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葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜  作者: ウィースキィ


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第13話 リアムさま、かっこよかったです!


 列車の外は、辺境特有の濃密な魔霧に呑み込まれていた。


 乳白色に濁った霧は重く湿り、肌にまとわりつくたび、魔力の微細なざらつきを伝えてくる。線路上では、歪な体躯を持つ数体の野良悪魔が、鋼鉄の巨体に群がり、錆びた牙を剥いてその装甲を噛み砕こうとしていた。


「アヌビス、支援を」


 ジレッタが短く命じた瞬間、彼女の背後の空間が水面のように揺らぎ、一人の男が静かに顕現する。


 紺色のスーツを寸分の乱れもなく着こなした、知的な好青年――しかし、その肌は暗赤色に染まり、金色の双眸(そうぼう)は人の理を逸脱した威厳を宿していた。背中に広がる二枚の漆黒の翼が低く羽ばたき、上級悪魔アヌビスは恭しく一礼する。


「御意、我が(マスター)


 ジレッタが構えたのは、命を落とした悪魔の骨を削り出して鍛えられた特殊な細剣(レイピア)。それは、悪魔が生前に心から心を許した相手にしか振るうことを許されない、呪いと愛が絡み合った『魔剣』であった。


「はぁッ!」


 赤茶色の髪をなびかせ、白い制服の裾を翻しながら、ジレッタが地を蹴る。


 その刺突は、もはや視認を拒む神速の閃光。アヌビスが放つ重力魔法によって動きを縫い止められた悪魔たちは、悲鳴を上げる間もなく細身の刃に貫かれ、黒い霧へと崩れ落ちていく。


 トップランカーとしての圧倒的実力。それは、戦場を舞う死神のような、冷ややかで研ぎ澄まされた美しさ——まさに『赤い死神』だった。


 一方で、リアムもまた戦いの渦中に身を置いていた。


「ルナ、悪いけど身体強化を頼めるかい?」


「はいっ! お任せください、リアムさま! えいっ!」


 ルナは、先ほどジレッタに買ってもらったカツレツ・サンドを「ハムハム」と頬張りながら、片手で愛らしく魔力を解き放つ。淡い光がリアムの全身を包み込み、筋肉と神経を滑らかに研ぎ澄ませていった。


 ――だが、リアムの戦い方は、ジレッタの目から見ても不可解極まるものだった。


 彼は腰の獲物に手を伸ばすことすらせず、鎖で幾重にも巻かれた鞘のまま、迫り来る悪魔を叩き伏せていく。鞘を振るうたび、重厚な鎖が鈍い音を立て、低級であるはずのルナの強化魔法とは釣り合わぬほど、正確かつ無駄のない動きで敵を制圧していった。


(……おかしいわ。倒してはいるけれど、あれはまだ『底』じゃない)


 ジレッタの胸に、苛立ちにも似た違和感が広がる。


(わざと力を抑えている? それとも……)


 彼女は意図的に、自身が対峙していた悪魔を一体、リアムの方へと誘導した。窮地を作り、本気を引き出すための、計算された一手である。


 戦場を俯瞰していたアヌビスが、主の隣へと降り立ち、低く静かな声で告げた。


(マスター)。あの男の腰にあるもの……あれは、単なる武器ではありません」


「どういうこと、アヌビス」


「あれもまた『魔剣』に分類されるでしょう。それも、極めて高度かつ幾重にも及ぶ封印が施されています。……私のような上級悪魔ですら、直視すれば魂が凍り付くような、底知れぬ力が眠っています」


 アヌビスの金色の瞳が、リアムの腰にある鎖の塊を射抜く。


「あの男は、戦っているのではない。むしろ、その剣の力を『抑え込んでいる』ように見える。封印を維持したまま、外側の鞘だけであれほどの手際……。底が見えないどころか、深淵そのものです」


 リアムは、送り込まれた強力な個体に対しても、相変わらずの呑気な表情で「おっとと」と身をかわし、鞘による一撃であっさりと沈めてしまった。


「ふー……これで全部かな? ジレッタさん、お見事でしたね」


 返り血一つ浴びることなく、鎖の剣を腰に収め直すリアム。その背後では、最後のサンドイッチを飲み込んだルナが、「リアムさま、かっこよかったです!」と無邪気に拍手を送っている。


 ジレッタは、自身の魔剣を握る手に、無意識のうちに力が籠もるのを感じていた。


 リアムという男の謎は、解明されるどころか、より深く、より暗い闇へと沈んでいく。


 野良悪魔の残滓が黒い霧となって霧散し、辺りには静寂が戻った。だがそれは、勝利の余韻と呼ぶには、あまりにも重苦しい沈黙だった。


 ジレッタの傍らで、アヌビスがふと顔を上げ、金色の瞳を森の深淵へと向ける。


「……妙ですね。これほど小規模な襲撃にもかかわらず、大気中の魔素が異常に波立っている」


 その言葉に呼応するように、ジレッタは自身の魔剣が、かつてないほど不快な共鳴を発しているのを感じ取っていた。今倒した悪魔たちは、まるで巨大な何かに弾き出された『端切れ』に過ぎない――そんな予感が、背筋を冷たく撫でる。


「おーい、二人とも! 列車が動き出すみたいですよ。早く戻りましょう」


 緊張感など露ほども知らぬ様子で、リアムが声を上げる。隣では、ルナがサンドイッチの紙屑を丁寧に畳みながら、満足そうに鼻歌を口ずさんでいた。


 三人が客車へ戻るとほどなく、魔導列車は鋼鉄の悲鳴のような駆動音を響かせ、ゆっくりと走り出す。


 しかし、窓の外に広がる景色は、もはや先ほどまでの穏やかな森ではない。魔力が歪み、植物が異常なまでに繁茂した、辺境特有の禍々しい緑が車窓を覆い尽くしていく。


 それから一刻ほどが過ぎ、列車は終着駅――『辺境の魔森』の停留所へと滑り込んだ。


 扉が開いた瞬間、三人を迎えたのは、都会の煤煙とは比べものにならぬほど濃厚な、死と魔力が混じり合った冷気だった。


「着きましたね、リアムさま……空気が、なんだかピリピリします」


 ルナはメイド服の袖をさすり、わずかに身を縮める。その野性的な直感は、この森の奥底に潜む、より大きな厄災の気配を正確に捉えていた。


 ホームに降り立ったジレッタは、白い制服を正し、薄暗い森を鋭く睨み据える。


「……ここから先は、さっきの電車内みたいな遊びは通用しないわ。アヌビスの分析では、この森の魔力濃度は数日前から異常上昇している。何か『とんでもないもの』が、目覚めかけている可能性が高いわね」


 そう言って、彼女はちらりとリアムの腰元へ視線を走らせた。鎖に封じられた異形の獲物。もしこの予感が現実となれば、あの封印が解かれる瞬間を、否応なく目にすることになるだろう。


「とんでもないもの、ですか。まあ、俺たちが美味しくお弁当を食べられるくらいには、静かでいてほしいところですね」


 相変わらずの軽口を叩くリアム。しかしその手は、無意識のうちに、鎖に縛られた鞘をそっと撫でていた。


「行くわよ。依頼内容は『魔森の異常調査』。……ルナ、リアム、私の背中から離れないで」


 ジレッタの号令と共に、三人は光の届かぬ原始の森へと足を踏み入れた。

 

 背後で、魔導列車が帰路へ向かう汽笛を鳴らす。それはまるで、人界との決別を告げる弔鐘のように、いつまでも森の奥深くへと木霊していた。


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