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ティシポネの回顧録  作者: 葉月 悠人
3/9

#2 I am Caroline.

最初は慣れない生活だった。


だがそれも、半月もすれば全てが『当たり前』になった。


それでも、その時はまだ、生きた屍同然の日々だった・・・・



 キャロラインとして生活して半年が経ち、風が薫りだす季節。


 季節の風には硝煙しょうえんの匂いが混じるようになった。


 『銃』に弾を込めて放つ『射撃訓練』という訓練が始まったのだ。


 連れて来られて間もない頃に『監督』が口にした言葉を思い返す。


 『銃』という道具は効率よく人を殺傷、つまり『殺す』道具だと、指一本で簡単に命を奪う『処刑道具』だと。



 故に『銃』を使う訓練では鉄拳制裁てっけんせいさいは当たり前だ、とも言っていた。


 つまり『監督』の指示にそむけば殴られると言う事だ。


 痛いのは慣れている、だが自ら殴られような真似はしない。


 ところが『銃』の扱いは相当に面倒なものだった。



 ある日、些細なミスを犯した私は初めて『監督』から鉄拳制裁を受けた。


 弾丸が発射される銃口が『一瞬』だけ仲間に向いた、と言うのが理由だ。


 鉄で出来た『ヘルメット』とかいう帽子を被っていても痛みを覚える程に強烈な一撃だったのを覚えている。


 『理不尽な暴力を振るう俺が憎いか?ならばその憎しみで引き金を引け、そうすれば当たる』


  『監督』は制裁の後にかならずそう言った。


 しかし私にはそれが理不尽な暴力とは思えなかった。


 何故なら私は、あの掃き溜めで本当の『理不尽』を経験しているからだ。


 親を自称するあの2人と『監督』、一体何が違えば『理不尽』にここまでの違いが出るのだろうか?


 そんな事を考えながら引き金を引くが、私の的は穴一つない綺麗なままだった。


 結局、浮ついた気持ちで放った弾丸が的に当たる事はその日、1度も無く。


 無駄弾を撃った罰として私はその日、全員分の靴磨きを命じられた。


 仲間達の軍靴を黙々と磨き続ける中、私は『監督』の『理不尽』に訳もわからずに涙をこぼした。


 そして、ほんの少しだけここへ来て良かったと底から思えた。  



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 私が『監督』の下へ来て1年が経ち、私もある程度は卒無そつなくこなせるようになった。


 それと週に1日だけ自由に過ごす日が貰えるようになった。



 その頃の私は十分な食事と日々の運動のおかげでいちじるしい成長の痛みに苛まれていた。


 あの掃き溜めで死なない程度の食事しか貰えなかった事を考えれば、その分を取り戻す勢いなのだろう。


 やがて、それらが収まる頃には私は『女』らしい体つきになってきた。



 仲間達が鏡の前で己の引き締まった肉体に悦を感じる中、逆に私は鏡の前に立つ事が減った。


 別に体つきに自信が無い訳じゃない。


 自分で言うのも変な話だが、私は同年代の中では一番引き締まった体つきをしており、常に羨望せんぼうの眼差しを受けていた。


 

 だが私には、その女らしい体つきがこの上なく不快で堪らなかった。


 特に私の顔だ。


 思い出すのは私を産み落とし、自分のオマケとして商売相手に抱かせた母親を自称する女。

 

 鏡に映る顔があの女と瓜二つだからだ。   


 それこそ顔の皮を剥ぎ取りたい程に自分の顔つきが憎らしい。


 しかし生まれ持った顔を変える事など不可能だ、それでもあの女の生き写しでありたくはない。 



 だからこそ、その長い髪を残酷なまでに短くするのに迷いはなかった。


 鏡の前に立ち、適当にハサミを走らせ髪を切り落とす程に鏡の私が別人へと変わっていく。 


 やがて散らした毛髪の上で鏡に映る私の顔にあの淫売ははおやの面影は無く、男とも女とも見える彼女キャロラインが居た。


 もうキャロラインではない。


 私は『キャロライン・ソーン・エルマベルケ』として生まれ変わったのだ。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ある日、私は体調を崩した。


 身動きが取れない程の苦痛を味わった。


 翌日医務室で診断してもらうと、それは女性に定期的に訪れる体調不良らしい。


 医者からは薬と『『夜の付き合い』をするな』という忠告を処方されて医務室から解放された。 


 誰が『母親の真似事』をするものかと内心腹が立った。

 

 『監督』から体調が戻るまで安静待機を言い渡された、運動もしばらくは禁止だそうだ。


 運動以外にする事など皆目かいもく見当けんとうの付かない私はただ建物をうろついた。


 途中、私と『同じ理由』で暇を持て余す仲間達と会ったが交わす言葉など無く、軽い挨拶だけに終わった。


 私達が日々を過ごす建物の中、普段使わない区画の一室に大量の本が並ぶ部屋を見つけた。


 興味本位で施設の管理者に利用を申請して、部屋に入った。


 そこで私は生まれて初めての読書に興じた。



 美術の本に描かれた鮮やかな風景画に心を奪わた。


 独特の世界観を持つ冒険小説に魅了された。 


 時には叶わぬ恋物語の結末に、目を赤く腫らす程に涙を流した時もあった。


 やがて私は手当たり次第に本を読み漁るようになり、週に1度の休日が待ち遠しく思うようになった。

 

 本を開いてから読み終えるまでの短く濃密な時間は、荒涼こうりょうとしていた私の心に鮮やかな色彩いろどりを与えてくれた。


 かつて心無い言葉によって殺された私という『個人わたし』さえも生き返ったような気がした。

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