初めての旅
スマホから音楽が流れる。
俺のスマホから音楽が流れるということは、現在午前6時30分ということを表している。
「うーん……」
俺は左腕を上空に上げると、スマホ画面の『停止』ボタンを押した。
すると音楽がピタリと止まる。
「ふわーぁ……」
俺は大きなあくびをすると、目を細く開ける。
(……ねみいなぁ……。まあ、今日は夏休みだし、もう少し寝ても問題ないっしょ……)
夏休みになってから毎日使っているこの言い訳。
結局起きるのは午前9時とかになって、慌ててバイトへ行たりするのがオチ。
「……葵様? もう少し寝てらっしゃいますか? では朝食は後でもよろしいですか?」
(……ん?おかしいな……。ウチには俺しかいないはず……)
「ハッ!」
俺は勢いよく目覚めた。
「おはようございます。葵様」
目の前には昨日買った服の姿のアイが立っていた。
(そうか、アイがいたんだっけ……)
俺は目をこすりながら
「ん……おはよ……」
と、返事をした。
「朝食の準備をしておきました」
「へ!? あ、ありがと……」
まだ目覚めていない脳で、アイの事をなんとなく理解する。
きっとコイツは自分の事に関することは命令しないと実行しないが、他人の事なら自ら何かを行うのだと。
俺はトイレに行って用を足し、洗面所で歯磨きと手洗い・うがいをし、和室に戻る。
そこには敷布団を綺麗に畳み終えたアイがいた。
相変わらずシワ1つない。
隣にあるテーブルには朝食が並べてある。
俺はテーブルの前に座り、手を合わせた。
朝食はトースト、オニオンスープ、ロールキャベツ、ヨーグルトだった。
今まで菓子パンばかり食べていたから、こんな豪華な朝食初めてだ。
ちょっと感動してしまう。
俺が手を合わせてからじっと朝食を見つめていたため、アイが心配そうに声をかける。
「……? あの、葵様……もしかして、朝食が気に入りませんでしたか? 昨日分析した時には嫌いな食べ物は無しという結果でしたが、お嫌いなものでもありましたか?」
「あ、ううん、別に。ただ、こんな豪華な朝食初めてだから感動しちゃって……」
(やばいやばい。心配させちゃったか)
俺はアイに返事をした後、すぐに朝食を食べ始めた。
まずはロールキャベツを食べる。
フォークで真ん中を切り始めると、ジュワーっと肉汁とトマトのスープがあふれだす。
切った半分を食べると、キャベツがトロトロでとても美味しかった。
次にオニオンスープをゴクリと飲む。
コンソメがよく利いていて、美味しい。
玉ねぎをあめ色になるまで炒めているのには、手を抜いていなくて感心してしまった。
トーストはわざわざ切り込みがいれてあり、マーガリンがそこにしみ込んでいて美味しかった。
ヨーグルトはさすがに市販品だったが、アイの手料理に大満足していた俺は、ヨーグルトもいつもとは違う味がした気がして美味しいと感じた。
昨日の夕食と同様、5分で食べてしまった。
そして俺はため息をつく。
「アイ、お前不良品とか嘘だろ……。じゃなきゃこんなに美味しいの作れないって」
「ですが、工場の方が私を『不良品』と言っていたので……」
「そう……。」
俺は否定しなかったが、内心、「アイの工場の奴、バカなんじゃねえの」と思った。
「あ、そうそう。今日出かけるプランが出来上がったんだけど……」
そう言って俺はチラリとベランダの方を見る。
予報通り、雨がパラパラ降っていた。
良かった、屋外中心のスポットを選ばなくて。
俺は内心ホッとする。
「……? 葵様、プランというのは……」
「あ、ああ。これなんだけど……」
俺はそう言ってスマホの画面を見せた。
そこには写真付きでこう入力されていた。
『10:00 出発 徒歩
10:10 西ノ宮駅発 電車
10:35 本山駅着
10:45 本山市美術館 徒歩
12:15 アートカフェで昼食
13:00 徒歩
13:15 本山病院前発 バス
13:35 海の宝石 サファイア水族館前着
13:40 海の宝石 サファイア水族館
16:00 徒歩
16:15 東野駅発 バス
16:45 西ノ宮駅着
16:55 帰宅 徒歩』
「こんなプランだけど、いい?」
俺が少し照れながら尋ねると、
「はい。構いません。私のためにありがとうございます」
と、画面をじっとのぞき込んでアイは返事をした。
本当はどう思っているかわからないが、反論はなかったのでよしとする。
「では、現在午前7時16分32秒ですので、午前10時に出発となると残り2時間43分28秒ですね。その間に私は何をすればよいでしょうか? あ、後その計画表は勝手ながら私の体内で読み込ませて頂きました。すぐに予定を聞きたいときはお尋ねください」
俺はアイの行動に驚く。「なんか、俺より張り切っている気がするが気のせいか……?」と思ってしまう。
まあ、それは嬉しいことだ。
……それで、何をすればいいか、か……。
俺はアイに頼みごとをした。
「じゃあ、皿を食洗器に入れるのと、掃除機をかけるのをよろしく。俺は洗面所で服を着替えてくるから、少しの間洗面所に入らないで。あ、後、昨日お前が着た服。良かったら一緒に洗濯するから、後で洗濯機に入れておいて」
「了解いたしました」
一瞬洗濯も頼もうと思ったが、昨日の出来事を思い出し、洗濯は絶対無理だろうと、頼むのをやめた。
アイは返事をしてからすぐに皿を重ねて台所へ向かった。
俺も洗面所へ向かい、棚の引き出しに入っている服に着替える。
無地の暗緑色のTシャツとインディゴブルーのジーパンをチョイスした。
そして洗濯機のドアを開けてジャージと昨日着ていた服を入れようとする。
すると、中にはアイの昨日来ていた服が入っていた。
どうやら昨日の件から学習したようだ。
俺は自分の服と小さめのジェルボールを入れると、ドアを閉めた。
そしてスタートボタンを押す。
15分ほどで自分の仕事を終えた俺は、和室に戻る。
そこには仕事を全て終わらせて、出かける準備を座ってするアイがいた。
「……アイ」
俺が声をかけると、アイが俺の顔を見上げる。
「葵様。何か御用でしょうか?」
「いや……あの、ちょっと張り切りすぎじゃない? まだ行くまで2時間半近くあるよ……?」
そう言っておいて、内心「まだ7時半過ぎなのか」と、ちょっと驚いていた。
まあ、どうでもいいが。
俺の気持ちには勿論気づいていないアイが俺の言葉を聞いた後尋、ねる。
「……私のために、何かしてもらうなんて……初めてだっ
たもので……。もしかしてご迷惑でしたか?」
そう言って、アイは俺の顔をまた見上げる。
「いや、べ、別に? ただ、そこまで張り切ってもらうと、こんなプラン、ガッカリしちゃうかもなあって」
俺は内心焦りながら言った。
「ガッカリなどするはずがないです。昨日会ったばかりの私のためにここまでしてくださって、感謝しております」
「ど、どういたしまして。……それにしてもまだ時間があるから、準備したらテレビでも見てゆっくりしていようか」
「了解いたしました」
そして俺は歯磨きなどの身支度、アイはお茶や帽子などの準備を行った。
そして電車やバスの時間の確認、天気予報を見て、後はテレビを見たりして時間までゆったりしていた。