9話 全てを救えと
日没後、1つの会議室を片付けた簡易的な法廷で軍事裁判が開廷された
ラストンは手枷をされた状態で部屋の中央に立たされ
検事役の兵士から詰問を受けている。弁護人はいない
「我が同僚は無残にも一撃で肉塊となり果てた!
強化されていなければ、あの肥満男があんな一撃を
繰り出せるはずがない! 強化師ラストン! 貴様が原因だ!」
裁判長役の指揮官が言葉を続ける
「ルイザの酒場にも強化師として登録されている
兵達だけでなく多くの旅人達が、あの時魔物側に居たのを目撃している
何か弁明はあるか?」
ラストンはガチガチと歯を震わせている。両親が倒され
2頭身の魔物に術を掛けられた後から、今までの記憶が無い
目が覚めた時から責められてパニックに陥っているのだ
「ぼ…僕は…何も…し…知りません…」
「とぼけるな! あんな強力な強化が無意識でできるかァ!!」
「ほ…本当に僕はむ、無意識で…」
ラストンは膝をガクガクと震わせ、涙と鼻水を垂れ流している
「反省の色も無し! …わが国では3人殺した者は死罪と決まっている
このような危険人物を生かしておいても百害あって一利なし!
さぁ、判決を!」
ラストンはその場にへたり込み、絶望の表情を浮かべた
その時、部屋のドアが勢い良く開き、ラクが入ってきた
「その判決待ったぁ!」
「なっ!? 今は審議中だ! 部外者の入室は認めていない
引っ込んでいろ!」
「部外者ではありません! 私はラストンと婚姻を結んだのです!」
「何ィ!?」
検事役の兵士が驚いている間に、ラクはラストンの隣に立つ
ラストンは絶望のあまり考える事を止めており
誰かが来たと気付くことも顔を向ける事もしない
「それに、ラストン自身が直接手に掛けた所を見た者は居ないはず
縄で拘束されて動けなかったのですからね」
「くっ…」
「妻である私と賞罰を共有すれば、賠償金を支払う刑にまで
減刑する事も可能なはず、どうか御一考を!」
その言葉に、裁判長役の指揮官が反応する
「先の戦いでの目覚ましい活躍は我らも知っている…まさか
被告人を庇う為だけに婚姻を結んだというのか?」
「無論です」
「思い切ったことを…」
検事役の兵士が、ラクを指差しながら言う
「だ、だが…その場合兵士の死亡手当を人数分全額支払う事になる!
貴様に払えるのか!?」
「流石に分割にはしていただきますが…
毎日狩りを行い、全額支払わせていただく所存です」
「ぬうう…」
真顔で言うラクに検事役の兵士はたじろぐ
その様子を見て裁判長役の指揮官が指摘する
「待て、たとえ賠償金を支払ったとしても、被告人がまた同じ手で
拘束されたらアルトンに再び危機が訪れるだろう
どう対処する気だ?」
「それを防ぐ為に…これをラストンに装着してもらう予定です」
ラクは1つの腕輪を掲げて見せる
「これは「安らぎの腕輪」、混乱状態を防ぐマジックアイテムです
…と言っても、これは高級魔法アイテム専門市場から借りてきた物で
まだ私の物ではないのですが…ね」
「ふうむ…検事はどう見る?」
「は…これ程の大金を1人で稼ごうなどと…嘘を言っている可能性があります
しかし本当に稼げて、全額支払う気があったとしても…支払うまでは
被告人は拘束し続ける必要があるでしょう」
「被告人側は、まだ何か言う事はあるか?」
「いいえ、ラストンが生き延びる事に理解が示されたことに感謝申し上げます」
「よろしい…判決を言い渡す」
「しばしお待ちを…ラストン!」
ラクはラストンの肩を揺さぶるが、まだ放心状態のままである
仕方なくラクはラストンの耳元で
「ラーストーン!!」
「ひああ!!」
ようやく正気に戻ったラストンは辺りをキョロキョロと見まわしてから
ラクの方を見た
「え? …え? き、君は…?」
「今の私はラストンの弁護人だ、もう判決が言い渡される
悪いようにはしないからしっかり聞いておくんだ」
「は、はいぃ…」
ラストンはようやく立ち上がり、恐る恐る裁判長役の指揮官を見た
「良いかな? 判決を言い渡す、直接手を下さなかったとはいえ
被告人の行った事は利敵行為…重罪だ。しかし弁護人の賞罰と
相殺することで減刑し、兵士の死亡手当22人分を賠償金とし分割で支払う事
また、「安らぎの腕輪」を得るまでは仮釈放を認めないものとする
弁護人、しっかり励むが良い」
「ありがとうございます。さ、牢に戻ろう」
「あ、う、うん…」
ラクに手を引かれラストンは部屋を出た
そこではルピーが待っていた
「よかったわラストン、ラク、最悪の事態は避けられたわね」
「あぁ…指揮官殿が話の分かるお方で助かったよ」
「え? ルピー? ラクって…え?」
ラストンはまた混乱しだした
「今ここで長話はできない、牢に戻ってから全て話そう」
***
牢の中に入ったラストンに対して、ラクとルピーが牢の外側から話す
「えええっ!!? き、君がラクなのかい!? し、しかも結婚だなんて…」
「私が診察に同行したけど、ラク本人でまず間違いないわ」
「すまんな、こんな男みたいな女と勝手に婚姻させて。でも
安らぎの腕輪を買って賠償金を支払い終わるまでは我慢してくれ」
「それは良いんだけど…いやそうじゃなくて!」
今のラクの姿はラストンにとって好みのタイプであり、思わずじっと見ていた
それで赤面しているのを、両手を眼前で振りながらごまかしつつ
「ぼ、僕なんかの為に賠償金を全額支払おうなんてどうかしてるよ!
も、もう…申し訳なくて…申し訳なくて…」
俯き涙を流すラストン、対してラクは淡々と話を続ける
「前に、私自身の為でもあると言っただろ?
ラストンとパーティを組んでいるだけで全能力倍増なんだぞ?
この程度の事で逃しはしないさ…今回の事は不幸だったが
正規軍の連中にもラストンの能力を見せつけられた
いつか魔王を倒す頃には認められるだろう」
そんなラクの言葉を聞いている内に、ラストンの涙は止まり
今度はラクを心配する感情が沸き上がってきた
「それじゃ…今までやってた事は、魔王を倒す為…?」
「あぁ…と、言いたいところだが…」
今度はラクが俯く
「肝心要の勇者が死んでしまった以上、計画は頓挫した
最強の職業である勇者の一撃をラストンの強化を乗せて放てれば
…と考えていたが、過ぎた事は仕方ない。今出来る事は
新たな勇者が見つかるまでに、賠償金を全額支払い終えて
勇者を迎え入れる準備を整える事だ。見つかる可能性は…低いがな」
その言葉にルピーが険しい表情で
「本気…なのね?」
「あぁ…っ!」
ラクは立ち眩みを起こしたようにへたり込む
「ラク!?」
「だ、大丈夫かい!?」
ラクは壁に手をやり、ゆっくりと立ち上がる
「問題…ない、銃を撃ちすぎて疲れただけだ
腕輪を返し、今日は寝て、明日から狩りを開始する」
「ラク…私もそろそろ抜糸できるから、そしたら手伝うわ」
「ありがとう…じゃあな」
ラクはよろよろと立ち去って行った。それを見送った後
ルピーがラストンに向き直る
「ラストン、もう少し話をしたいのだけど…いいかしら?」
「あぁもちろん、僕でよければ…」
***
「まずは…勇者パーティからの追放に加担してごめんなさい
ラクしかラストンの能力を見抜けず…私は愚かだったわ」
「い…いや、いいんだよもう過ぎた事だし…
僕もラクを追放に巻き込んで申し訳なかったと思ってるよ」
「ラクは…治癒師の技術を学んでいた時からそうじゃないかと
思っていたんだけど…今回ではっきりしたわ
自分の親を殺した魔物…魔王を倒すために全てを捨てようとしてる」
「ふ、復讐かい? でも…」
「そう、普通は泣き寝入りするのがほとんど…魔王が相手なのだからね
でもラクは立場を捨て、財産を捨て、ついに男であることも捨ててしまった
本人はそれを大したことじゃないようにふるまってる…いつか
命さえも簡単に捨ててしまいそうで心配でたまらないの
…ラクを追放した私が言うのも変な話だけどね」
「ラクはそこまで思い詰めて…僕に何か出来る事は…」