#7 My greedy pure love
私は夢を見ていた。
それがどんな夢だったかは忘れてしまったが、一つだけ覚えているのは
この時が永遠に続けば良いのに、という儚い願いだった。
私は病院のベッドで目を覚ました。
何故私がベッドの上で寝ているのか?
あの作戦はどうなったのか?
直前の記憶を手繰り寄せると、すぐに思い出した。
私は名も知らぬ恩人に無事を問われ、そのまま泣き崩れたのだった。
改めて思い返すと、赤の他人に自身の泣き顔を惜しげもなく見せた自分がこの上なく恥ずかしく思えた。
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私が寝ている間に治療と経過観察が行われていたらしく私は目覚めてた翌日に退院、職場復帰となった。
秘密警察本部に向かう途中、私の心は大きく揺れ動いていた。
思い出すのは名も知らぬ恩人のあの言葉。
自身が傷つきながらも私の身を第一に案じたあの言葉が私の心を強く掴み、離さなかった。
本部に出頭した私を待っていたのはあの事件に対する緘口令だった。
私の初仕事であったあの作戦は数名の死者を出しながらも
『建築物の欠陥に伴う爆発事故』
として処理され、人質だった民間人を含む関係者は全員口止めを徹底された。
『世の中には『そうであっては困る』事もある』
それが上層部の判断だった。
現実が虚実として否定され、虚実が現実として受け入れられる。
現実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。
そんな奇妙な世界で誰が私達の価値を定めてるかは知らないが、それが神で無い事は確かだ。
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例の『事故』の口止めの翌日、私は恩人である『彼』の見舞いに軍病院を訪れていた。
聞けば、『彼』は「早急な治療が必要な為」、軍病院へと担ぎ込まれたらしい。
彼の病室には当然のように顔も知らぬ同僚が警備が立っていたが、私の用意した『差し入れ』が余程気に召したのか面会を快諾してくれた。
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病室の『彼』は聞いていた容体以上に元気そうだった。
『彼』は見舞いに来た私を見ると内心驚いたような顔をした。
当然の反応だろう。
自分が危険を顧みずに助けた人物が、得体の知れない組織の警備を堂々とパスして入ってきたのだから。
見舞いの品もそこそこに、言葉を交わす内に驚くべき事がわかった。
決死の乱入者である彼の正体、それは私が逃がした人質の中の1人だった。
逃げる最中に私の身を案じて道を引き返し、自らの危険も顧みずにあの場所へと乱入したのだそうだ。
それだけでなく、彼は病室に運ばれた後も傷ついた自身よりも私の身を案じてくれていたらしい。
あのエリーシャでさえ、自身が傷ついた時は我が身を優先したと言うのに・・・
傷ついた自身を差し置いてまで私の事を思ってくれた人が過去に1人でも居ただろうか?
ここまで深く私を思ってくれる彼に私は一瞬で心を奪われ、同時に私の中で小さな欲望が生まれた。
それは今まで抑圧されていた分を取り戻すかのように溢れ、瞬く間に私の心を黒く染め上げだ。
彼が欲しい。
彼を愛したい。
私の傍に居て欲しい。
彼から自由を奪ってでも私の物にしたい。
彼から求められたい。
彼から愛されたい
彼の傍にずっと居たい。
その為ならばどんな屈辱にも耐えられる。
彼が独身ならば私が妻になろう。
家族が居るのなら愛人でも構わない。
私と言う全てを引き換えにしてでも、私は彼が欲しい。
「~~~~っっ!!」
もはや狂恋とも言えるこの感情に胸が苦しくなる。
そして下腹部の奥が疼き、体の奥から劣情が湧き上がってくる。
あぁ・・・そうか。
これは私を売り飛ばした片割れ、つまりは母親の血だ。
認めたく無い事だが・・・やはり私はあの女の娘だ。
私は知り合って間もない彼に恋心を抱き、『愛されたい』と願ったのだ。
胸の中でうねりを増す劣情と、彼を求める欲求が混ざり、理性をジリジリと溶かしていく。
溢れようとする情欲を必死に押し殺して平然を装い、話を早々に切り上げ私は病室を後にした。
後ろ髪を引く思いだったが、仕方がなかった。
あのまま彼と同じ時間を過ごしていれば、私は最も後悔する形で彼を『愛していた』に違いなかったからだ。
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本部へ戻る途中、劣情の昂ぶりも収まった私は自身の手を見つめる。
手首の表面にうっすらと浮かぶ血管、その中を静かに脈打つ私の血、あの2人から分け与えられた血。
あの2人の血、とりわけ母親の血をこの身に感じるのはこの上なく業腹だが、
彼を愛するきっかけとなった事だけは、義理ながらも感謝の言葉を探す気にはなれる。
もっとも、この程度であの2人・・・特に『母親』が私にした仕打ちを許せる訳ではないが。
『・・・・・・』
無言のままに拳を小さく握り、私はある決意を固めた。
俗にいう人生最大の大博打、と言う奴だ。
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事態が収束した頃、私は上司の前にいた。
理由は明白だ、栄転だったはずの秘密警察を早々に辞める為だ。
当然、例の『事故』の真相を知っている以上簡単には辞められる筈が無かった。
辞職を受け付けない代わりとして、私は陸軍の要職に幹部として復職する事で手を打った。
いわゆる『元の鞘に収まった』、と言う奴だ。
彼の扱いに関しては、『事故』の処理に関わった各方面に『事故の真実』を材料に、清濁入り混じった交渉に交渉を重ね、『証人の保護』を名目として私の管轄に収まるように仕向けた。
交渉を重ねる内に数名の『失踪者』が出たが、交渉は滞りなく進み、彼は『極秘案件の重要参考人』という形で私の管轄に収まり、『安全の確保と監視』という虚実の入り混じった理由で私と共同生活を送れるよう誘導した。
そして私は、彼と共に『積み木の家』と呼ばれる防壁に囲まれた邸宅の扉をくぐったのだ。
私は生まれて初めて自らが欲した物を実力で手に入れた。
たった1人の男を欲する為にあらゆるものを引き換えにした私の行いを人は笑うに違いない。
しかし私にとって彼は、そうまでして得るに足る存在だった。
この生活を誰にも脅かさせはしない・・・・私の唯一の宝物だ。