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葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜  作者: ウィースキィ


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第17話 ジレッタさん、すごい……!


「止めてください、(マスター)! 今のあなたでは……それだけは無謀です!」


 地面に這いつくばり、絶対服従の権能に縛られたアヌビスが、喉をかき毟るような声を上げた。彼の瞳には、絶望と、それ以上に深い悲痛が宿っている。


 アヌビスにとって、ジレッタの父は単なる『主の父』ではない。自ら名を継いだアヌビスの父が、その命を賭して契約し、共に戦い、そして共に果てた、一族にとっての誇りそのものだった。父たちが残した一人娘であるジレッタと父たちの骨から成るその剣を、今ここで失うわけにはいかなかった。


 だが、ジレッタは止まらない。白銀の魔剣を構え、震える一歩を踏み出す。


「お父さんたちが……私に遺してくれたのは、逃げるための足じゃない。立ち向かうための、この剣よ!」


 その悲壮な覚悟を、傍らに佇むモノクルの執事悪魔が、冷ややかな、蔑むような目で見つめていた。彼は細い指先で顎を撫でると、耳を疑うような嘲笑を投げかける。


「おや……。その剣から漂う妙な臭いの正体、ようやく分かりましたよ」


 執事は一歩前へ出ると、優雅に、しかしこの上なく残酷に口元を歪めた。


「吐き気がしますね。悪魔の骨に、忌々しい人間の……それも敗北して死んだゴミのような男の骨を継ぎ足して、魔剣に仕立て上げるとは。高貴な悪魔の残滓を、そんな劣等種(にんげん)の骸で汚すなど、滑稽を通り越して冒涜だ」


 執事の言葉は、鞭のようにジレッタの心を打った。


「その剣を『誇り』などと呼ぶのですか? それは守るべき対象に死を背負わせた、無能な父親の失敗の証に過ぎない。そんな不浄なガラクタでベルフェオン様に挑むとは……。ああ、死骸同士がお似合いというわけですか」


「黙れ……」


 ジレッタの低い声が響いた。


 恐怖は、今や純粋な怒りへと変貌していた。彼女の全身から、これまでにないほど鋭く、荒々しい魔力が噴き出す。


「黙りなさいッ!! お父さんは、無能なんかじゃない! 私を、この国を、最後まで守り抜いた最高のハンターよ! その魂が宿るこの剣を……あんたたちみたいな化け物に侮辱される筋合いはないわ!」


 魔剣が、ジレッタの怒りに呼応して激しく共鳴を始めた。白銀の光が、周囲の瘴気を強引に押し返していく。


「誇りを……私の父の誇りを、汚すなぁぁぁッ!!」


 ジレッタは大地を蹴った。一筋の銀光となり、嘲笑う執事を、そしてその背後に座すベルフェオンを見据えて、決死の突撃を敢行する。


 しかし、ベルフェオンはただ、無垢な子供のように首を傾げ、腹の巨大な口をグチャリと歪ませるだけだった。


「あははっ! 怒ってるお姉ちゃん、スパイスが効いてて美味しそうだなぁ……!」


「黙りなさいッ!!」


 ジレッタの叫びと共に、白銀の魔剣がかつてないほど激しく共鳴した。父の魂、そしてアヌビスの父の誇りが宿るその刃は、主の怒りに呼応して眩いばかりの光を放つ。


 ジレッタは地を蹴った。その踏み込みは土の地面を粉砕し、彼女の姿を一筋の銀の糸へと変えた。


 嘲笑を浮かべていた執事悪魔が反応するより早く、ジレッタの剣が空を裂く。


「……なっ!?」


 執事が辛うじて回避を試みるも、白銀の刃はその胸元を深く、容赦なく切り裂いた。特級悪魔の強固な魔力障壁が、まるで薄い紙のように切り伏せられる。執事の胸から漆黒の血が舞い、彼は驚愕に目を見開きながら後退した。


「……この娘、ただの人間がこの私に傷を……ッ!」


 屈辱に顔を歪めた執事が、その指先にどす黒い魔力を凝縮させ、報復の一撃を放とうとした――その時。


「……やめてよ」


 奈落の底から響くような、ドスの利いた声。それは先ほどまでの可愛らしい少年のものとは思えない、純粋な『暴力』そのものの響きだった。ベルフェオンの三つの瞳が、ぎろりと執事を射抜く。


「それはボクのご飯だよ。勝手に触ったら……キミから食べちゃうよ?」


 その一言で、特級悪魔である執事が蛇に睨まれた蛙のように硬直した。彼は冷や汗を流しながら、深々と頭を下げて引き下がる。


「し、失礼いたしました。ベルフェオン様……」


 戦場は、ジレッタと暴食の主、二人の領域となった。


 ジレッタの集中力は、もはや神域に達していた。世界がスローモーションのように感じられ、ベルフェオンの醜悪な肉体の節々に、魔力が循環する『綻び』が見える。


「お父さん、アヌビス……力を貸して!」


 ジレッタが跳んだ。


 ベルフェオンがその巨腕を振り下ろすが、彼女は空中で木の葉のように身を翻し、それを紙一重でかわす。回避と同時に放たれるカウンターの一閃が、ベルフェオンの分厚い皮膚を断ち割り、肉を削ぎ落とした。


「あはっ、あははっ! 痛い、痛いよぉ! お姉ちゃん、すごいね!」


 ベルフェオンが歓喜の声を上げ、腹の巨大な口から瘴気の弾丸を吐き出す。


 だが、ジレッタは止まらない。彼女は魔剣を旋回させ、迫り来る瘴気をことごとく叩き斬りながら、最短距離を突き進む。


 ――右腕の関節を破壊。


 ――三つの瞳のうち、二つを瞬時に封じる。


 ――核を護る触手のような部分に、一瞬で十三の刺突を叩き込み、ヒビを入れる。


 ジレッタの剣は、もはや点ではなく線となり、ベルフェオンの巨体を白銀の網で包み込んでいく。圧倒的な手数。そして、一撃ごとに重さを増す破壊力。


「いける……届く!!」


 アヌビスも、ルナも、その光景に希望を見た。あの絶対的な絶望を、ジレッタが純粋な技量と意志だけで押し返している——まさに英雄のそれだ。


「ジレッタさん、すごい……!」


 ジレッタは空中で最後の一蹴りを見舞い、ベルフェオンの顔面を蹴り上げると、そのまま天高く舞い上がった。


 雲を突き抜けるほどの跳躍。


 月明りの逆光の中に立つ彼女の背後に、かつての最強ハンターである父の姿が、そして誇り高き先代アヌビスの幻影が重なる。魔剣は今や、それ自体が太陽になったかのように白銀の光を放ち、周囲の瘴気を浄化した。


「これが……私たちの、全てよ!!」


 ジレッタが逆手に構えた魔剣に、全身全霊の魔力が集束していく。


 狙うは唯一つ。腹部の巨大な口の奥で、恐怖に脈打つ『暴食の核』。その刃が、絶望を終わらせる光の楔となって解き放たれた――。


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