑に出てくるような美人の令嬢の依頼者だ。


「ご丁寧にどうもありがとうございます。リアムハンター事務所のハンター、リアムです。こちらは契約悪魔のルナ。どうぞよろしくお願いいたします」


 リアムが上品さには欠けるものの、礼儀正しく挨拶を返すと、テトラは柔らかな微笑みを浮かべながら、軽やかに会釈した。


「こちらこそよろしくお願いいたします」


「では、おかけください」


 リアムが右手でソファに座るよう促すと、テトラは控えめな態度で「失礼いたします」と向かい側のソファに静かに座った。リアムとルナは後に続き、テトラと対面するソファに腰を下ろした。


「さて、早速依頼内容についてお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」


 リアムの手から依頼書が取り上げられ、テーブルの上に置かれる。


「はい。それではこちらをご覧ください」


 テトラが上質な白い革製の鞄から取り出したのは、十数枚の紙の資料だった。資料を受け取ったリアムは、早速ペラペラと捲って内容を確認してみる。概要から目次、依頼したい内容について簡潔にまとめられており、非常にわかりやすい資料である事が一目で見て取れた。


「こちらは依頼内容を簡単にまとめた資料です。依頼内容を結論から申し上げますと、私の父を殺した悪魔を見つけてほしいのです」


「なるほど。お父様を悪魔に……」


「はい。わたくしのお父様の仇を……討ってほしいのです」


 テトラは顔を伏せ、膝の上で力強く両手を握りしめる。その姿からは、家族を失った彼女の悔しさと深い悲しみが滲み出ていた。まるで重い鉛の塊のような悲しみが、その場に漂っているかのようだ。


「私は幼い頃にお母様を亡くしていまして、お父様が亡くなった今、伯爵家であるアーベルット家の当主は私が継ぐことになりました。だからこそ、私が家を継ぐために父を殺した、という悪意ある憶測を口にする者も少なくなくて……」


「そうですか。確かにこの資料の内容では、疑われても仕方がないかもしれませんね」


 資料に目を通しながらリアムが言うと、テトラからは「その通りです……」と小さな、しかし諦念を含んだ返事があった。そう思われることは想定済み、といった様子だ。


「ですが、私は絶対にお父様を殺してなんかいません。絶対に……」


 テトラの瞳がわずかに潤み、涙を堪えているのか、表情も硬くなる。相変わらず控え目なのだが、その中に秘めた必死な信念が、リアムに強く伝わってきた。


「テトラさん、大丈夫ですよ。俺はテトラさんを疑っていませんから」


 根拠は薄いものの、リアムはテトラの言葉に疑念を抱いていなかった。彼はこれまでに、自らの利己的な欲望のために他者や家族さえも犠牲にする冷酷な人々を何人も目にしてきた。


 そのため、テトラのような可憐で奥ゆかしい人物がそうした冷酷な者たちと同じ類であるとは到底思えなかったのだ。さらに、真実は依頼を受けて調査を進めることで自然と明らかになってくるものだ。現時点であれこれと考えを巡らせても、結局は無益なことに過ぎないと彼は感じていた。


「お優しいお言葉ありがとうございます。報酬は成功報酬で金札五十枚差し上げます。どうか、どうか犯人の悪魔を見つけて討伐してください!」


 テトラが頭を下げると、ふわふわに巻かれた綺麗な金色の髪が波のように揺れる。


 テトラが示した金札五十枚という報酬はかなりの大金だ。一般的な人の初任給が平均して金札十八枚程度であることを考えると、今回の報酬はその倍以上となる。


 それこそ、この依頼が一ヶ月以内に終われば、当分もやし生活とは無縁になるほどの儲けが見込める、実に美味しい案件でもあった。報酬面でも断る理由など見つからない。


「わかりました。俺にできる事は全力でやりましょう。任せてください」


「本当ですかっ!?  ありがとうございます!」


 目の前で何度も深々と頭を下げるテトラの姿を見ていると、リアムは自身の心の中にあった貴族像が音を立てて崩れていくのを感じていた。


 一般的に、貴族と言えば、威風堂々とした佇まいで、平民を見下すような傲慢さを持っているというイメージが強い。そのため、実際の貴族たちも、そうした特徴を持っていることが多い。


 しかし、目の前にいる可憐な伯爵様、テトラは、そんな一般的な貴族とはまったく異なる人物のように思えた。つまり、彼女は驚くほど謙虚で、腰の低い存在であることが明らかだった。


 一方で、テトラに対してある種の先入観を抱いていたリアムとは対照的に、ルナはそのような邪念を持っていないようだった。彼女はテトラの素性や背景について特に気にする様子もなく、むしろ依頼が舞い込んできたことに対して心から嬉しそうに微笑んでいる。


 そんな中、突然何かが気になったのか、ルナは少し身を乗り出し、興味津々な表情でテトラに問いかけた。


「ところで、テトラさんはなぜリアムさまの所に来たのですか?  正直その金額であればランク持ちのハンターさんでも喜んで受けてくださると思うのですが」


「あー、たしかに」


 考えてみれば、ルナの言う通りである。多額の報酬の提示もさることながら、テトラは貴族でもあり、社会的な信用も高い。であれば、有名なハンターに依頼することも可能なはずだ。わざわざ無名でランク圏外のハンターのリアムに依頼しなければならない必要性はない。


「あ、えっと……それは、その……知人の紹介でして」


「リアムさまを紹介ですか?  いったい誰からでしょう?」


「あの、それは秘密にして下さいと言われていまして……申し訳ありません。話すわけにはいかないのです」


 テトラはまた何度も頭を下げる。本当に腰が低い『お貴族さま』である。しかし、ルナはそれでもテトラにリアムを紹介した人というのが気になるのか、どんどんと前のめりになりながら目を輝かせて『知りたいです!』という好奇心のオーラを前面に出している。


 その様子に見かねたリアムがルナの頭に手を乗せて椅子の方に引っ込める。


「こーら、ルナ。あんまり人の事情に首を突っ込むもんじゃないぞ」


「むぅ……はい。そうですよね。すみません」


「あっ、大丈夫ですので、お気になさらず。あの、それでは明日の午後一時に屋敷でお待ちしていますね。場所は資料に記載してますので。それと、他のハンターさんもいらっしゃると思いますので……」


「ん? 他にもハンターを雇っているんですか?」


「はい。その、数は多い方が見つかる確率も上がると思いまして……」


「なるほど。だから成功報酬なんですね?」


「はい。そう、なりますね。えっと、それではまた明日、どうかよろしくお願いします」


 最後にはじめの挨拶と同じく、ワンピースの裾を軽く持ち、上品に頭を下げたテトラは、事務所を後にした。


 そして、テトラが去ってからすぐにリアムの顔を覗き込んだルナは、にっこりと満面の笑みを見せてくる。


「よかったですね、お仕事貰えて!」


「んー?  まあ、そうだなあ。他のハンターに先越されなければいいけど」


「えぇ! もう負け腰ですか? 気合い入れて行きましょうよ! ほらっ! ルナもついてますから!」


 ふんふんと鼻息も荒く、やる気充分なルナは、リアムの手を取ってキラキラな桃色の瞳で見つめてくる。


「はいはい。可愛い可愛いルナにそんなこと言われたら頑張るしかないなー」


「もぉ~なんですかあ? えへへ、そんなに褒めたってお昼も夜もご飯はもやしですからねっ♡」


 その日のルナは、いつになく上機嫌で、一日中いつもとは違う優しい笑顔を浮かべていた。


 リアムはというと、そんな彼女の機嫌に後押しされるかのように、珍しく一度も怒られることなく、穏やかな一日を過ごすことができていた。


 ルナが上機嫌のまま迎えたお昼ご飯には、ごま油の豊潤な香りとシャキシャキとした食感が楽しめる『もやしのナムル』と、温かい出汁が心地よい『もやしのスープ』が並び、二人の食卓を彩った。


 そして、その日の夕食には、ルナが秘蔵していた貴重な挽き肉を贅沢に使った『肉もやし』と、丁寧に茹で上げられた『茹でたもやし』が白米の代わりに登場し、食欲をそそる香りがキッチンに漂った。


 まるで、日常の喧騒を忘れさせてくれるかのような、特別なひとときを感じさせる食事とルナの笑顔があふれる、そんな夕食となったのだった。


【登場人物】


■テトラ・アーベルット

挿絵(By みてみん)


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