買い物
「葵様、このシーツはどこに干せばよいのでしょうか?」
シーツを取り出したアイが尋ねる。
「ああ。ベランダに干しといて」
「了解いたしました」
そう言って、アイはすぐに洗面所から廊下に出て和室へ向かう。
ガラッと大きな窓を開け、物干しざおに手早くシーツ干す。
そういえば、1週間同居するなら、部屋とかも決めておいた方が良いのだろうか。
俺の家、アパートの部屋には8畳の和室、洗面所、シャワー室、トイレ、台所、6畳位の洋室がある。
俺は和室で寝ているが、いくらAIでも女性と一緒の部屋で寝るなんて……なんか緊張する。
ほぼ物置状態の洋室で寝てもらうか……なんて考えていた時。
「葵様。シーツを干し終わりました。他に仕事はございますか?」
アイが声をかけてくる。
「いや、もう仕事はない。それで、話なんだけど、寝るときは洋室で寝てくんない? 汚い部屋だけど……」
「了解いたしました。ちなみに私は夜、使われない際にはスリープ状態になります。その時は立った姿勢のまま動かないので、たとえ汚い部屋でも大丈夫です。食事も必要ありません。服も今着ている服を使えば大丈夫ですので」
食事も寝るスペースも、あまり必要ない。
無知なAIとの同居は大変そうだが、機能は便利そうだ。
(でも、毎日同じ服を着るのはちょっと……)
何故だか良心が痛んだ。
「なあ、服を買いに行かないか?」
(おいいいい!! お前何言ってくれちゃってんの!? 何で会ったばっかの奴に服を買おうとしてんだよ!!)
内心自分をツッコむ。
だが、「服を買ってあげよう」という気持ちの方が強い気がする。
俺は「やっぱ今の言葉忘れて!」とは言わなかった。
「……服? それなら今着ている服だけで良いといったはずですが……?」
「いいから」
「ですが、私は約1週間しかいない居候の身。葵様のご負担をおかけするのはいけません」
うーむ、意外と頑固そうだ。
俺は少し考えてこう言った。
「じゃあ、これは命令だ。今からアイの服を買いに行く」
「了解いたしました」
命令という言葉に反応したのか、あっさり折れてくれた。
俺はすぐにショルダーバッグにハンカチと財布を入れると、アイを連れて家を出た。
目的地はショッピングセンター『Leaf』。
いつもならネット注文をしているが、生憎彼女の服のサイズが分からないため、久しぶりに出かけることにした。
ボロアパートから、徒歩10分の距離。
今まで彼女ができたことがないからか、隣に女性がいることになんだか緊張する。
隣で歩く彼女はなんとなく穏やかな顔をしながら、俺に合わせて歩いてくれている。
(せっかくなんだから、何かを話さないと……)
無言で歩くのに耐えれなかった俺は、苦し紛れに質問した。
「……な、なあ、アイは、何かしたいこと、あるの?」
(何聞いてんだ、俺ーーーー!! 服を買うことでさえ遠慮してた彼女にしたいことがあるかよ! ていうか言えるか!)
俺は自分にツッコミまくる。
彼女は質問した俺の顔を見て、一瞬驚きぽかんと口を開けていたが、目をつぶって答えた。
「……どこかへ行きたいです」
「え?」
「何かしたいか聞かれるなんて……ずっと無いと思っていました。でも、したいことはあったんです。どこかへ行きたいってこと。私たちAIは、買い手がつくまで工場から出られないし、どこへ行こうにも、ご主人様についていかなければならないですから」
そうか。
俺はAIは忠実に何でもやってくれるものだと思っていたことに、罪悪感をなんとなく感じた。
今更AIにも心があるのだと思った。
「じゃあ、明日からどこかへ行こうか」
「え?」
「この1週間で思い出作りでもすればいい。どうせ俺はバイトの日以外暇だし」
「で、でも……」
アイは本気にしていなかったのだろう。
申し訳なさそうな顔をして遠慮する。
「いいから。俺、最近引きこもりがちだし。どこか出かけたら、俺の夏休みも少しはいいもんになるだろ」
「本当によろしいのですか?」
「ああ」
「……それなら……了解いたしました」
アイの遠慮がちに了承する。
「じゃあ、決定」
途中、「俺何言っちゃってんの!?」というツッコミが聞こえた気がしたが、無視した。
そうするうちにLeafに着く。
店内は冷房が利いていて、涼しかった。エレベーターに乗って3階の女性服売り場へ向かう。
俺は若い子向けっぽい売り場に行き、服を探した。
「アイはどれがいい?」
まずは本人の希望を聞いてみる。
ファッションの知識くらいは頭に入っているはずだ。
俺よりも良いセンスをしているはず。
彼女は少しの間、ハンガーにかけられた大量の服を見る。
「……これとこれがいいです」
予想通り、彼女は自分のことを知り尽くしているからか、センスが良かった。
青緑色の無地Tシャツに、裾にリボンのついた七分の黄土色のズボンを選ぶ。
「ほんとにこれでいい?」
「はい。お願いします」
俺はその服のSサイズをセルフレジでバーコードスキャンして、スマホで支払う。
値段も見て選んでくれたのだろう。合計1380円。
どちらも結構安かった。
マイバックに服を詰めると、すかさずアイが袋を持つ。
「ありがとうございます。服を買ってもらうなんて初めてです」
そう言って彼女は袋の中身を見る。
その顔は赤く染まっていた。そんな彼女に、俺は「かわいい……」と思ってしまった。
「よ、良かった」
内心なぜかあせりながら、「そういえば、今日の夕食考えてなかった」とスマホを起動する。
現在のスマホはマイクロチップ型で、人間の腕に埋め込まれている。
埋め込む手術も痛くなく、いつでもスマホを使えるのでほとんどの人はマイクロチップ型を使っている。
小さなマイクロチップにあるボタンを押すとスマホが起動し、空中に画面が浮かび上がる。
指紋認証をしてパスワードを開く。
俺は画面中央にある家電の描かれたアプリをタップした。 真っ黒の画面に変わり、下に電子レンジ・オーブントースター・IHコンロ・冷蔵庫の絵柄が表示される。
冷蔵庫の絵柄をタッチすると、冷蔵庫の内部映像がでてきた。
右下には「冷凍庫・野菜室」と書かれている。
このアプリで、家に何があるか、コンロをつけっぱなしにしていないかなどが分かるのだ。
「人参と豚肉が足りないな……。後、コオロギクッキーも買わないと……」
俺はブツブツと呟きながら、アイと共にエレベーターに乗って1階に降りた。
1階食品売り場。
皆ここへ来ると、ズラリと並んだセルフレジに向かう。
それはレジで、買う商品を選ぶからだ。
カテゴリ別か、検索で欲しいものを探して『カゴに入れる』ボタンを押せば、バックヤードでAIがなるべく消費期限の長い良い品を選んでくれる。
そしてお金を払えば選んだ商品がバックヤードにつながったレジ隣りにあるベルトコンベアでカゴに入ってやってくる。
そういうシステムだ。
「アイ、人参1本と豚肉200g、コオロギクッキーをカゴに入れて」
「了解いたしました」
俺は少しハラハラしながらアイに頼んだ。
だが、杞憂だったようで、テキパキと商品と数量を入力してカゴに入れていた。
洗濯機の一件とは違い、こういうのには慣れているようだ。
「お支払いはどうされますか?」
「うーん、QRコード決済にするよ。」
俺はスマホですぐに支払った。
ベルトコンベアで流れてきたカゴに入っている商品を、マイバッグにアイが詰める。
服と一緒でアイが袋を持とうとしたが、俺が断って持った。
そこまでしてもらうなんて申し訳ないと思ったからだ。
俺たちは店を出て、少し紅く染まってきた空の下、帰路についた。