1日目終了
家に着く。
「ふう……てか、料理作んのめんどくせーなあ」
久しぶりに外に出たからだろうか。なんだか体の節々に痛みを感じる。
「葵様、大丈夫ですか?」
「へーき、へーき」
「そうですか……。では、料理をお作り致しますね」
「へ!?」
一瞬驚いたが、すぐにコイツはAIだったと思い出す。
俺のイメージではAIやロボットは感情が全くない、無機質な感じなのに、彼女にはほんのり感情があるように思えるからだろうか。
普通の人として見ていた気もする。
まあ、どうでもいいが。
「もしかして、自分でお作りになりたいですか?」
俺が言った『へ!?』に反応し、アイは口を軽く押さえて尋ねる。
「いや、別に。……作ってくれるなら、夕食は頼んでもいいか?」
「了解いたしました。すぐにお作り致します」
アイは買ってきた豚肉を小分けにしてラップでくるむと、冷凍庫に入れた。
それを俺はじいっと眺める。
視線に気づいたのかアイがこちらを振り向く。
「どうかなさいましたか?」
「いや、別に」
俺は慌てて目をそらす。
頬は熱を帯びたように熱くなる。
アイはその様子に首を傾げつつ、「そうですか」と言って、俺に背を向けた。
おかしい。
おかしすぎる。
今まで女性に興味を抱かなかった俺が、今日初めて会ったAIにドギマギしてるなんておかしすぎる。
俺は気を紛らわそうと、スマホを起動してマンガを読んだ。
だがマンガの内容も頭に入らず、俺は台所から聞こえてくる野菜を切る心地よい音に耳を傾けていた。
10分後――
「葵様、葵様」
遠くからアイの声が聞こえる。
(んー……まだ眠い……寝かせてくれよ……。……寝る?)
「ハッ!」
俺は勢いよく飛び起きた。
「葵様、眠ってしまうだなんて、相当お疲れなのですか?」
アイが俺の横に正座をして尋ねる。
(そうか。俺、寝てしまったのか……)
どうやら、心地よい音で寝てしまったらしい。
勢いよく起きた反動で、まだボーっとして重い頭がズキッと痛む。
「別に、疲れてはいないよ」
「そうですか。……夕食が出来上がりました」
折り畳みテーブルには生姜焼き、コールスロー、白米、お吸い物が並べられていた。
意外と平凡な料理だが、これを10分で作るだなんて感心してしまう。
俺はすぐにテーブルの前で座り直し、久しぶりに手を合わせてから、箸をサッと持った。
まずは生姜焼きから食べる。
めちゃくちゃおいしい。
豚肉と玉ねぎに甘じょっぱいタレがよく染みている。
後からショウガさわやかな風味が突き抜ける。
俺はお茶碗をとって白米の上に生姜焼きをのせ、それを何度もパクついた。
時々さっぱりとしたコールスローで口の中を整える。
人参とキャベツのシャキシャキ感がたまらない。
一気に白米を最後の豚肉と共にかきこみ、コールスローの残りも食べる。
最後に出汁のきいたお吸い物っで胃袋落ち着かせる。
フワフワ卵と油揚げ、小口ネギのシンプルなお吸い物はとてもおいしい。
「ふう……ご馳走様」
たった5分で夕食を食べ終えた俺は、満足感でいっぱいだった。
一連の様子を見ていたアイも穏やかそうな顔で見つめる。
「すげえな。めっちゃおいしかったし。才能あるじゃん」
「ありがとうございます。お褒めにあずかり光栄です」
俺はアイに差し出されたお茶を飲みつつ、時計を見た。
午後7時24分。
そういえばとふと思い出すことがあった。
「なあ、アイ。明日はバイト無いから、どこ行きたい?」
「……どこへ行きたいと言われましても……葵様と行けるなら、どこでも良いです」
サラッとヤバいことを言う彼女。
たたでさえ彼女の事を意識しているのに、本人から『葵様と行けるなら、どこでも良いです』なんて言われたら困る。
本人は俺の事を意識していないだろうが。
本人は変な意味でこんな発言をしたわけではないはずなのに、俺は汗をかき、顔を赤く染めている。
アイから目を逸らしながら
「そう。じゃあ俺が決めとくわ……。あ、先に言っとくけど、俺は火曜と木曜の10時から5時までバイトだから」
と言った。
「了解いたしました」
そう言って、アイはカチャカチャ音を立てながら皿を台所に運び、食洗器に皿を入れた。
「……あ、シーツ!」
暇になのでテレビでもみようかと考えた矢先。
急に思い出した。
夕方前に干したシーツ。
さっきどこか遠くで雷が鳴っていたから、もうすぐ雨も降ってくるかもしれない。
俺はすぐにベランダの窓を開ける。
そこにはシーツはなかった。
「あれ? シーツ……」
「シーツでしたら、先ほど取り込んでおきました」
振り向くと、アイがシワ1つ無く綺麗に畳まれたシーツを持って立っていた。
「ああ……ありがとう」
俺は内心凄くホッとしながら、アイからシーツを受け取った。
(コイツ、ほんとに不良品か……?)
そんな言葉が頭をよぎった。
買い物に行く前はほんとにポンコツだと思っていたが、実際違うかもしれない。
実際、この数時間でいろいろやってもらっているし。
俺は、このままだと、彼女がいなくなったらダメ人間になるんじゃないかと、変なことを考えてしまった。
「……葵様、どうかなさいましたか?」
俺が沈黙していたからか、アイが尋ねてきた。
「いや、大丈夫。……そうだ。アイ、お前悪いんだけど、洋室に行っててくれないか?課題をやっておきたい」
この1週間どこかへ遊びに行くなら、さっさと課題を終わらせなければいけない。
ただ、彼女に見られると思うと緊張する。
(……俺はなんで彼女のためにここまでしてるんだろう……)
正直、そんな言葉がよぎったが、聞かないことにした。
「分かりました。洋室にいれば良いんですね?」
「ああ。汚い部屋だけど」
アイはカチャリとドアを開け、和室から出て行った。
それを見送ると同時に俺はパソコンを用意し、課題に取り組み始めた。
……どれくらいたったのだろうか。
うつらうつらしだした俺は、時計を見てみる。
時刻は午後10時37分。俺はドサっとあおむけに倒れこむ。
「つ……か……れ……た……」
この夏休み、こんなに長く集中して勉強したのは久しぶりだ。
もう、気力と体力が限界に達している。
今にも寝てしまいそうだ。
「ふう……」
なんとか睡魔に負けないよう起き上がると、シャワー室に向かう。
廊下で途中、アイの様子が気になって、見てみる。
洋室のドアをノックすると、「はい」と言って、アイがドアを開けた。
もうスリープ状態になっていたのかと思っていたので、少し驚く。
「まだ起きてたの?」
「……?」
アイがキョトンとした顔で首をかしげる。
「葵様に命令されなかったので」
こういうところはちゃんとAIなんだなあと、俺は感じた。
シーツを自らしまったのはたまたまなんだとも同時に感じた。
「悪い。寝ていいよ。狭くて申し訳ないけど」
「了解いたしました。おやすみなさい、葵様」
「おやすみ」
アイは壁にもたれかかると、目を閉じた。
そのまま全く動かない。どうやら、スリープ状態になったようだ。
俺はドアを閉めて、シャワー室に向かった。
10分ほどシャワーを浴びてジャージに着替える。
歯磨きもして、後は和室で寝るだけだ。
……だが、どんなことをしていても、あの悩みが頭から離れない。
そう、明日の予定だ。朝食を食べて、家事を一通り終わらせれば、午前10時くらいにはどこかへ行ける。
でも俺はアイツみたいに車はないし、彼女もいたことがないし、インドア派だから人気スポットも知らない。
しかも明日は雨だと天気予報で言っているため、動物園とか遊園地とか、屋外中心のスポットはいけない。
ショッピングとかも、彼女は遠慮するので何も買わないだろう。
俺は和室に戻り、アイに畳んでもらったシーツを敷布団にバサリと敷いて寝転がった。
スマホで何度も『近くの人気スポット』『雨 スポット』『電車で行ける スポット』などと調べる。
(……これがいいんじゃないか?電車で約20分、最寄り駅から徒歩数分…。あとここもプランに入れたら良い時間になるし……)
俺の脳内でプランが出来上がっていく。
俺は急いでスマホに旅行計画表のアプリをインストールし、予定を入力していった。
「……できた……!」
俺は小さな声で興奮気味に呟く。
「何の特技もない俺にこんな才能があったのか!」と、少し思ってしまう。
それくらい、初めて作ったプランに感動していた。
これでもう安心だ。
俺はそう思い、スマホのホーム画面で時間を確認する。
午後11時42分。
いつもはこの時間、スマホでゲームばかりしているが、今日はさっさと寝ることにした――。