バイト仲間
今日もアラームを止めて言い訳をしながら二度寝しようとしたところで、アイの声で目覚める。
机には既に朝食が置いてあった。
俺はさっさと手を洗って朝食を食べ始めようとする。
今朝のメニューはなんとハンバーガー。
そしてトマトスープだ。
さすがに朝からハンバーグ……というのに驚き、アイに尋ねる。
「ねえ、アイ。朝からハンバーガーだけど大丈夫なの?ほ、ほら栄養面とか……。あ、別に栄養とか毎回めっちゃ気にしてるわけじゃないんだけどさ……」
「パティはひき肉を少なくする分、豆腐を使用していますし、油もあまり使っておりません。他の具材はレタスとトマトだけ。和風ソースでサッパリしているので、朝でもくどくなく食べられるかと。お気に召さないようでしたら、他の物をお作りしましょうか?」
「そ、そう……じゃあ、遠慮なく食べさせてもらうよ」
俺は言うがままハンバーガーをパクついた。
それから2口目、3口目……と、朝からハンバーガーを食べる罪悪感なしに何度もパクつく。
アイのいう通り、ポン酢や醤油を合わせた和風ソースでサッパリしており、食べやすかった。
パティも豆腐を多く使っている分、やわらかくてソースとよくマッチしている。
トマトスープは酸っぱくなく、サイコロ状の皮つきジャガイモや人参、玉ねぎが入った優しい味わいだ。
朝からハンバーガーを食べるだなんて……と躊躇していたさっきまでの俺は嘘のように、今は幸福感でいっぱいだった。
毎回コイツの料理には驚かされる。
俺が「ふう……」と幸せのため息をついていると、アイが食器を片付け始めた。
……そういえば、コイツが来た時から冷蔵庫の中を見ていない。
今、どの野菜が余っているか、冷蔵庫の中を確かめることにした。
冷蔵庫の中にはジッパーバッグに入ったカットされた野菜や肉が入っており、調味料は綺麗に整理されていた。
俺はその光景に驚愕する。
「? 葵様、どうかされましたか?」
食洗器に皿を入れ終えたアイが尋ねる。
「ああ、冷蔵庫の中をに何が残っているか確かめようと思ってな……」
「そうでしたか。一応、ご飯を作るときには消費期限や賞味期限の短いものを選び、野菜も余らせないようにしましたが……ご不満でしたでしょうか?」
「いや……全然。……明日買い出しに行くから、ついてきて」
「了解いたしました」
(コイツ美味いものつくるだけじゃなくて食材もちゃんと選んでいたなんて……最強かよ……)
俺はそう思いながら歯を磨きに洗面所へ向かった。
その後青色と白色のボーダーTシャツと土色のズボンに着替える。
昨日と同じようにジャージを洗濯機に入れてスタートボタンを押し、和室に戻った。
するとアイがちょこんと正座していた。
俺を見上げて尋ねる。
「何かすることはございますか?」
「ううん、ないよ。……そういえば俺がバイトに行ってる間、お前は何してんの?」
「そうですね……葵様に命令されたら何かしますが、夕食を作る以外予定がないので……じっとしていますかね」
「特に頼むことはないけど……ていうか、じっとしてるくらいならスリープモードになりなよ。まあ、散財とかしなければカードも渡すから、好きなことしたら?」
「了解いたしました。私が好きなことが何かは分かりませんが」
「そう……」
彼女は自身の事について相変わらず無関心なようだ。
そもそも、「好きにしてろ」なんて言われたことなど無いのかもしれないが。
午前9時20分。
俺は仕度をしてドアを開ける。
「じゃ、行ってくるよ」
「いってらっしゃいませ」
俺はバタンとドアを閉めて店に向かった。
バイト先は徒歩約15分の喫茶店。
第一次産業や第二次産業はAIが利用されることが多いが、第三次産業の、特に人と接する仕事は人間中心で回っている。
バイトでは俺は接客全般を行っている。
時給1200円。
バイト仲間に不満があるものの、賄いがある、まあまあ良いバイトだ。
15分後。
俺は喫茶店『オレンジ』の『CLOSE』の札がかかったドアを開ける。
「はようざいまーす」
「よお、葵。いつもより早いじゃないか」
俺の気のない挨拶に少し低く、クールな声の女性が挨拶を返す。
この人はこの喫茶店の店長の山崎佳織。 26歳。
いつも長髪の髪をシュシュでしばり、スラッとしたズボンを履いている。
男勝りな性格で、顔も服装もカッコいいと、女子高生に人気だ。
「まあ、今日はアイに起こされ……あっ!」
「アイ? なんだ、お前、ついに彼女でもできたか」
「違います! 人型AIです。日曜に発送ミスでうちに届いたんスよ。んで、なんかそのAIの工場が土曜まで休みだそうで……今週だけ同居させてるんです!」
「へえ……でも起こしてもらってるだなんて、随分世話になってるじゃないか。しかもお前、顔真っ赤だぞ。その子、お前の反応からして女の子だろう? お前、その子好いてるんじゃないか?」
そう言って店長はニヤニヤ笑う。
店長に言われて初めて自分が顔が真っ赤なことに気づく。
(ヤバい、こんなとこアイツに見られたら……)
「なんだよそれぇ~。そんな面白そうな話、なんで俺に言ってくれなかったんだよ~」
馴れ馴れしい男の声が俺の耳元で聞こえる。
そして男が俺の首に腕を巻きつける。
俺はその言動に鳥肌が立つ。
「なあなあ、葵~。その子誰? 会ってみたい~」
「うるせえっ‼」
そう言って俺は男の腹部を殴ろうとする。
それを男はヒラリとかわし、ニヤニヤ笑う。
「殴れてませんけどー?」
マジでムカつくこの男は如月玲。 俺と同じ20歳。
金持ちのボンボンで、あの車も彼女も持っている、あのアイツだ。
だが顔は美形だし、社交的なため、店長と同じく女子高生や女子大生に人気だ。
金持ちのクセに謎にバイトをしてるし、何かと俺に絡んでくるし……。
しかも友達を気取ってるし、金持ち自慢してくるし……。 マジでウザい。
「んで? そのアイって子、どんな子~?」
玲は話の最初から聞いていたようだ。
いつも遅刻してくるくせに、この日に限って、来るのが凄く早くてイラっとする。
「別に……優しい子だよ」
「へえ~……。なんか俺も会いたくなってきたよ。バイト終わったら葵の家行くわ~」
「ちょ‼ 勝手に決めんな!」
「おい、お前ら。もうすぐ営業開始時間。早く制服着ろ」
店長がため息混じりに俺らに話しかけてきた。
俺らは厨房裏に行って、白いシャツとボーダーのズボンを履き、茶色のソムリエエプロンを身に着けた。
そして営業開始時刻になった。