第11話 ……はい。今日は、一緒がいいです
リアムたちが請け負う仕事の談義を終え、穏やかな四人での雑談に花を咲かせていた頃、不意に会場の重厚な扉が開いた。
姿を現したのは、しばらく席を外していたこの夜の主催者、テトラであった。
夕食会が始まって以来、彼女は幾度となく一人で席を外しては戻ることを繰り返していた。その都度、どこか遠くを見つめるような憂いを帯びた眼差しを覗かせていたが、最初に中座する際、隣にいたリアムへ「弟のところに顔を出してきます」と静かに告げていた。
今の落ち着き払った足取りを見るに、無事に用向きを済ませてきたのであろう。
テトラはリアムたち四人が囲む円卓を見つけると、柔らかな月の光のような微笑を湛えて歩み寄ってきた。
「皆さん、夕食会は楽しんでいただけていますか?」
「ええ、もちろん。とても有意義な時間を過ごさせていただいているわ」
即座に、迷いのない艶やかな声で応じたのはジレッタであった。社交の場に慣れた彼女らしい、隙のない返答である。
続いて、ルクルットがその代名詞とも言える爽やかな笑顔をテトラへと向けた。
本人は無自覚なようだが、彼の端正な顔立ちから溢れる輝きは、それだけで多くの女性を虜にする魔力がある。テトラやジレッタもその魅力には一目置いているものの、同時にそれが火遊びに長けた遊び人ではないかという、一抹の警戒心をも抱かせていた。
己がそのような疑念を抱かれているとは露知らず、ルクルットは至極真っ当に、裏表のない感謝を言葉に乗せた。
「料理もどれも素晴らしくて驚いたよ。テトラさん、今日は本当にありがとうございます!」
外見の華やかさゆえに誤解を招きやすい彼だが、その実、内面は岩のように堅物な男であった。
「ご満足いただけたようで安心しました。リアムさんやルナさんはどうでしたか? お楽しみいただけていたら幸いです」
「もちろん! こんなに豪華な料理を頂いたのは久しぶりでしたよ。色々な話も聞けましたし、もう大満足です」
「ルナも、とっても楽しめています!」
「そうですか。ふふ、それはよかったです」
テトラは慈しむようにルナの頭へ細い指先を置くと、宝物を扱うかのような手つきで撫でた。
ルナも彼女の優しさに心を許したようで、子猫のように目を細めて頬を緩ませている。その温かな交流を数回繰り返した後、テトラは「それでは」と、名残惜しそうに唇を震わせた。
「夜も更けてまいりました。後ろ髪を引かれる思いですが、本日はここでお開きと致しましょう」
柱時計が刻む時刻は、すでに午後九時を指していた。平日の夜としては、いささか夜更かしの範疇に差し掛かっている。時間の観念に関しては共通しているようで、ジレッタとルクルットも時計を見やって、わずかな名残惜しさを吐息と共に漏らした。
「あら、確かに遅い時間ね。そろそろ戻らないと明日に響くわね」
「うん、そうだね。僕も明日は別の依頼が控えているんだ。楽しかったけれど、テトラさんの言う通り、今日はお開きにするのが賢明だね」
当面はテトラからの依頼のみに専念するリアムとは異なり、ジレッタやルクルットは売れっ子のハンターだ。明日にはまた別の戦場が彼らを待っているのである。
しかし、リアムにもまた、早急に帰宅の途につかねばならない彼なりの重大な理由があった。
「本当ですね。もうこんな時間だ。早く帰って眠らないと、ルナの背が縮んでしまいますっ!」
大真面目な顔で拳を握りしめ、断言したリアム。その直後、ルナの容赦ないツッコミの迅雷が奔った。
「縮みませんよっ!」
鋭い一喝と共に振り下ろされたチョップは、リアムの脳天を見事な精度で捉えた。
「痛っ! 痛いよルナ……」
会場に響いた鈍い音と、頭を押さえて悶絶するリアムの姿に、静寂を破る笑いが巻き起こった。
「相変わらず面白い二人ね、ほんと」
「ああ、そうだね。最後まで楽しませてもらったよ。ありがとう」
テトラ、ジレッタ、ルクルットの三人に温かな笑みを向けられ、ルナは羞恥心から頬を林檎のように赤く染める。対するリアムは痛みも忘れたのか、照れ隠しのように一緒になって笑い声を上げていた。
宴が終わり、用意された迎えの馬車が到着した。屋敷の門前まで送られた四人は、夜風に吹かれながら別れの挨拶を交わし、それぞれの帰路へと分かれていった。
帰り道、リアムとルナは寝静まった住宅街を並んで歩いていた。周囲を包み込むのは、深い静寂と冷え始めた夜の空気。まばらに点る街灯の微かな光が、二人の影を石畳の上に長く伸ばしている。
リアムが夜景に目を遊ばせていると、不意に隣から小さな声が届いた。
「リアムさま」
「んー? どうした?」
生返事と共に視線を落とすと、そこにはルナの小さな左手が差し出されていた。
どれほど鈍感なリアムであっても、この沈黙の中にある彼女の無言の願いには気づいた。すぐさまルナの手を包み込むように取ると、彼女もまた、縋るような力強さでその手を握り返してきた。
それからは、再び静かな時間が流れた。街灯の下を通るたび、二人の手の陰影が重なり合う。
リアムは今日一日の出来事を反芻していた。ルナにとって、今日はあまりに激動の一日だったはずだ。思いがけない悪意に晒され、争いを目撃し、そして新しい出会いもあった。喜びもあれば、心のどこかを削り取るような寂寞もあっただろう。
前だけを見つめて歩くルナの横顔を覗き込む。表情に大きな変化はない。だが、その瞳の奥には、夜の帳に溶け込んでしまいそうな微かな寂寥が宿っているようにリアムには感じられた。
だからこそ、リアムはごく自然な響きで、彼女の心に寄り添う言葉を紡いだ。
「今日は、一緒に寝ようか?」
この一言は、ルナの深層心理を察しての、彼なりの不器用な献身であった。今日、この瞬間の彼女が求めているのは、一人で眠る静寂ではなく、隣にある体温ではないか。そう思ったのだ。
突拍子もない提案に怒られるかとも危惧したが、予想に反して、返ってきたのは消え入りそうな肯定の言葉だった。
「……はい。今日は、一緒がいいです」
「ん、了解」
素直に頷いたルナに内心では意表を突かれていたが、リアムはそれ以上、彼女の領域に踏み込むような無粋な追及はしなかった。
再び無言となった二人の距離は、先ほどよりも一層近くなっていた。ルナは繋いだ手を離さぬまま、リアムの腕を自身の細い腕で抱きかかえるようにして、ぴったりと寄り添っている。正直なところ、密着しすぎて歩きにくさは否めなかったが、リアムはそれを指摘しなかった。
普段は強がりという仮面を被っているルナが、ふとした瞬間に見せる『剥き出しの孤独』。それを癒やすことができるのは、世界で自分一人だけなのだと、彼は理解していたからだ。
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