家路
夕暮れ暮れなずむ町の、大きな川沿いを歩く。
そんな一高の今の心境を一言で言えば──。
「……最っ悪だ」
──であった。
真新しい傷の残る自身の右拳を眺め、何回も開いては握り、ぎこちなさを確かめる。
(……また、強くなってんな)
1秒前より徐々に、1分前より確かにはっきりと癒えている拳を見て内心嘆息する。
(喜ぶべきか、悲しむべきか)
プラプラと右手を振ってしつこく具合を確認し、しばらくして作業着のポケットに手を突っ込む。
(一つだけ分かるのは、明らかに抑えきれなくなってるってことか)
赤く染まる川の穏やかな水面を眺めながら、一高は黄昏る。
この街を南北に分断する様に流れるこの大きな川。
一高の通う高校から家へと向かうには、河川敷を暫く歩いた先にある国道を有した橋を渡らなければならない。
直線距離で言えば決して遠い道のりでは無いのに、通学に30分も掛かってしまうのはこの川を迂回する必要があるからだ。
目の前から、白を基調とした清潔感のある制服を身につけた女子高生の集団が近づいて来る。
5名ほどで楽しそうに、きゃいきゃいと甲高い声を出しながら歩く彼女らを見て、一高は河川敷を通る道の端っこへと寄った。
私立凛土女子誠心高等学校。
彼女らが身につける制服を一高は見慣れている。あのお嬢様高校に通う娘らだと、秒で判断できる程に。
現代の感覚で言えば、過剰に露出を抑えているとも思われる、その身なり。
夏でも袖を短くする事を許されないし、スカートの丈もやたら長い。
(あぁそっか、あっちは今日は短縮授業とか言ってたっけ)
一高と凛土女子の集団がすれ違う。
鼻腔の奥を微かにくすぐるのは、シャンプーの匂いが風に流れて一高に届いた所為か。
我ながら気持ち悪いと、一高は自嘲気味に笑い、家路を急ぐ。
(じゃあ、妃瑪も、もうとっくに帰ってきてるな)
家路につく足が自然と早くなる。
今日は週末、金曜日。
里見家では、週末はどこにも寄り道せずにまっすぐ帰宅するという規律が存在する。
主に夜勤で忙しくする母の休日の始まりで、家族全員が食卓を共にする少ない機会だからだ。
(母ちゃんと、妃瑪の飯。楽しみだ)
先ほどまでの陰鬱とした気分を既に忘れて、一高は足早に河川敷を歩く。
川の流れは、まだ穏やかだ。




