#4 I'm Furious soldier
エリーシャの死後、私の心にはぽっかりと大きな穴が開いた。
戦友の死で穿たれた小さな穴は、裏切りの刃で大きく抉られ埋まる事のない虚空を作り出した、
そこから溢れだしたものは、私を心を蝕むだけじゃなく大きく掻き乱していった。
エリーシャを喪って無気力になった私は戦力にならないと判断されて後方勤務となった。
表向きは戦友の死による戦意喪失が原因、という形だが実際の原因はあの手紙に他ならなかった。
定期的に従軍牧師の元へ行くようにと言われたが、通う度に嫌でも彼女の裏切りと死を思い出す。
「あなたの苦しみは何時か神の慈愛の下に癒える、今はただ・・・その時を待つのみです」
クソッタレな聖書からの引用だけしか口にしない従軍牧師のご高説など気休めにもならなかった。
本当に神から慈愛を賜れるのならば・・・・いっその事、彼女との思い出の全てを記憶から消し去ってほしい。
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後方勤務となって数日。
悪夢にうなされる日々が続く。
私を庇い、屍と化す戦友の最期の光景。
体を赤く染める血の温もり、冷たくなる彼女の体。
そして裏切りが眠る引き出しを開けるあの光景、
封筒の感触さえ鮮明に感じるこの上無い、悪夢。
悪夢を見た朝は必ず胃液を吐き出した。
空っぽの胃の中から更に何かを吐きだそうとするが、出てくるものは胃液と胃の収縮で発する咽吐け声だけだ。
ようやく吐き気が収まった後、次に心を支配するのは戦友に裏切られた絶望感。
それが私自身を激しくかき乱し、周囲にあるもの全てに八つ当たりした。
備品を投げつけて壊し、止めに入った同僚を殴り倒し、上官にさえ銃を向けた。
挙句の果てには捕虜となった敵兵にさえも手を上げ、数名を『事故』で殺した事もあった。
とにかく見境が無かった。
だから私が厄介払い同然に最前線に転属になるのに時間はかからなかった。
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派遣された先の最前線。
そこは今まで経験した中で最悪な場所だった。
新兵だらけの脆弱な部隊で、場数を踏んでいる敵部隊と戦わなくてはならない。
勝機など万に1つ、億に1つの確立だ。
だが私にはそんな事など些事たるもの、とにかく暴れたくて仕方がない。
この体の奥から湧き上がる激情をどうにかしたい。
飛び交う砲火の中に私は新兵達に紛れ突っ込んでいった。
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最前線に左遷されて2週間、私は五体満足で生きている。
私には人殺しの才があったのか、それとも抑えきれない激情に身を任せた結果か?
戦場で私を縛るものは何もなく、ある意味での自由を謳歌出来た。
銃弾と砲弾が飛び交う戦場を駆け抜ける中で私は変わった。
耳の傍を横切る弾丸の風切り音が心地よい音色となり。
噎せ返るほどに濃密な硝煙と血と泥が混ざった戦場の匂いさえも今となっては甘美な芳香として私の心の均衡を保つ一助となった。
なにより、私の行動全てが『正義』と見なされ、評価された。
かつて同僚や捕虜に向けていた『暴力』が、この戦場では正しい『力』として評価された。
激情のままに銃の引き金を引けば、銃口の先で敵兵が倒れた。
敵が銃弾に倒れる度に感情が昂り、そのまま次の敵へと銃口を向けて銃の引き金を引いた。
時には恐れをなして逃げ出す敵も居たが、私がそれを許さず非情の弾丸で命を奪った。
ある時は敵の銃弾を数発貰いながらも敵の懐へと飛び込み、銃剣でその命を刈り取った事もある。
敵陣地へ突撃しては目に映る物や者を片端から破壊して、殺して、挙句には投降した将兵すらも殺した。
やがて敵陣地だったその地には、屍で築いた山が築かれ、その頂点で私は仲間と共に銃を天高く振りかざして怒りのままに咆哮をあげた。
かつて『監督』が言っていた言葉を思い出す。
『憎しみで引き金を引け、そうすれば必ず当たる』
まさにその通りだった。
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最前線に来て早1ヶ月。
小耳に挟んだ話しだが、私は『戦女神』と呼ばれているようだ。
私と戦闘を共にした誰かが吹聴して回ったのだろう。
仲間達は私の事を勝利をもたらす女神だ、と口をそろえて私を称賛するが・・・・
現実は違う、私はそんな崇高な存在ではない。
戦友の死に絶望し、戦友の裏切りに対する憎悪を胸に秘めて戦場に立つ私は
殺戮の復讐神『ティシポネ』だ。