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3.忌み子


「おはよう」

少しひんやりとした手のひらが私のおでこに触れた。目を開けてみると、艶やかな黒髪の女人がいた。

「気分はどう?」

優しい声だった。久しぶりに聞いた大人の女の人の声。洞窟の中で聞こえる声はいつも食事を届ける兵士達で、男しかいなかった。

「ここは?」

「私達の家よ。昨夜はうちの息子が迷惑をかけたわ、ごめんなさいね」

見渡すと、そこはたくさんの樹木が使われた部屋だった。何もかもが本で読んで知ってるだけで、実感としては知らないものたち。陸上生活を行う人間達の部屋。洞窟にあったベッドとまるで違う、ふわふわの寝具はお日様の匂いがする。起きあがろうとすると、まだ寝ててね、と制止された。

「わ、私は.....その、あの」

どうしよう、どこまで話せばいい?どこから話せばいい?どうすれば......。そもそもどこまで知っている?あの少年は自分の母親に何を話した?

「いいのよ、無理に話さなくて」

私の内心を悟ったかのように女人は話す。

「しかし、私は......」

生きているだけで迷惑なのに。その言葉を飲み込んだ、言ったところで相手を困らせる。

「隠し事を後ろめたく思う必要はないわ。全てを曝け出さないと得られない信頼関係なんて馬鹿げているもの。それに私たちもちょっぴり訳アリ一家だから、お互い様よ」

読めない女だ、と思った。賢く思慮深く察しが良いが、それをうまく柔和な雰囲気で隠している。母親であるのに見た目はうら若い少女のように見えるのはその顔立ちのせいか。あの少年によく似た黒髪と黒い瞳は小動物のようだ。しかし、その包容力は亡き母を連想させる。

コンコンっと部屋の扉を誰かが叩く音がした。

「朝飯できた」

男の人の声だ。扉は私に遠慮しているのか開くことはなく、扉越しに会話をするつもりのようだ。

「ありがとう、ジャック。ジャンは何してるの?」

女人が返答した。この男声は少年の父親なんだろう。確か、父親の名前はジャックとかなんとか言ってた気がする。

「さっきまで俺とキッチンに。そこの女の子に食わしたいんだとよ」

「あら、珍しい」

女人は驚いている。そして、扉に向けていた顔を私に向けて口を開く。

「食欲はある?無理して食べなくていいのよ」

気遣いが溢れる声質だった。正直、食欲なんて沸いてはいない。味覚が分からないからだ。でも、陸上生物の生活道具や家にはとても興味があった。キッチンというやつも見てみたい。

「食べられるか分からないが、キッチンに行っても良いか」

「ええ、もちろんよ」

女人が見せる穏やかな笑みは少年にやはり似ている。

扉を開けると階段があった。階段、本でしか見たことがない。しかも下り。知らぬ間に私は2階の部屋で寝ていたらしく、キッチンとやらは一階にあるようだ。これは下を見ながら歩くのだろうか、怖くないのか。女人はスタスタと、こっちよーと言いながら階段を降りていく。なんということだ、あのスピードでこの高低差を!流石陸上生物。尻を床につけながら降りることは許されないのだろうか。マナーが分からない。一向に降りてこない私に気づいた女人が、私を確認するために振り返ってこちらと目が合った。どうしよう、きっと陸上の生活においてこれは、普通のことだ。きっと普通にできないとおかしなことだ。しかし怖いものは怖い。


「わー!おはよう!体調どう?お腹空いたでしょ?きいて、僕が!卵焼いたの!食べて!」

いつのまにか、目の前には昨夜出会った少年がいた。相変わらずうるさい。そして、速い。ふさふさの白銀の尻尾がパタパタと揺れて、私の手を握っているが、いつのまに階段を登ったのか、私の動体視力ではさっぱりだ。もしかしたら階段すら使わずに跳躍した可能性もある。

「ほら、早く来て来て!」

何も言わずにいる私をまた軽々お姫様抱っこした少年は、ダダダダダと勢いよく階段を駆け降りた。早すぎて高所の恐怖を感じる時間もなく一階にたどり着く。気遣ってくれたのだろうか、いや違うな。そんな賢い奴ではない。だが、助かった。階段というやつがこんなに恐ろしいとは知らなかった。


お姫様抱っこのままキッチンがある部屋に辿り着くと、大きなテーブルを囲む椅子の中の一つに降ろされた。

「おはよう、お嬢さん」

男の声がして、そちらに目をやると高身長の美丈夫がいた。白銀の髪の毛に、宝石のような薄い黄緑色の瞳。少年と同じように、白銀の動物の耳に尻尾がついている。おはよう、と声をかけられて戸惑う。5歳から洞窟内で話す会話は兵士への命令口調のみだったから普通の話し方を忘れてしまった。お母さんとはどうやって話していたっけ。挨拶を返さない来客をなんとも思っていない顔で、少年の父親はテーブルに朝食を並べている。

「僕隣で食べるね!」

当たり前のように隣の椅子に座った少年を見ていると、少年の両親も腰掛けてしまった。ああ、どうしよう。これで食べられないなんて言っていいのだろうか。

「いただきますー」

隣の少年が、掛け声を上げるとフォークを使って食べ始めた。これが食べる人間か。初めて見た。


魚人族は大きく別れて二つのパターンに分かれる。一つ目は上半身が海洋生物で下半身もしくは身体の一部分のみが人であるもの。このタイプは魚人、と呼ばれ、鱗が乾かない間であれば陸上へ上がり、二足歩行もできる。二つ目は、上半身が人で下半身が海洋生物に由来するもの、このタイプは人魚と呼ばれ、魚人族の中でも高貴な血族に多いとされるタイプだ。

ただ、魚人だろうが人魚だろうが共通することがある、それはは陸上生物のように食事を摂らないこと、そして水の中で呼吸ができること、このの2つだ。海水の中に含まれる微生物や魔力の素である魔素を取り込みエネルギー源としていたり、そもそもの内臓等、体内の構造が陸上生物と全く違う。そう、それが普通の魚人族の話。

私は違う。私は生まれつき、限りなく人に近く生まれてしまった。背中に小さなヒレや、指の間によく見ると水かきがあるくらいで、上半身も下半身も人間。泳ぎはできるが、肺の構造は陸上生物と同じく酸素を取り込まないと死ぬ。海水を取り込むなんて芸当ができるはずもなく、口から咀嚼して消化しないとエネルギー源になり得ない。こういうものが、生まれるのは昔から時々あり、〝忌み子〟として産声をあげた瞬間処分されるのが魚人族の伝統であった。私も本来であれば処分される身の上であったはずだ。しかし、人魚である私の母には、〝予知夢〟の神能があった。自分の意思とは関係なく、時々夢の中で未来を見ることができるという能力。その能力で、私という人に近い魚人族を授かること、そしてその赤子は、〝歌癒〟という神能が授けられることを予知していた。それが、私があの洞窟で幽閉されていた元凶である。神能を授かってしまった忌み子、それが私。




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