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葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜  作者: ウィースキィ


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第12話 ふぇ……あ、ありがとうございます、リアムさま……!


 夕食会の喧騒が遠い過去へと押し流されてから、二日が経った。


 朝霧を裂くように立ち上る街の熱気は、夜明けと同時に目覚めた労働者たちの足音と混じり合い、石畳の上を忙しなく行き交っている。


 空気には、煤煙と魔力の残滓が絡み合った独特の匂いが漂っていた。金属が焼けたような刺激と、微かに甘い魔素の香り。レンガ造りの建物が迷路のように連なり、石畳を打つ馬の蹄の音と、魔導列車が唸りを上げる重厚な駆動音とが、街の鼓動となって響き続けている。


 リアムとルナは、人の流れに身を委ねながら、待ち合わせ場所である中央駅広場へと足を踏み入れた。


「リアムさま、見てください! あんなに大きな時計塔がありますよ!」


 弾む声を上げたのは、真新しいメイド服に身を包んだルナだった。黒地の生地に映える白いエプロン。歩くたびに揺れるフリルが、朝の淡い光を受けてきらきらと瞬く。その姿は、喧騒の中にありながらも、どこか浮き立つような清新さを放っていた。


 一方のリアムは、黒いシャツの袖を無造作に捲り、簡素なスラックスという実用性を優先した装いだ。その腰元には、この世界の住人であれば思わず眉をひそめるであろう『異物』が()えられている。


 反りを持つ、薄く鋭利な片刃の刀身。

 

 それは太い鎖で幾重にも巻き付けられ、黒い鞘ごと厳重に封じられていた――明らかに、この街の常識から外れた剣——『刀』であった。


「おー、本当だね。……っていうかルナ、今日は一段と張り切ってるなあ」


「もちろんです! 久しぶりのお仕事ですし、こうして電車に乗って遠くへ行くなんて、まるで小旅行みたいでワクワクします!」


 ルナは前にテトラからもらったニーハイソックスをそっと整え、期待を孕んだ瞳で駅舎を見上げた。その仕草ひとつひとつに、抑えきれない高揚が滲んでいる。


 人混みの中で、ひときわ視線を集める場所に、目的の人物――ジレッタはいた。


 駅前広場の街灯に背を預け、行き交う人々を鋭い眼差しで観察していた彼女は、リアムたちの姿を認めるや否や、不敵な笑みを浮かべて歩み寄ってくる。


「おはよう。二人とも、遅れずに来たわね」


 その視線は、挨拶もそこそこにリアムの腰元へ――鎖に縛られた異形の剣へと注がれた。


(……やっぱり妙ね。あんな不自由な封印をしておきながら、あの日の動き。こいつ、一体どこまで隠しているの?)


 探るような思考を向けられていることなど知りもせず、リアムは欠伸を噛み殺し、気の抜けた調子で首を傾げる。


「おはようございます、ジレッタさん。それで今日は、あの『魔導列車』に乗るんですよね? 一度、体験してみたかったんですよ」


「ええ、そうよ。辺境の魔森まで一気に進むわ。……知っていると思うけど、あれは契約悪魔とハンターが動力室に魔力を注ぎ込んで走らせる、この街の『生命線』よ」


「え……そうなんですか? そんな仕事もあるんですか?」


「……本当に、何も知らないのね……」


 ホームへ足を運ぶと、そこには巨大な鋼鉄の塊が鎮座していた。


 車体の隙間から漏れ出すのは、魔力を帯びた青白い光と、湿った蒸気。戦闘を不得手とするハンターであっても、この街では公共インフラに魔力を提供することで生計を立てる者が少なくない。それほどまでに、この列車は街と辺境を繋ぐ『要』であった。


「さあ、乗りなさい。席は確保してあるわ」


 促され、三人は客車へと乗り込む。


 ルナは窓際の席を取るや否や、身を乗り出すように外の景色に見入った。


「すごいです、リアムさま! 景色が、どんどん後ろに流れていきます!」


「おー、本当だ。もやしを茹でる時間より早く着きそうだな」


 あまりにも呑気な言葉に、ジレッタは溜息を吐きつつも、向かいの席からリアムを注意深く観察し続けていた。


 魔導列車の低く重たい咆哮は、これから踏み込む辺境――野良の悪魔が跋扈する危険地帯への、重苦しい前奏のように響いている。


「……ねえ、リアム。その腰の物。仕事になっても、その鎖は外さないつもり?」


 試すような問いに、リアムは遠ざかる時計塔をぼんやりと眺めたまま、事も無げに答えた。


「んー……まあ、これを使わなきゃいけない事態にならないよう、祈りましょうよ」


 その言葉が本心か、それとも余裕の仮面か。ジレッタの『探究心』は、加速する列車の速度に比例するように、静かに、しかし確実に膨らんでいった。


 客車内に響く規則正しい駆動音。


 窓の外を流れる緑の波を追っていたルナの耳が、不意にぴくりと揺れた。鼻先を掠める、香ばしくも濃厚な匂い。通路の先から、芳醇な肉汁の気配をまとった車内販売のワゴンが近づいてくる。


「り、リアムさま……見てください。あの『黄金色に輝くカツレツ・サンド』……とても、美味しそうです……」


 ルナの視線は、吸い寄せられるように一点へ釘付けになっている。リアムはそれを横目に、自身の財布の軽さを指先で確かめた。


「おー……確かに旨そうだな。……でも悪い、ルナ。俺たちの財布、さっきの電車賃で『もやしの髭』くらいの厚さになっちゃったんだ」


「うぅ……わかっています……わかっていますけど……」


 項垂れる主従を見て、ジレッタは深い溜息を吐いた。革財布から銀貨を一枚取り出し、通りがかった販売員へと差し出す。


「これを二つ。……本当に、甲斐性なしね。契約悪魔にこんな顔をさせるなんて、ハンターの風上にも置けないわ」


「わぁ! ジレッタさん、ありがとうございます! 大好きです!」


 包みを受け取ったルナは、花が咲いたような笑顔を浮かべた。


 リアムは嫌味も気にした様子なく、「すみませんねぇ」と呑気に頭を掻く。


 ルナは包みを開き、現れた分厚い肉の塊に歓声を上げ、そのまま大きく頬張ろうとした――その瞬間。


 列車が線路の継ぎ目で跳ね、車体が激しく揺れた。


「あっ……!」


 紙皿が宙を舞う。脂を帯びた肉が、床へと落ちる運命を辿ろうとした刹那――座席に身を預けていたはずのリアムの腕が、視界を切り裂いた。


 瞬き一つ分の間もない。


 次の瞬間、リアムは平然とした表情のまま、宙を舞っていた紙皿を水平に受け止め、ルナの前へと差し出していた。肉の一欠片すら、揺れてはいない。


「ほら、気をつけな。せっかく奢ってもらったんだから」


「ふぇ……あ、ありがとうございます、リアムさま……!」


 安堵の吐息を漏らすルナの傍らで、ジレッタの背筋を冷たい戦慄が走り抜けた。


(今の……何? 座ったまま、予備動作もなく……。私より、速い?)


 数日前のパーティーホールで覚えた違和感が、鮮明に蘇る。この男は、やはりただの昼行灯(ひるあんどん)ではない。


 ジレッタがリアムを問い質そうと息を吸った、その瞬間――。


 ――キィィィィィィィン!!


 鼓膜を劈く急ブレーキ音。

 

 三人の身体は前方へと投げ出され、動力室から漏れる魔力の光が不規則に明滅した。列車は、辺境の森の只中で沈黙する。


「な、何事ですか……!?」


 不安に声を震わせるルナ。その直後、客車の扉が勢いよく開き、蒼白な顔の車掌が駆け込んできた。


「ハ、ハンターの方はいませんか! 線路上に野良の悪魔が群生しています! このままでは、動力室が破壊されます!」


 ジレッタは待っていましたとばかりに立ち上がる。その双眸(そうぼう)には、狩人の鋭い光が宿っていた。


「私がやるわ。……ほら、リアム。あんたも来なさい。ルナを護るだけじゃなく、たまには『仕事』をしてもらうわよ」


 この襲撃は好機だ。リアムという男の『底』を、見極めるための。


「えー、俺もですか。平和にサンドイッチ食べていたかったなぁ……」


 鎖で幾重にも封じられた『奇妙な剣』を腰に、リアムは相変わらず気の抜けた声を上げながら、ゆっくりと立ち上がった。


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