表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔王蝉の鳴く頃に 〜転生したらセミだったので三百年間、土の中で世界樹の樹液を吸ってたら最強になった〜

作者: 虎戸リア


 俺が担当しているそのプロジェクトがようやく日の目を見ることになった。


「十三年ですか……頑張りましたね」

「はい」


 俺はいわゆる音響機器開発系のブラック企業に勤めていた。給与は少なく、休みはなかった。

 それでも、そのプロジェクトを成功させることだけが生きがいだった。


 なのに。


「君は今日付で別部署に移動です。ご苦労様でした」


 その部長の一声で、俺の人生はガラガラと音を立て、崩れ落ちていった。


 部長はこの一大プロジェクトを、自分の手柄にしたかったのだ。


「馬鹿らしい……本当に馬鹿らしい……」


 俺は狭いアパートで、ベロベロになるまで酒を飲んだ。外はすっかり冬景色であり、凍えるような寒さは、ストーブだけではとても部屋を暖めきれない。


 熱々の風呂に入ろう。そして全部忘れてしまおう。


 そう思い立って俺は風呂を焚き、そして酔ったまま湯船に飛び込んだ。


「はああ……極楽」


 身体が芯から温まっていくのを感じる。


「十三年……長かったなあ……頑張ったよなあ」


 気付けば涙がこぼれていた。俺の十三年は……まさしく水泡に帰したのだ。


「まるでセミみたいだな……俺」


 十三年……暗い土の中で過ごして、そしてやっと地上に出て歌えると思ったその瞬間に、捕食者に喰われた哀れな幼虫。


 それが俺だ。


「馬鹿馬鹿しい想像だ……俺は人間だ……まだ……まだ……やれ……」


 急激に眠気が襲ってくる。俺はふわふわとした思考の中、セミになって飛び回る夢を視た。


 それが――俺が人間だった頃の、最後の記憶だった。



☆☆☆



 そこは、心地良い暗闇の中だった。

 暖かく、適度に湿っており、何よりその適度な閉塞感が俺を安心させた。


『ここは何処だろうか。記憶が曖昧だが、俺は風呂に入っていたはずだ』


 そんな風に思考するも、あの記憶以降のことは何も思い出せない。


『何も見えない。何も感じない。なのに、なぜか恐怖はない』


 手があるのは分かる。なぜか足が沢山あるのも分かる。口らしきものはなく、針のように尖ったものが口の代わりに付いていた。不思議なのだが、目はないのに、周囲のことが良く視えた。それは視覚ではなく別の感覚で捉えたものを視覚情報に置き換えているのかもしれない。


 例えば、音の反射で物との距離や位置関係を把握するコウモリのように。


『俺は……どうなったんだ?』


 分からないが、もぞもぞと動く事は出来た。目の前には木製の壁がある。妙に中央部が膨らんだ壁であり、良く見ればまるで触手のように木の根のよう物が生えている。


 俺はスケール感の違いで気付かなかったが、どうやらその壁自体が巨大な木の根のようだ。ということは、ここは土の中なのだろう。


『なぜか……美味そう気配がする』


 俺は本能のままに、その壁にくっつくと、口の針を刺した。

 甘い、シロップのような何かが吸い上がってくる。


『……美味いなこれ』


 少し糖度は低いが、メイプルシロップとハチミツを足して割ったようなそんな味だ。


 俺はそのまま樹液を腹が膨れるまで吸い続け、飽きたら適当にその辺りで眠った。


 そんな日々が……過ぎて行った。


 意識を戻してから、どれだけの時間が経過したかは分からない。一日しか経っていないのかもしれないし、あるいはもう数年この暗闇の中で過ごしたのかもしれない。


 俺はこの樹液を吸うだけの日々が、案外嫌いではなかった。樹液もなぜか日によって味が代わるので飽きることもない。


 それに何か、こう熱い何かを腹の奥で感じるのだ。


『これはなんだろう。何か、凄い力を感じる』


 背中が裂ける感覚と共に、まるで、ずっと着ていたスウェットを思いっきり脱ぐような気持ちで、俺は前足を使って身体に纏わり付いていた殻を脱ぎ捨てた。


 なるほど……あれは脱皮の前兆だったのだ。


『なんだか身体が一回り大きくなった気がするし、ちょっとだけ普通に見えるようになったぞ』


 どうやら目が出来たようだ。それで改めて俺は自分の前足を見た。それは、まるでカマキリのような鎌状になっており、どこかで見たことのあるフォルムだった。


 それが何かと思い出そうとした瞬間に――脳内に謎の声が響いた。


【ステータスが更新されました】


『ん? なんだ? ステータス?』


 なんて疑問に思っていると、頭の中に情報が流れてきた。


***

 <ステータス>


 名前:????

 種族:魔王蝉

 

 LV5

 生命力:G

 魔力 :F


 *保有スキル*

 【マナドレイン】

 【世界樹の加護】

 【クローブレイド】NEW!!


***



 何やらゲームのような情報に俺は困惑する。レベルがあり、魔力やスキルという概念があるらしい。


『いや……それより……魔王蝉(まおうぜみ)……か』


 俺の種族が人間ではなく魔王蝉となっていた。確か、世界一大きいセミがテイオウゼミという名前だったから、新種かもしれないな。


 つまり俺はどうも魔力だのスキルだのがある謎の世界に、セミとして生まれ変わったのだろう。いわゆる異世界転生というやつかもしれない。


 確かに、俺はセミみたいだと呟いた記憶はある。


『だが、神様よ。俺は……セミになりたいとは一言も言っていないぞ』


 なんて愚痴ったところで、何も変わらない。


 こうして俺は、異世界で良く分からないセミへと転生した、という事実を知ったのだった。


 

☆☆☆



 とはいえ、生活は変わらない。俺は相変わらず、樹液を吸っては寝るの日々を繰り返していた。しばらくすると、また脱皮が始まった。


 暇な時間が多いので、俺は色々と検証してみたのだが、それのおかげで色々と分かったことがある。


 まずレベルについてだが、どうも樹液を吸っているだけで上がるようだった。俺にとってはただの食事だが、それがレベル上げにもなっていて、なんだかお得だ。


 更に試しに樹液を吸わずに過ごしてみると、レベルは上がらない代わりに魔力は勝手に上がっていった。生命力と魔力だけというシンプルなステータスだが、生命力はレベルでしか上がらないのに対して、魔力はなぜかレベルアップしても上がるし、何もしなくても上がる。


 これは、おそらく俺のスキル【マナドレイン】のおかげのようだ。


 スキル名を思い浮かべると、そのスキルの詳細が頭の中に流れてくるのだが、【マナドレイン】の場合は以下のような説明だった。


***


【マナドレイン】

 種類:パッシブ

 大気や土壌などに含まれる魔力を体内に吸収する。自身の魔力値が高いほど、そして周囲の魔力濃度が濃いほど、吸収量が増える。


魔力(マナ)は生きとし生けるもの全てに恩寵を与える。だがそれに気付く者は僅かしかいない。祝福とは往々にしてそういうものなのだ〟


***


 どうも俺はこのスキルのおかげで、周囲からマナと呼ばれる魔力を勝手に周囲から吸収しているようだ。それによって体内の魔力が増えることで、吸収量が増えて、ドンドン魔力の上限値が増えていく。


 この魔力、何に使うのか謎だったが、スキルを使うと消費するらしい。ただし上限値は変わらず、消費した分も【マナドレイン】のおかげか勝手に回復してくれた。


 RPGで言えば、いわゆる魔法攻撃力や魔法防御力とMPが合わさったようなステータスだと俺は理解した。


 更にスキル【世界樹の加護】の説明によると、


***


【世界樹の加護】

 種類:パッシブ

 世界樹に愛されし者の恩寵。世界樹由来の物を食すことでその力を得られ、生命力と魔力にステータス補正が掛かる。また生命の危機の際に一度だけあらゆる攻撃を無効化するスキル、【世界樹の盾】が発動する。一度使うと数日間は使えないが、その後はまた条件が揃えば発動する。


〝世界樹とはある種の小宇宙である。そして宇宙に触れた者のみが、神秘を得られる。それを加護と取るか呪いと取るかは解釈次第ではあるが……〟


***


 どうも、俺がもはやドリンクバー感覚で使っているこの木の根はどうやら世界樹の根らしい。世界樹といえば、なんか凄い木という知識しかないが、おそらくこの周囲の土もそんな木が生えているぐらいだから魔力が豊富なのだろうと思っている。


『要するに、適当に寝て樹液を吸っているだけで、レベルも上がるし魔力も上がる』


 こんなに楽なことはない。


 なんて暢気なことを考えていたら……ついに危機が訪れたのだった。


 いつものように俺がのんびり樹液をチューチュー吸っていると――背後で土が崩れる音がした。


 のんびりと振り返ると、そこにはぽっかりと空いた穴があり、そこからのそのそと姿を現したのは――オケラだった。


 オケラ。コオロギのような見た目で、前脚がトゲトゲしたスコップのような形になっているのが特徴だ。


 久々に見た気がするが、何にせよデカい。どれぐらいデカいかというと、俺と同じぐらいの大きさだ。まあ俺が実際、どれぐらいの大きさかは分からないので、何とも言えないが……。


 いずれにせよ、オケラは土を掘るのに適したその前足を掲げて、殺意を剥き出しにしていた。


『あー……オケラって確かセミの幼虫の天敵だったな……』


 そんな小学生の時の知識によって、目の前のオケラが敵だと俺は認識した。


 オケラは無言でこちらへと向かってくる。その感情のない目が、滅茶苦茶怖い。喰われる……という前世の時には無かった恐怖が俺を襲う。


 だが、俺はこの自体がいつか来ることも想定していた。


『俺を無力な幼虫だと思うなよ?』


 俺は鎌状の前足を構えると、【クローブレイド】のスキルを発動させる。


『とりゃあ!』


 魔力を消費して前足を薙ぎ払う。すると鎌から衝撃波が飛び、向かってきていたオケラに直撃。


 衝撃波はその身体をあっけなく真っ二つに引き裂いた。


『……強っ』


 いや、何回か事前に世界樹の根へと撃って、さして傷が付かなかったから、そこまでの威力があるとは思わなかったのだ。


 オケラの死体は、すぐに光となって周囲の土壌や世界樹の根、そして俺の身体へと吸収されていく。


 俺はステータスを確認すると、レベルが1だけ上がっていた。どうやらRPGよろしく相手を倒すと経験値になるらしい。


 なんて考えていると――ぞろぞろと穴からオケラたちが這い出てくる。


『群れるなんて聞いてないが?』


 こうして俺は魔力の続く限り、オケラたちを【クローブレイド】で倒し続けたのだった。



☆☆☆



 俺の日課にオケラ退治が加わった。彼等は定期的に、俺の住処へと穴を通ってやってくるのだ。


 樹液を吸って、寝て、オケラが来たらスキルで倒す。そんなことをしているうちにドンドン俺のレベルは上がっていった。


***

 <ステータス>


 名前:????

 種族:魔王蝉

 

 LV68

 生命力:E

 魔力 :C


 *保有スキル*

 【マナドレイン】

 【世界樹の加護】

 【クローブレイド】


***

 

 魔力は伸びてるものの、生命力はレベルでしか上がらず、イマイチだ。まあ比較するものがないので何とも言えないが……


 そんなある日……思わぬ来客がやってきた。


『ん? またオケラか?』


 だが、いつもと様子が違う。


 俺はすっかり見えるようになった目でジッと穴を見つめていると、そこから現れたのは――白い糸の塊だった。


 うねうねと動いており、意思があるのが分かる。


『なんだあれ』

『っ!! あ、あの! 聞こえますか!?』

『な、なんか聞こえる!?』


 俺の心の声に、何かが話し掛けてきた。それは可愛らしい少女の声だったが、当然こんな土の中に少女がいる訳がない。


『あ、やっぱり聞こえてますよね!?』

『ああ。君はどこにいる?』

『何言ってるんですか。目の前にいますよ』


 あの糸の塊がゆらゆらとうねり、その一部を腕のように伸ばした。するとその先端が拳の形になって、親指みたいな部分をビシッと上げたのだった。


『いいね!』


 少女の嬉しそうな声が響く。


『まさか……このうねうねが君!?』

『そうなんです……人間だったのは覚えているんですが……気付けばこんな身体に』

『俺と一緒か。まあ俺はセミの幼虫だが……君は……?」

『〝冬蟲夏草(とうちゅうかそう)〟という種族みたいです。なんとなくこっちから良い匂いがすると思ってやってきたところに、お兄さんの声が聞こえて』

『ああ……なるほど』


 冬虫夏草といえば……昆虫に寄生するキノコとして有名だ。そしてその寄生先は種類によって様々だが……最もポピュラーなのは……()()()


 彼女は無意識のうちに俺を狙ってやってきたのだ。


 要するに、彼女? は敵ということになる。


『参ったな……』


 なまじこう会話をしてしまったせいで、いきなり【クローブレイド】で倒すというのもな……。


『あの……どうしました?』

『いや……うん、君はさ、俺の天敵なんだ。冬虫夏草はセミの幼虫に寄生して成長するキノコなんだよ。そして最後には寄生先を殺して、胞子を放つ。それの繰り返しだ』

『そ、そうなんですか!? じゃあこの匂いってのは……』

『俺だろうな……本能でエサとなる俺へと向かってしまったのだろう』

『ごごご、ごめんなさい! 私そんなこと知らなくて!』


 器用に糸状の身体を変えて、土下座のような格好をする彼女に、俺はどうしようか悩んでいた。


『うーん……寄生されるのは勘弁だが……せっかくこうして知り合えたのにお別れってのもなあ』


 久々の会話だった。正直言うと凄く楽しい。


 俺はようやく……実はこの生活に飽きてきていたことに気付いたのだった。


『……いえ、でも迷惑をかけてしまうかもしれないので……』

『とりあえずさ、行くとこないならここにいなよ。樹液吸い放題だし』

『樹液……飲めるのでしょうか。実はどんどん力が抜けていて……動くのもやっとなんです』

『そうか……』

『でも、もしここに居ても良いと仰ってくれるなら……私、ここに居たいです。もう……独りは嫌』


 その悲痛そうな言葉に、俺は頷いた。


『いればいいさ。会話相手になってくれ』

『……うん!』


 こうして冬虫夏草という天敵と、俺は共に暮らすようになった。


☆☆☆


 俺達は、呼び合うのに名前がないことに気付いたので、お互いに名前を付け合った。なんせ二人とも、前世の名前を覚えていないのだ。


『蝉丸さん……とかは?』

『えらく渋いチョイスだな……』


 お坊さんか落語家みたいだ。


『うーん。セミ……セミ……ミンミン……つくつくぼうし……ひぐらし……』

『何でも良いよ。俺は気にしない』

『うーん蝉山さんとか? あ、セミルさんとかどうですか!?』

『おお、良いんじゃないか。気に入ったよそれ。じゃあ君は――冬村夏子だ』

『……もっと可愛い名前がいい』


 めちゃくちゃ考えたのに、駄目だしされた!? 世界中の冬村さんと夏子さんに謝れ!


『もっと日本人っぽくない名前がいい。こんな身体でそんな名前ついても虚しいだけだもん』

『それもそうか……うーん……冬虫夏草といえば漢方……漢方といえば中国……あ、シーツァオなんてどうだ? 夏草をただ中国語で読んだだけだが』


 大学で習ってた中国語をこんなところで使うとはね。


『しーつぁお……うん、響きが可愛い! 私、シーツァオ! よろしくね、セミルさん』

『ああ、よろしくな、シーツァオ。あだ名はしーちゃんだな』

『えへへ……嬉しい』


 俺ことセミルとしーちゃんは、それから飽きることなく喋り続けたのだった。


 前世の記憶がさほどないしーちゃんは、俺の前世の話を喜んで聞いてくれた。俺がプロジェクトを横取りされたことを、悲しんでくれた。


 しーちゃんはうねうねしているし、天敵だが――とても良い子だった。


 だから……彼女とどれほどの時間を過ごしたかは分からないが、彼女が徐々に弱っていっていることに、俺は気付いてしまった。


『なあしーちゃん』

『……な……に』

『最近、口数少ないよな。こないだなんてオケラが出ても何の反応もなかったし』

『う……ん。ちょっと……疲れちゃった』


 ぺたんと地面に潰れたような形になったしーちゃんは、身体を動かす元気もないようだ。


『やっぱり……飲まず食わずだと……』


 聞いた話では、彼女は【マナドレイン】のスキルは持っていないらしい。俺はそのおかげで樹液を吸わなくても死にはしないのだが、彼女はそうではない。


『でも……セミルさんを……食べるわけには……いかないし……ね』

『それは……』


 それから時が経ち、いよいよしーちゃんは喋りさえしなくなった。


 俺は樹液を掛けてあげたりなんだりしたが、効果はない。


 心が、きゅっと締め付けられる。


『しーちゃん。しーちゃん! 返事をしてくれ!』

『……』


 どうする……どうすれば……。嫌だ、しーちゃんを失いたくない。


 誰かを失う恐怖なんて俺にとって初めてだった。両親は物心ついた頃にはおらず、学校には馴染めず、友達もいなかった。


 社会人になってからも人付き合いはなく、俺はずっと孤独だった。それで平気だと思っていた。


 だけど、今はそうじゃない。


 俺に名前を付けてくれた、そして俺が名前を付けた、あの元気なしーちゃんが死ぬかもしれない。


 それは……死ぬよりも辛いことのように思えた。


 だから俺は――もう迷わなかった。


『……しーちゃんを助ける』


 俺は彼女を前足で拾うと、自分の身体に乗せた。おそらく、本能なのだろう。彼女は無意識の内に菌糸で俺の身体を覆っていく。身体の中に何かが入ってくる感覚。それは本来ならとても嫌な感覚なのだろうが……それがしーちゃんだと思えば、全く嫌ではなかった。


 俺は急激に眠くなってきたので、急いで樹液を吸いながら、眠りについたのだった。



 不思議な夢を視た。

 

 そこは病室だった。独りの少女が感情のない目で窓の外を覗いていた。青白い身体に、極端に細い足からして……彼女は外に出たことがないことが分かる。ベッドの横のサイドテーブルには、様々な図鑑とCDが重ねてあり、一番上には〝世界のキノコ〟という題名の図鑑が置いてあった。


 少女はそれのとあるページを開いた。


 そこには、セミの幼虫から生えたキノコの写真が写っていた。そこばかり開けているのか、ページの端が折れている。


 そして、一枚のメモ書きが栞代わりに挟んであった。


 そこには短く、こう書かれていた――


 〝私と、同じ〟


 少女はそのまま本を閉じると、ベッドに再び横たわった。その目からは透明な涙が零れ、そしてスッと目を閉じたのだった。


 俺には分かる。それが彼女の――最期なのだと。



 俺は、少女の泣き声で目を覚ました。


『ばかああああセミルさんのあほおおおおおお!! うわああああああん』


 それはしーちゃんの泣き声だった。


『良かった……生きてた』

『うううう……セミルさん貴方はバカですよ! なんで私を寄生させたんですか!』

『……しーちゃんが好きだから』

『っ!! なななななにを言っているんですか!』

『好きな相手を助けるのは当然だ。それにほら、なぜか俺生きてるし』


 背中は見えないが、どうもしーちゃんがその上に乗っているのが分かる。菌糸は俺の中まで入っているのだろうが。


『セミルさんのアホ! 考えなし! 死んでたらどうするんですか!』

『君がいなかったら、きっと俺はどこかで死んでいたかもしれないな。なんせもうこの生活には飽き飽きしていた。気付いていないフリをしていただけだ』

『そんな……でも……』

『まあ生きてたから良いじゃないか。出来れば俺が死なない程度に寄生してくれたら助かる』

『……ううう……馬鹿ああ』


 こうして、俺はしーちゃんに寄生されたのだった。


 だが、それは存外に悪くなかった。



☆☆☆


 ステータスを確認すると、驚いた。


***

 <ステータス>


 名前:セミル

 種族:魔王蝉

 

 LV89

 生命力:C

 魔力 :B


 *保有スキル*

 【マナドレイン】

 【世界樹の加護】

 【クローブレイド】

 【ライフエクスチェンジ】NEW!!


***


 名前:夏草(シーツァオ)

 種族:〝冬蟲夏草(とうちゅうかそう)


 LV72

 生命力:A

 魔力 :E

 

 *保有スキル*

 【パラサイト】

 【形状変化】

 【相利共生】NEW!!


***


 なんと、寄生されたことで、しーちゃんも俺の付属品? と判定されるらしくステータスを確認できた。


『ふむふむ。なるほど、俺が死ぬ心配はなさそうだな』

『そうなの?』

『ああ。まず俺のスキル【ライフエクスチェンジ】なんだが、俺は得た魔力を生命力に変えられるみたいなんだ。で、しーちゃんのスキル【パラサイト】は寄生した相手から生命力を吸い取るスキルだが、もう一つのスキル【相利共生】によって、魔力を俺に譲渡している』


 身体を宿として貸し、生命力をあげる代わりに、家賃として魔力を貰うような仕組みなのだろう。


『で、俺はその貰った分と周囲から【マナドレイン】で得た魔力をスキルで生命力に変えることで、しーちゃんから吸われた分を補填できる』


 そう、俺はそもそも生きてるだけで無限に魔力を得られている。なので多少生命力を吸われたところで、すぐにそれは補填されるし、しーちゃんからの魔力供給があるので、全く問題ない。


『じゃあ、私達ずっと一緒に居られるってこと!?』

『その通りだ!』

『やった! えへへ、セミルさんありがとっ!』

『気にするな。もはや一蓮托生、一心同体だ。お互い頑張ろうぜ』

『うん!』


 こうして俺としーちゃんの生活が再びはじまったのだが、俺は色々と考えていた。


 まず、スキルだが、どうも取得するのに色々と条件があるようだ。例えば【ライフエクスチェンジ】なんかは、魔力が有り余っている状態で、死にかけると手に入るようだ。しーちゃんに生命力を吸われて死にかけていたらしい俺が取得したのも納得だ。


 逆に【相利共生】については、どうもしーちゃんの想いの力によってスキルを得たらしい。強い気持ちがスキルとなって発現することもあるようで、何とも不思議な世界だった。


 それから俺達はいつも通り、たわいもないことを話しながらのんびりと時を過ごした。


 だからこそ――その最大の危機は突然訪れた。


 それは、俺がかつてないほどの、身体の熱さを感じた時だった。


『……しーちゃん』

『どうしたのセミルさん』

『……来る』


 俺は穴の方を睨み付けた。


 何か……途方もないほど巨大な物がやってくる感覚。

 

『しーちゃん、俺から離れるなよ!』

『というか物理的に離れられないけどね!!』


 しーちゃんのごもっともなツッコミと同時に、穴の周囲の壁が爆散。


 そこにあったのは、鋭い爪の生えた、何かの動物の前足だった。


『こ、これは……』

『も、もぐら!?』


 しーちゃんの言葉と共に、俺の住処の上部が崩れ、巨大なモグラの顔が露わになった。


 その退化しているはずの目が、俺へと向けられていた。


 そうだった。


 セミの幼虫にとって――一番の天敵はモグラだ。


『まずいな……倒せるか!?』

『逃げ場はないよ?』

『ああ。倒すしかない』


 だが、あまりに大きさが違い過ぎる。

 

 相手はあまりに巨大で、俺なんて奴の爪程度の大きさしかない。


 あの爪の一振りで俺はしーちゃん共々八つ裂きになるだろう。


『――【クローブレイド】!!」


 俺が衝撃波を放つも、モグラの毛皮を揺らす程度で終わった。


『全然効いてないよ、セミルさん!』

『分かってる!』


 そもそも俺は機敏に動けない。だから――その一撃を避けられたのは、しーちゃんのおかげだった。


『危ない!!』


 モグラの前足による薙ぎ払いが俺の住処を破壊しつつ迫る。しーちゃんが咄嗟に触手――菌糸を上へと伸ばし、俺の身体を上へと引っ張った。


『くっ!!』


 俺の真下をモグラの凶悪な爪が過ぎ去っていく。


『しーちゃん、ナイスだ!』

『っ! まだ来る!』


 もう片方の手が、まるで掬い上げるように俺達に迫る。もはやこれは回避不可能だ。


『しーちゃん、俺の中に入れ!』


 俺がそう言うと同時に、無防備に晒されていたしーちゃんが俺の身体の中へと引っ込んでいく。


 そして、衝撃。


『がはあああ!!』


 身体が引き裂かれるような痛みが襲いかかる。俺の目の前に、木の模様の描かれた半透明の盾が出現したかと思うと、身体があっさりと天井の土と共に上へと吹き飛んだ。


 あれはきっと【世界樹の加護】に違いない。


 そして世界に――光が溢れた。


『ま、眩し!』

『なに? 何が起きているの!?』


 そこは地上だった。俺の視界いっぱいに、何かの木の樹皮が広がっている。おそらく、世界樹の幹だろう。


『しーちゃん! 菌糸を伸ばして、あの木の幹まで俺を引っ張れるか!? このまま下に落ちたら終わりだ!

『やってみる!!』


 俺の身体から菌糸が飛んでいくが、俺の身体は既に落下していた。


『間に合わない!』

『くそおおおおおお、モグラ如きにやられてたまるかあああ!!』


 俺の身体の中の熱さがピークに達していた。既に茶褐色の身体となった俺の固い外殻はしかしモグラの一撃で脆くなっていた。


 だから俺が渾身の魔力を込めて【クローブレイド】を下にいるモグラへと放った瞬間、外殻がバラバラと崩れていった。


 解放感が俺を満たしていく。


 背中に風を感じて、俺は――()()()()()()()()()()()()()を思いっきり広げたのだった。


「飛べええええええええええええ!!」


 俺は大声を発して羽を羽ばたかせると同時に、口を開けて待っていたモグラへと()()を差し出した。


 右手から甲高い音と共に、細く刃状になった衝撃波が放たれる。


 それはモグラを――大地ごと真っ二つに切り裂き、一拍置いて、轟音と共に爆発した。


 俺はその爆風を羽で受けて、上昇。


「やった! 飛べた! 俺! 成虫になったぞ!!」


 そのままぐんぐんと高度を上げていく。上には一本一本が普通の木のように太い枝と、ちょっとした公園ぐらいの大きさの葉が生い茂っていた。


「凄い! 飛んでるよ私達!」


 背中から、そんな少女の声が聞こえた。


「ああ! 飛んでる!!」


 俺は枝と葉を避けてまっすぐに上を目指した。


 やがて葉の間から光が見え――


 視界いっぱいに空が広がった。


「空だ!!」


 世界樹のてっぺんへと躍り出た俺としーちゃんが、周囲に広がる圧倒的光景に、言葉を失った。


 宇宙が透けて見えるほど、青く高い空。白い月と赤い月が並んでいて、ここが地球ではないことが分かる。


 周囲には森が広がっており、遠くには巨大な火山が黒煙を上げているのが見えた。空には、翼の生えたトカゲ――いつか何かのゲームで見た、ドラゴンが悠々と飛んでいる。


 そこはまさしく異世界であり――そしてあの暗い土の中とはまるで違う、極彩色の世界だった。


「綺麗……これが……外の世界」

「ああ……たまらなく綺麗だ」


 俺は一枚の葉っぱの上に降りた。


 不思議なことだが、身体はなぜかセミのままではなく、人間に戻っていた。ただ違いがあるとすれば、背中にセミのような透明な羽が生えていることと、なぜか不思議な素材で出来た服を既に着ている点だ。


 俺は背中に重みを感じたのでそちらへと意識すると、誰がへばりついている。


 その誰かはゆっくりと俺の背中から降りると、俺の前へと現れた。


 それは菌糸を思わせる白い髪の毛の美しい少女だった。いつか見た、あの夢の少女とよく似ている。彼女もまた謎のワンピースを着ており、その顔には照れくさそうな笑みが浮かんでいた。


「なんか……恥ずかしいね……まさか人間に戻れるとは思わなかった」

「……だな。てっきりセミの成虫になるのかと思った」

「多分、私がずっと願っていたから……人間になりたいって。そしたらセミルさんと手を繋ぐこともハグすることができるもん! きっと私のスキル【形態変化】とセミルさんの羽化が合わさった結果だよ」

「なるほど……有り得る話だ」


 その少女は紛れもなくしーちゃんだった。彼女も俺と同様、人間に戻れたようだ。よく見れば、アホ毛のように髪が一本、うねうねしているところから見るに、冬蟲夏草であることは間違いなさそうだ。


「歩くのって……立つのってこんな気分なんだ!」


 しーちゃんが嬉しそうに、足下の葉っぱを踏みしめた。


「さて……どうするか」

「ねえ、セミルさん、歌おうよ」

「歌?」

「うん。私ね、歌手になりたかったんだ。でも病気で歩くことも声を出すこともできなかった。だからね、こうやって話せるのも嬉しいけど、やっぱり歌ってみたい!」

「よし、じゃあ歌おう。俺もセミだからな。歌うのが仕事みたいなもんだ!」


 そうして俺達は手を繋ぐと歌い始めた。


 それはもう、音程も歌詞もバラバラの酷い歌だったが、何よりも希望と喜びに溢れていた。


「……あれ? なんかドラゴンがいっぱいこっちに来るんだが」

「なんだろ? 一緒に歌いたいのかな?」

「かもしれないな! よしもっと歌おう」


 俺達は浮かれていた。ドラゴンが必死の形相でこっちに向かってくることにさえ気付なかった。


 そして俺達へと向かって来たドラゴンたちが、ある程度まで近付く、まるで蚊取り線香に近付いた蚊のようにポトポトと落ちていった。


 数秒後に、大地が揺れる音が連続で響く。


「……ドラゴンさんがみんな落ちていったよ!?」

「……まさか毒か!?」

「ええ!? 私達も危ないのでは!?」

「確かに! よし、じゃあ行くか!」

「どこに!?」

「どこでもいいさ! せっかく人間になれたんだ! この世界を旅するのも悪くないだろ?」

「賛成!」


 俺はしーちゃんを背負うと、羽を広げて、空へと飛翔する。


 途中で俺は振り返り、世話になった世界樹へと頭を下げた。


「世話になったな、世界樹。また、戻ってくるよ」

「バイバイ、世界樹さん」


 こうして、俺としーちゃんは世界樹のある森から旅立ったのだった。


 だから、自分のステータスがとんでもないことになっていることに俺が気付いたのは、随分と後のことだ。


***

 <ステータス>


 名前:セミル

 種族:魔王

 

 LV99

 生命力:S

 魔力 :SSS


 *保有スキル*

 【マナドレイン】

 【世界樹の加護】

 【ライフエクスチェンジ】

 【ソニックブレイド】NEW!!

 【ソニックブラスト】NEW!!

 【凶歌】NEW!!



***



 〝魔王に羽化するので、魔王蝉〟


 なるほど。どうやら俺は異世界で……魔王になってしまったようだ。


 だけども、そんなことはどうでもいいとばかりに――俺としーちゃんの、のんびり旅が始まったのだった。


セミの幼虫×冬虫夏草のカプなんて頭おかしいな!!


さて、この物語はここで終わりですが、セミルさんとしーちゃんのマイペースでスローライフなのんびり旅はいつか書いてみたいですね。


ハイファン新作! チートスキルを得た少年と竜人の姫コンビの物語です! 是非読んでみてください!!URLは広告の下のタイトルをクリック!


水晶騎士は静かに貫く ~Aランク冒険者に騙され過酷な鉱山に追放された少年、触れたあらゆる物を貫き砕く〝黒水晶〟の力を得て最強に。今さら仲間になれと言われても竜国の姫に騎士として見初められたので嫌です~

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイファン新作! 追放ざまあで王道なボーイミーツガール! 良ければ是非読んでみてください!!

水晶騎士は静かに貫く ~Aランク冒険者に騙され過酷な鉱山に追放された少年、触れたあらゆる物を貫き砕く〝黒水晶〟の力を得て最強に。今さら仲間になれと言われても竜国の姫に騎士として見初められたので嫌です~



興味ある方は是非読んでみてください
― 新着の感想 ―
[良い点] 大好き [一言] 続きを書きやがれください。 お願いします。
[一言] 続きが読みたい
[良い点] 見た目はホラー、中身は純愛。 かくしてその実態は……魔王と伴侶! ちゃんと短編として成立していて良かったです。 [気になる点] セミたちの冒険はまだ始まったばかりだ! もうちっとだけつづい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ