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葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜  作者: ウィースキィ


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第21話 わあ、お肉! 食べ放題ですよ、リアムさま!

 

 辺境の魔森から遥か遠く、人類の象徴たる帝都の中央、大総統府。


 その最上階にある執務室で、ルフェルは夜の静寂を一人楽しんでいた。


 彼は窓から見える灯りを見下ろし、先ほど森で目にした純白の一閃の残光を思い返していた。


「……あやつ、また無茶を」


 深い溜息と共に、ルフェルが独りごとのように呟く。かつて魔界を二分する覇権を争った大悪魔としての威厳は、旧友を案じる一人の男の顔へと変わっていた。


 その時、重厚な扉が静かに開き、一人の女性が入室してきた。柔らかな金髪を揺らし、夜の寒さを労わるようにショールを羽織ったその女性――ルフェルがかつて全てを捨てて愛した人間の姫、アティナである。


「まだ起きていらしたのね、ルフェル。……今のお話、アイテリエルちゃんのご主人様のことかしら?」


 アティナは慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、ルフェルの隣に並んで夜景を見つめた。アイテリエルという名の孤独であったひとりぼっちの悪魔。その隣に立つことができた唯一の人間の男。アイテリエルの死後、その魂が宿る『純白の剣』の守護を任されたリアムの宿命を、彼女もまた知る一人であった。


「ああ、そうだ。あの馬鹿者が、再びその抜身を晒した。百年戦争での出来事があったからな……戦いが終わった後は、誰にも邪魔されず、静かに過ごしてほしかったのだが」


 ルフェルの脳裏に、凄惨を極めたかつての戦場と、その中心で血を流し続けたリアムの姿が過ぎる。平和な世であれば、あのような男こそ、ただの風来坊として陽だまりでお昼寝でもしているのが一番似合っているのだ。


「そういえば彼、今は新しい『契約悪魔』の女の子がいるのでしょう?」


 アティナが小首を傾げて問いかける。ルフェルはふっと口角を上げ、わずかに表情を和らげた。


「……ルナのことか。最初に聞いた時は驚いたがな。まさか、あのリアムがまた、あのような特殊な悪魔を連れ歩くようになるとはな。だが、まあ……一人で孤独に闇を斬り続けるよりは、賑やかでよい。あやつには、あれくらいお節介な存在が必要なのだ」


 ルフェルは一度言葉を切り、視線を北の空――魔界へと続く断絶の向こう側へ向けた。


「それはそうと、魔界が騒がしい。……ベルフェオンの二世を失ったことで、奴らもついに一線を越えるだろう。『七つの大罪』が揃って動き出せば、再び世界は紅蓮に包まれる」


 その言葉は、予言のように重く冷たく響いた。ルフェルは静かに、自らの黒い手袋を嵌め直す。


「備えなければならないな。アティナ。次に幕が上がれば、今度こそ我らの時代の決着をつけねばならん」


 帝都の灯りは変わらず輝いていたが、その光の裏側で、人類と魔界の運命を左右する巨大な歯車が、かつてない速度で回り始めていた。




◆◇◆◇◆◇




 ベルフェオンとの一戦から三日後。


 帝都の華やかな大通りから外れ、迷路のように入り組んだ裏路地の一角。湿り気を帯びた石畳の匂いと、微かに漂う石炭の香りが混じり合う場所に、リアムたちは立っていた。煤にまみれ、辛うじて鉄の一文字が読み取れるだけの古びた看板が、そこが鍛冶屋であることを寡黙に主張している。


「ここが、その職人の店なの?」


 ジレッタが不安げに尋ねると、リアムは事もなげに頷いた。


「ええ。腕だけは世界一だと断言できますが、性格の悪さもそれに比例しますから、保証はできませんよ」


 リアムが年季の入った木の扉を、遠慮もなく蹴り開ける。途端、肺を焼くような猛烈な熱気と、鉄を叩く重々しい金属音が溢れ出してきた。


「おい、死にぞ損ないの若造。断りもなく人の聖域に踏み込むんじゃねえと、何度言えば理解できる」


 不機嫌を絵に描いたような怒鳴り声と共に、炎の揺らめく奥から一人の老人が現れた。全身が鋼のように硬く引き締まり、幾多の火花を浴びてきたのであろう火傷の痕が、その厳格な容貌に凄みを与えている。


「じいさん、相変わらず元気そうで何よりだ。今日は折り入って頼みがある。……バラム、あんたにしか直せない剣だ」


 老職人バラムは、リアムが差し出した包みを、鼻で笑うように一瞥した。


「ふん。折れたなまくらか?  疾うに死んだ鉄に用はねえ。帰れ」


 取り付く島もない拒絶。しかし、リアムに促されてジレッタが震える手で包みを解き、その中身を露わにした瞬間、工房の空気が凍りついた。バラムの鋭い眼光が、一点に注がれる。


「これは……」


 そこには、無惨に砕け散った魔剣の残骸があった。しかし、驚くべきことに、その破片の一つ一つが、まるで新品の鏡のように美しく磨き上げられていたのだ。戦場での血脂や煤などは微塵も残っていない。ジレッタがこの数日、祈りにも似た慈しみを持って、魔剣の『遺物』に接してきたかが、その輝きから静かに伝わってくる。


「あんたが、これを磨いたのか」


「はい。父の……形見なんです。いつか直せると信じて、毎日、欠かさず」


 バラムは無言で、破片の一つを無骨な指で拾い上げた。鉄の温度、重み、そして微かな震え。職人としての直感が、ジレッタの深い情愛と、砕けてなお再起を望む『魔剣の不屈の意志』を読み取った。


 バラムの指先が、微かに震える。


「……鉄は嘘をつかねえな。主がこれだけ想ってるなら、こいつもまだ死にたがっちゃいねえ。よし、わかった。その真っ直ぐな瞳に免じて、俺が叩き直してやる」


「本当……ですか!?  ありがとうございます!」


 ジレッタが視界を滲ませ、深く頭を下げる。バラムは「金は高くつくぞ」と不愛想に毒づきながらも、その手つきは驚くほど丁寧に、破片を火床の奥へと運び始めた。


 ――数時間後。


 無事に剣を預け、薄暗い工房を後にした三人は、帝都の大通りに面した活気溢れるステーキハウスのテラス席にいた。周囲には香ばしい肉の焼ける匂いと、人々の楽しげな笑い声が満ちている。


「さあ、今日は俺の奢りだあ!  ベルフェオンの討伐報酬もガッツリ入ったし、ジレッタさんの剣に光が見えたお祝いです。遠慮せずに好きなだけ食ってください」


 リアムが豪快に笑いながら、熱い鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てる分厚い肉塊を指差した。


「わあ、お肉! 食べ放題ですよ、リアムさま!」


 ルナが瞳を宝石のように輝かせ、自分の顔ほどもあるステーキに意気揚々とナイフを立てる。


「……ふふ。あんた、意外といいところあるのね」


 ジレッタもようやく心の重荷が取れたのか、柔らかな笑みを浮かべて肉を口に運んだ。歯を立てた瞬間に溢れ出す熱い肉汁と、濃厚な旨み。それは過酷な死闘と絶望の淵を乗り越えた者だけが享受できる、至高の『福音』であった。


「当たり前でしょう?  俺、約束は守る主義なんです」


 リアムは、頬張る二人の姿を満足げに見守りながら、自らも大きな肉を口にした。


 帝都の夕暮れに溶ける賑わいと、平和なひととき。数日前の悪夢のような戦場が幻であったかのように、穏やかで温かな時間が、ゆっくりと流れていった。


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