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葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜  作者: ウィースキィ


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第24話 いいえ! ルナも行きます、リアムさま!


 夜の帳が下り、凄惨な死体と狂気を帯びたルクルットの残像が消えた後。リアムは路地の隅、彼が消えた間際に足元へ落としていった小さな金属の塊を拾い上げていた。


 翌朝、冬の足音が近づく帝都の冷気が、窓の隙間から滑り込んでくる。


 事務所の二階、リアムの私室。彼は粗末なベッドの端に腰掛け、掌の上にある銀製のネックレスを静かに見つめていた。


 それは精緻な細工が施されたロケット状のネックレスだった。親指で蓋を押し上げると、中には一枚の古びた写真が収められている。


 中央で優雅に微笑むのは、紛れもなくルクルットだ。その隣には、彼が向ける眼差しに劣らぬほど慈愛に満ちた笑みを浮かべる美しい女性。そして彼女の傍らで、無邪気に白い歯を見せて笑う十四歳ばかりの少女の姿があった。


 ロケットの裏蓋には、繊細な筆致で文字が刻まれている。 『ミランダ・カースレッドへ。愛する妹ミチルダと共に』


 リアムは窓の外、灰色の空を仰ぎ、独りごとのように呟いた。


「……ミランダと、ミチルダ、か」


 昨夜のルクルットの、あの追い詰められたような狂気。死体の傍らで『輝き』を探していたという不気味な言葉。もし、彼がこの写真の少女――ミチルダを探していたのだとしたら、そのパズルのピースはあまりに無慈悲に噛み合う。


(婚約者か、あるいは恋人の妹が行方不明。それを、俺たちにも、そしてバビロさんにも隠して一人で追っている……ということか)


 あの紳士的な微笑の下に隠された執念の正体を見定め、リアムは重い溜息をついた。


 その時、階下から賑やかな声が聞こえてきた。事務所の一階から、階段を伝って上がってくるのは、ルナの弾んだ声と、ジレッタの落ち着いた笑い声だ。


「わあ、ジレッタさん! こんなに素敵な香りのする茶葉、初めてです!」


「ふふ、いいのよ。昨日のお礼と、これからお世話になる挨拶代わり。最高級の『銀龍茶』よ。ルナの淹れるお茶なら、きっと美味しくなるわ」


 リアムはネックレスを懐に収めると、気配を消したまま、ゆっくりと一階へ続く階段を下りた。


 一階の事務所は、昨日の荒んだ光景が嘘のように穏やかな光に満ちていた。ルナが鼻歌を歌いながら、湯気の上がるティーポットを丁寧に傾けている。テーブルにはジレッタが持参した美しい装飾の缶が開けられ、華やかな香りが室内を支配していた。


「おや、主役のお出ましかしら?」


 ジレッタが椅子に座ったまま、リアムにいたずらっぽい視線を向けた。


「おはようございます、リアムさま! 今、ジレッタさんにいただいた凄く美味しいお茶を淹れているんです」


「おはよう、ルナ。……ジレッタさんも、朝からわざわざありがとうございます」


 リアムは二人の向かいに腰を下ろした。差し出されたカップから立ち上る高貴な香りを一度深く吸い込み、一口含んでから、彼は表情を真剣なものへと切り替えた。


「……二人とも、少し話があるんだ。昨夜の件で」


 穏やかだった空気が、一瞬にして張り詰める。リアムは懐から銀のネックレスを取り出し、テーブルの中央に置いた。


「昨夜、ルクルットが去った後に拾ったんです。中を見てください」


 ジレッタが怪訝そうに蓋を開け、中の写真と刻印を確認する。その瞬間、彼女の美しい眉が大きく跳ね上がった。


「これは……ミランダじゃない」


「知り合いですか?」


「ええ。ミランダ・カースレッド。彼女はハンター協会の受付嬢よ。いつも笑顔を絶やさない素敵な女性で、私も何度か顔を合わせているわ。……そうか、彼女、ルクルットの婚約者だったのね」


 ジレッタは写真の中の妹、ミチルダを指先でなぞった。


「この子はミチルダ。ミランダが、目に入れても痛くないほど可愛がっている妹だと聞いていたわ。……数日前から、ミランダが酷く沈んだ様子で仕事を休んでいたの。理由を訊いても『家庭の事情で』としか答えてくれなかったけれど……まさか、妹がこの事件に」


「おそらく、間違いないでしょうね」


 リアムが腕を組み、低く応じる。


「昨夜のルクルットの様子は異常だった。バビロさんが行くなと釘を刺した場所で、彼はなりふり構わず『妹』の影を追っていた。あの死体の中に彼女がいなかったことに安堵しながら、同時に、終わりが見えない焦燥に焼かれている」


 ルナが悲しげに瞳を伏せ、祈るように胸元で手を合わせた。


「そんな……。婚約者の方に、辛い思いをさせたくなくて、ルクルットさんはお一人で……」


「だけど、それがルクルットを追い詰めている」


 リアムは温くなった茶を見つめた。


「昨夜の三人の犠牲者、そしてミチルダ。共通点は『十代前半の少女』。バビロさんが調査を禁じている場所で、ルクルットは誰よりも早くその真実に辿り着こうとしている。だが、あのままでは彼自身が闇に呑まれるかもしれない。……ジレッタさん、ミランダさんの居場所は分かりますか?」


「ええ、帝都の西区に自宅があるはずよ。すぐにでも行けるわ」


 ジレッタは立ち上がり、腰の短剣を確かめた。その瞳には、もはや穏やかなティータイムの余韻はない。


「ルクルットを止めるにしろ、助けるにしろ、まずは家族の側から固めるべきね。リアム、行きましょう。この事件、ただのハンター失踪事件じゃ済まされない予感がするわ」


「そうですね。……ルナ、留守番を頼めるか?」


「いいえ! ルナも行きます、リアムさま! ルクルットさんの悲しそうな背中を、放っておけません!」


 ルナの強い意志に、リアムは苦笑して頷いた。


 華やかな帝都の裏側で、歪んだ情念と陰謀が渦を巻き始めている。バビロの真意、ルクルットの絶望、そして行方不明の少女たち。


 リアムたちは、ネックレスを握りしめ、冷たい風の吹く帝都の街へと再び駆け出した。


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