第25話 ……リアムさま、何か分かったのですか?
帝都の西区。貴族街の静謐さと商業区の活気が程よく混ざり合うこの地区に、カースレッド姉妹の住む小綺麗なアパートメントはあった。
リアムたちが訪ねると、扉の向こうから現れたミランダは、写真で見た以上に憔悴しきっていた。ハンター協会の華と謳われた面影は影を潜め、その美しい瞳は赤く腫れ上がっている。
「……ジレッタさん? どうして我が家へ……?」
驚きを隠せない彼女を促し、一行は居間へと通された。
卓上に置かれた紅茶はとうに冷め、部屋の隅には幼い少女が使っていたであろうスケッチブックが、持ち主の帰りを待つように静かに置かれている。
「ミランダさん、単刀直入に伺います。……ルクルットについて、何か変わったことはありませんでしたか?」
ジレッタの問いに、ミランダは細い指先を震わせ、膝の上で固く握りしめた。
「ルクルットさんは……昨日の朝、テトラ様の屋敷へ『定時連絡』に向かうと言って出かけたきり、一度も戻ってこないのです。妹のミチルダが行方不明になってから、彼は毎日、仕事の合間を縫って私の側にいてくれたのに。……彼まで、あの子と同じように消えてしまったらと思うと……」
ミランダは、昨夜の貧民街でルクルットが何をしていたのか、そして妹に関連する凄惨な事件が起きていることを何も知らされていなかった。ルクルットは、愛する女性にこれ以上の絶望を与えまいと、一人で血の滲むような暗闘を続けていたのだ。
「何か、ルクルットの行き先に繋がる手がかりは心当たりありませんか? 些細なことでも構いません」
リアムの言葉に、ミランダは縋るような眼差しを向け、意を決したように立ち上がった。
「……彼の部屋へ。あの方は、自分の悩みや仕事を私には一切見せないようにしていました。でも、あのお部屋なら、何か残っているかもしれません」
案内されたルクルットの私室は、彼の物腰と同様、整然としていた。しかし、その机の上に広げられた一枚の地図が、異様な存在感を放っていた。
帝都、とりわけ南側の『貧民街』を詳細に描いた地図。そこには、赤インクで幾つかの点が記されていた。
「これ……昨夜の場所だわ」
ジレッタが地図を指差して息を呑む。赤点は、昨夜リアムたちが発見した三人の少女の遺置場所と、寸分違わず重なっていた。そして、まだ遺体が見つかっていないはずの地点にも、幾つかの印がつけられている。
リアムは無言で地図を見つめた。その配置を頭の中で繋ぎ合わせ、一つの巨大な図形へと変換していく。
(……間違いない。これは、ただの殺人現場じゃない)
リアムの背筋を、冷たい戦慄が走り抜けた。
この幾何学的な配置。中心を欠いた歪な星型。それは、かつて『百年戦争』の泥沼の戦場において、数多の兵士の魂を一度に吸い尽くし、高位の悪魔を召喚、あるいはその逆に悪魔を封印するために用いられた禁忌の術式――『魂喰いの祭壇』に酷似していた。
(何者かが、帝都の地下で何を呼び覚まそうとしている? 少女たちの魂を触媒にして……?)
リアムは思考の海に沈みかけたが、背後にいるジレッタとミランダの視線を感じ、咄嗟にそれを胸の奥へ押し込んだ。自分が『百年戦争』の術式を知っている理由を、ここで説明するわけにはいかない。
「……リアムさま、何か分かったのですか?」
ルナの不安げな問いに、リアムは努めて冷静な声を絞り出した。
「ルクルットは、俺たちが辿り着くよりもずっと前から、この事件の『法則性』に気づいていたようだね。そして、残された赤点の場所……ここに、四人目の犠牲者、あるいは彼の探しているミチルダさんが連れ去られる可能性が高い」
「四人目……。そんなの、今すぐ止めに行かなきゃ!」
ジレッタが叫ぶが、リアムの目は地図の一点――赤点が打たれていない、だが術式の構成上もっとも重要な『中心地』を見据えていた。
「ミランダさん。ルクルットとミチルダさんは必ず連れ戻します。……ジレッタさん、ルナ。行こう。地図の点は、まだ増える可能性がある。ルクルットが一人でそこへ向かったのなら、彼は今、もっとも危険な『囮』になろうとしているはずだ」
ルクルットの部屋を後にする際、リアムはもう一度だけ、ミチルダのスケッチブックに目をやった。
そこに描かれていたのは、ミランダとルクルットが手を繋いで笑っている、幸せな未来の光景だった。
(まったく……。いつもはノリの軽いやつかと思ったら、信念も、度胸もあるんじゃんか)
リアムは、懐に忍ばせたアイテリエルの気配を強く感じながら、走り出した。
陰謀の首謀者が誰であれ、この帝都に『百年戦争』の地獄を再現させるつもりは毛頭なかった。
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