第20話 ステーキ! ルナも楽しみです!
激闘の余韻が、静寂に包まれた森に冷たく染み込んでいく。
ベルフェオンが消え去った後には、浄化された清浄な空気と、あまりに無残に破壊された戦場の跡だけが残されていた。
リアムは、折れた柄を握りしめたまま呆然と地面に座り込むジレッタのもとへ、ゆっくりと歩み寄った。彼女の瞳には、希望を打ち砕かれた絶望と、愛する父の形見を失った深い喪失感が張り付いている。
リアムは何も言わず、その場に膝をついた。
そして、土にまみれた白銀の破片を、まるでお守りでも扱うかのように、節くれだった指先で一つひとつ丁寧に拾い上げ始めた。
「……何、してるの」
ジレッタが掠れた声で呟く。
リアムは答えず、手のひらの上に布を広げ、そこに散らばった剣の欠片を並べていく。ベルフェオンに弾き飛ばされた小さな破片、土に埋もれかけた切っ先。彼はそれらを、まるで行方不明の家族を探し出すかのような真剣な眼差しで見つけ出し、すべてを回収していった。
「これ、大事なものなんでしょう。ジレッタさんのお父さんと、アヌビスのお父さんの。形が変わっても、ここに宿っているものは消えたりしませんよ」
リアムは最後に、ジレッタの手に残っていた折れた柄をそっと預かり、布に包んだ。その手つきは驚くほど優しく、先ほど神を屠るような剣を振るった男とは到底思えないほど、穏やかなものだった。
「リアムさま……。ジレッタさん、顔色が少し良くなりました」
ルナがふらつきながらも駆け寄り、残った魔力を振り絞ってジレッタに回復魔法をかける。薄緑色の光がジレッタを包み込み、体の傷と疲労を癒していく。
呼吸が整い、ようやく立ち上がれるようになったジレッタは、リアムの手の中にある形見の包みを受け取ると、意を決したように彼を正面から見据えた。
「……リアム。あんた、本当は何者なの。あの白い翼、あの圧倒的な力……人間が、ましてやただのハンターが持てるようなものじゃないわ。アヌビスだって、あんたの正体に怯えてる」
傍らで、拘束から解かれたアヌビスが、未だに抜けない戦慄を瞳に宿してリアムを凝視している。上級悪魔である彼が、本能的に『格が違いすぎる』と理解しているのだ。
リアムは困ったように眉を下げ、頭を掻いた。
「いやぁ、なんていうか……運が良かっただけですよ。あの白いのは、えーっと……そう! この辺境に伝わる、ちょっとした珍しい精霊の加護、みたいな?」
「そんな嘘、通じると思ってるの!?」
ジレッタが詰め寄るが、リアムは人差し指を自分の唇に当て、茶目っ気たっぷりにウインクをして見せた。
「ジレッタさん。さっきの『白いやつ』のことは、どうか内緒にしておいてくれませんか? 上の連中に知られると、俺、静かにお昼寝もできなくなっちゃうんで。……ね?」
その声は、いつもの、どこか頼りないリアムそのものだった。そのあまりに飄々とした態度に、ジレッタは毒気を抜かれたように言葉を失う。彼には語り尽くせないほどの秘密がある。それは、自分が踏み込んではいけない、あるいは踏み込むにはあまりに深すぎる深淵なのだ。
「……分かったわよ。貸しにしておくわ。その代わり、街に戻ったら、最高のステーキを奢りなさい。カツレツ・サンドじゃ足りないわ」
「ははは、それは高くつきそうだ。了解しましたよ、お嬢様」
「ステーキ! ルナも楽しみです!」
ルナの言葉にジレッタとリアムは笑い、リアムは再び鎖でぐるぐる巻きにした鞘を腰に吊るした。
一行は、月明かりに照らされた浄化の道を歩き始める。
背後の深淵から、復讐に燃える大罪たちの咆哮が迫っていることなど、まだ誰も知らない。ただ、今は四人の影が、静かな森の夜の中に溶け込んでいった。
「……ねえ、リアム。魔剣は、一度破損したら二度と元通りにはならないのかしら……?」
ジレッタは布に包まれた父の形見を愛おしそうに抱え、消え入りそうな声で呟いた。かつての輝きを失い、バラバラになった破片。それを直せる者など、この世界に存在するとは思えなかった。
だが、リアムは前を歩きながら、肩越しに軽く笑いかけた。
「俺のこの、やたら頑丈な鞘と剣を打った偏屈な職人がいるんです。そいつなら、ひょっとするかもしれませんよ。街に戻ったら一緒に行きましょう。ジレッタさんのその魔剣、まだ死んじゃいない気がするんです」
「……そう。あんたが言うなら、信じてみるわ」
希望の光が僅かに灯ったその時、森の空気が一変した。
ベルフェオンの時とは違う、それ以上の『絶対的な支配者の気配』。
三人の目の前、月光が差し込む道に、一人の白髪の男が立っていた。豪奢な装飾が施された軍服を完璧に着こなし、その背後には漆黒の外套が夜風にたなびいている。その赤い眼光は鋭く、ただそこに立っているだけで周囲の魔素が平伏するような威厳を放っていた。
人類最高指導者、ルフェル大総統。かつて魔界で皇帝の座を現皇帝と争い、人間の姫への恋ゆえに種族を裏切り、人類に『契約悪魔の術式』をもたらした伝説の大悪魔、その人としての姿である。
「げっ……!」
リアムが露骨に顔を背け、即座にルナの後ろに隠れた。
「大総統……!? なぜ、このような辺境に……!」
ジレッタとアヌビスが驚愕し、即座にその場に膝を突く。アヌビスに至っては、あまりの格の違いに冷や汗が止まらない。
ルフェルは、ゆっくりと一同を見渡した。その視線がルナの後ろで『俺は石ころだ』と言わんばかりに気配を殺しているリアムを捉えたが、彼は眉一つ動かさない。
「七つの大罪……『暴食』の二世が動いたと聞き、自ら引導を渡すつもりで来たのだが。……どうやら、余計な世話だったようだな」
ルフェルは、ベルフェオンが消滅した場所、そしてリアムが刻んだ『純白の道』を一瞥した。それだけで彼は、ここで何が起き、誰がその結末をもたらしたのかを完全に理解した。
ルフェルはリアムには一切声をかけず、代わりに跪くジレッタへと歩み寄った。
「ハンター協会所属、ジレッタか。……よくぞ持ち堪えた。此度の異常事態における貴公の勇戦、しかと聞き及んでいる。下がって休むがよい」
「はっ……! もったいなきお言葉です!」
ジレッタが深く頭を垂れる。ルフェルは一度だけ、リアムのいた方向に鋭い視線を向けたが、皮肉めいた笑みを僅かに浮かべると、翻した外套の影と共にその場からかき消えるように去っていった。
嵐が過ぎ去ったような沈黙。リアムは大きく息を吐き出し、ルナの後ろから這い出してきた。
「あー、心臓に悪い……。さて、ジレッタさん。総統も帰ったことだし、俺たちはさっさと街に戻って、その職人に会いに行きましょう。ステーキの約束も忘れてませんからね。金が払えるかは別として……」
リアムはそう言って、再び歩き出した。
ジレッタは、去り際のルフェルがリアムに向けた『深い信頼と呆れが混じった視線』を思い出し、やはりこの男の正体は測り知れないと確信しながら、その背中を追った。
【登場人物】
■ルフェル大総統
少しでも『面白い!』『続きが気になる!』と思っていただけたら、ブックマークで応援いただけると嬉しいです。下にある【☆☆☆☆☆】から評価をいただけると、さらにさらに、次回の更新も頑張れます!




