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4.あたたかい食事


「食べないの?」

隣の少年は、口いっぱいに食べ物を詰め込んで無邪気に私を見ている。

「私は......」

いつからだっけ?味覚が消えたのは。覚えていないくらい前。お母さんといた時は味わっていた気がする。テーブルの上の食事を見た、パン、卵を焼いたもの、野菜が入ったスープ。洞窟でも、よく出されていたメニューたち。義務的に口に放り込んで生きながらえた日々の中の定番メニューと、奇しくも似ている。

「はい、あーんしてあげる」

少年は卵をスプーンで一口サイズに掬い取って、私の口元に持ってきた。


〝ねえ、サリー。陸に生きるもの達は仲が良いもの同士で食事をする時に、こうやって食べさせるんですって。ところで、このスプーンとやらの使い方はこれでいいのかしら〟


海の中に浸かりながら、必死に手を伸ばして、海岸に座る私に食べさせようとしてきた母を思い出す。母は人魚だったから、陸に上がることはできなかった。

いちいち、この少年は、私の琴線に触れる行動ばかりとる。


いっときのためらいの後に、私は大人しく口を開けた。別に卵が食べたかったわけではない、彼の好意を無碍にしたくなくなった。卵が口の中に入ったので噛んでみるといつもと違う感覚がする。

「.......まずい」

思わず言ってしまった。なんか塩味?いや、これは砂糖の方か?ジャリジャリするし、とにかく味が濃い。陸上のものの味付けはこんな感じなのか。

「ええええ!そんなマズイかなあ!僕が初めて作った卵焼きだよ。美味しくなるように、たくさん入れたんだ!調味料!美味しいでしょ!」

「ジャン!病み上がりの子になんてもの食わせてるの!ジャックも一緒に料理してたなら注意しなさいよ」

女人が怒っている。

「あ、俺は何事も経験だと思って.....。一回やらせてみたら不味さを知ってやらなくなるかなと。まさか、こんな味音痴だったとは........お嬢ちゃん、ごめんよ。こっちにジャンが手出してないやつあるから」

体格の良い男の尻尾と耳がへなっと垂れた。

「こんなに美味しいのに」

少年は卵焼きを食べながら、頬を膨らませてブスッとしている。

明るい家庭だ。優しくてあたたかくて、にぎやかで。こんな風に食べることは今までなかった。


ん?そういえば、私、今、まずいと言ったのか。一瞬の思考ののちに、改めて出された卵焼きを食べてみると、優しい甘みと卵の風味が鼻に抜けた。あれ?

「美味しい.....」

もう一口食べてみる。あ、さっきと同じだ。同じ味がする。あれ?どうして?味がするの?

他のものを食べてみた。パンは、少し硬いけど噛んでいると唾液が出てきて、奥に隠れていた甘味が顔を出す。スープは、飲んだことのない味がするけど、野菜が柔らかくなっていて食べやすい。なんだこれ、美味しい。


込み上げてくるものが何かわからなかった。喜びなのか、驚きなのか。鼻がツンと痛くなって目頭が熱くなった。気づくとポロポロと眼球から液体が出てきて、それに気づかれたくなくて、両手で顔を覆って下を向いた。

「ど、どうしたの!?泣いてるの?僕のせい?ごめんね!ゆるして!」

相変わらず、キャンキャンうるさい。馬鹿だし、空気読まないし。

「.....お前のせい」

私は一言だけそう呟いて、堪えきれなくなった涙を我慢するのをやめた。なんで泣いているんだろう、もうどうでもいいや。

「ええええええ!そんな不味いの作ってごめんね!今度はちゃんと美味しくするから!そんなに泣かないでよ!」

必死に訴える彼の顔が面白くて、思わず泣きながらくすっと笑ってしまった。

「泣いてるの?笑ってるの?君、ちょっと変だよ!」

「お、お前にだけは言われたくない」

多分色々と変な自覚はあるけど、こいつに言われるのは心外すぎる。

「意味わかんないよ!お母さん!女の子ってみんなこうなの!?」

「うーん、ジャンはデリカシーを覚えた方が良いわね」

「わ、わかった!デリカシーするから許して!」

素直か。全然わかってなさそうだけど、素直。

「それに!僕はお前じゃなくてジャンだよ!」

「ジャン?」

聞き返してみた。

「そうそう!」

そうか、名前で呼べばいいのか。

「私は君じゃなくて、サリー」

「サリー?そんなんだ!教えてくれて嬉しい!呼び捨てしてもいいかな?名前まで可愛いんだね!素敵な響きだ」

こいつ、またそういうのをサラッと言いやがって。


「なあ、モモ。ジャンってこんなんなの?女の子に」

「あら、ジャック。知らなかったの?あなたと違って愛情表現はストレートなタイプよ」

モモと呼ばれた女人とジャンの父親が会話をしている。居心地の悪そうな顔をするジャックさんの耳と尻尾がまた、垂れた。あの耳と尻尾、感情のままに動くんだなあ。


「あれ?サリー。また笑ってるの?何か面白かった?」

ジャンが私の顔を覗き込んで、まだ目尻に残っていたらしい涙の粒を人差し指で拭き取った。彼といると、自分が自分じゃないみたいだ。

「サリーが笑うと僕も嬉しいよ」

ジャンの漆黒の瞳が柔らかく細くなって、穏やかに微笑む。この瞳をずっと見ていたい、そんな風に思った。






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