7話 休みは休めない
ラクが熾烈な戦いを繰り広げていた一方
ラストンは仕送りの為に実家に帰っていた
久々の我が家、好きなおふくろの味、両親との会話も弾む
そして、金貨袋を取り出し
「これは…仲間の協力があってだけど…自分で稼いだ金なんだ!
生活の足しにしてよ!」
「あら…ラストン、無理しなくても良いのに…でも嬉しいわ」
「うちの息子も成長したもんだ。有難く受け取るよ!」
両親に自身の成長を祝ってもらえる事が、何よりも嬉しかった
***
異変は深夜、ラストンが寝ようとベッドに入った時に起こる
外から多くの羽ばたき音、足音、そして村人の叫び声が
「な…何…?」
ラストンは不安に駆られながらも、ラクに借りていた短剣を手に
自分の部屋を出た。するとそこには血まみれで倒れている両親がいた
「と、父さん! 母さん!」
「ラストン…逃げろ…」
全能力倍増は家族にも適用されていた、しかし
村人Lv1が戦うにはあまりにも無謀だったのだ
その時、玄関から両親を倒したであろう魔物が現れた
人間の半分くらいの背丈で2頭身、短い手足で短杖を持ち
体に不釣り合いな程大きな顔は、邪悪な笑みを浮かべてラストンを見ていた
「こ、こいつ…よくも!」
ラストンは両手で短剣を持って構える
「ぼ、僕だってできる! できるんだァーッ!!」
勇気を振り絞り、魔物に向かって突撃する。しかし…
「メロ…メロ…メロ…」
「は、はぁわわっ…」
魔物が怪しげな術を使うと、ラストンは酩酊状態に陥り
短剣を落とし、膝から崩れ落ちた
「キヒッ、キヒッ」
倒れ伏したラストンに魔物が近付き、髪を鷲掴んで顔を見ると
「オー…キィーッヒッヒッヒ!」
まるでラストンが狙いだったかのように高笑いをした
この夜、1つの村が壊滅した
***
そんな2人の受難の一方、一晩寝て動けるようになったルピーは
朝、教会に来て祈りをささげていた。ラクに頼んだ身ではあるが
寝て冷静になり、無茶な事を頼んだかもと後悔していたのだ
「ラク…どうか無事で…」
その時、教会の扉が開いて1人の少女が入ってきた
服は袖と裾がまくられていて大剣を背負い、とんがり帽子を被っている
重そうだ
「ジェニー…!?」
生きていたのかと驚いたルピーが駆け寄ると、その少女は帽子のつばを上げる
ルピーが知らない顔の少女だった
「悪いな…ジェニーじゃないんだ」
「えっ…誰…?」
「こんなナリじゃ信じられないだろうが…アールスにラストンと一緒に追放されたラクだ」
「ええっ!? 女の子…なのに」
驚いたルピーは思わず一歩引く
「約束通り、洞窟に行ってきた…生き残りは居なかったから遺品を取ってきたよ
後で勇者が死亡したと説明しに行こう」
「…待って、ラストンは一緒じゃないの!?」
「ラストンは…実は仕送りしに一旦実家に帰ってるんだ」
「そんな…たった1人でこんな無茶を!?」
「悪かったって…でもルピーの情報があったから生きて帰ってこれ…」
最後まで言い終わる前に、ラクは前のめりに倒れた
静かな寝息を立てている…
「もう…いつもそう、自分が頑張ればいいと思って…」
ルピーは今までのラクの行動を述懐していた
治癒師なのに前衛が足りないからと、わざわざ盾を買って危険な位置に立つ
ラストンが追放された時も、自身の立場が悪くなるのを厭わずに庇う
今回も、そもそも行かない選択肢もあった。ルピーの証言があれば
勇者が死んだかどうかを説明するだけなら可能だった。それなのに
危険を冒してわざわざ直接見に行くばかりか、遺品まで拾ってきたのだ
「そんなあなたが大嫌いで…大好きよ」
***
ラクは正午に目を覚ました。部屋の壁やベッドの形等から
教会の隣にある病院に移動させられていたと分かる
起き上がり、ベッドから出ると、たまたまこの部屋に
姿見があったので前に立ってみる
「おー…?」
病院着に着替えさせられた15歳程度の少女が映っている
背は若干低くなり、髪はミディアムボブにまで伸びており
胸と尻も相応に大きくなり、丸みを帯びた体になっていた
「嘘だろ…?」
余りに現実離れした変容に、おもわず服を脱いで
両手で自分の体をペタペタと触ってみる。どこも柔らかい
治癒師とはいえ、程よく鍛えられた自分の筋肉はどこへ…
その時、鞄を持ったルピーがドアを開けて入ってきた
「ラクー? 起きた…って、キャアアア! 何やってるの!」
「おおルピー! 絶世の美少女だぞーアッハッハッハ!」
もはや笑うしかない心境だった
「ふざけてないで、さっさと服着なさい!!」
「…すまん、ちょっと調子に乗っていた」
***
診察中に勇者が死んだという事実を説明した後
証明には大剣だけで良いとされ、ルピーはとんがり帽子を
感慨深そうに受け取り、自分の頭に被せた
そしてラクは、鞄に入っていたルピーのお下がりに着替え
病院の食堂でルピーと一緒に食事を取ることにした
「結局…元には戻れないみたいね…」
「だが長年正体不明だった呪われたアイテムの効果が分かった
覚醒の書と同じように、職業を変える物…性別まで変えるとは
予想外だが…「魔砲撃師」、とても強い職業だ。今後同じように
飲んで強くなろうとする奴が出てくるかもしれないな」
「自分の性別を変えてまで? 私には理解できないわね…」
「…それもそうか、私の様に追い詰められたりしなければな」
「後悔してないの?」
「ないな、あの場で使ってなかったら大男を倒せず
まず殺されていただろうからな。ただ…」
「?」
「女の体の事はさっぱり分からん、できればいろいろ教えてくれると助かる」
「…いいわ、任せて。ふふっ…まるで妹ができたみたいね?」
「よ、よせよ…」
その時、外から多くの羽ばたき音、足音、そして人の叫び声がして
病院の男性スタッフが慌てた様子で食堂に入ってきた
「ま、魔物がぁ!! た、助け…」
ガシャァァン バリバリバリ
その入ってきたドアを打ち破って、数体の猿がなだれ込んできた
アルトンの周辺に生息している、ごく普通の獣
…のはずが、筋肉が異常に隆起し、好戦的で
食堂の椅子を掴んで暴れまわっている
「キャア!」
ラクは自分の銃を掴み、ルピーを殴ろうとしていた猿の頭を撃ち抜いた
だが、前後不覚になりながらもまだ生きている。恐るべき生命力だ
「こ、こいつ…!」
「ファイア!」
ラクが驚く中、ルピーが魔法で止めを刺した
「助かった…ルピー! 援護に回ろう!」
「ええ!」
ラクとルピーは、食堂内での戦いの援護に回る。猿はいずれも頑強であり
先の個体が特別なわけではないようだった、なんとか食堂内の猿を一掃し
先程入ってきた病院の男性スタッフに話を聞く
「外はどんな様子でしたか?」
「もうメチャクチャだよ…猿ばかりか、角ウサギも凶暴化してて
正規軍の盾を容易く貫いていたんだ」
「そうですか、角ウサギまで…敵にも強化師みたいな存在がいるのか」
「ラク…どうしよう?」
「よし、私が外に出て…統率してる奴がいたら銃で狙撃する」
「じゃあ私も…」
「ルピーはここで怪我人の治療に集中してくれ、まだ抜糸が済んでいないんだから
激しく動くべきじゃない」
「う…分かったわ。気を付けて…」
ラクは頷くと、食堂の外へと駆け出した