【百合短編】太陽の女神と雪の姫
<1>
払暁の闇に包まれた丘が、東から徐々に白んでいく。
初春の丘をゆっくり登ってくる一人の美しい女性。髪は輝きたなびくブロンド、まとうは黄金色の薄絹。彼女こそ、太陽の女神ラ・ソール。
ごく一部のもの以外、皆が彼女を愛していた。特に草花や木々は、彼女が現れると喜びに打ち震える。
植物や動物たちにラ・ソールが微笑みを投げかけていると、視界に一人の美しい乙女が映った。
髪は雪のように白く、細やかな肢体をこれもまた雪のように白い薄絹が包んでいる。そしてなにより美しいのが、青く澄んだ瞳。
女神はその娘にひと目で惚れ込んでしまい、近寄って話しかけようとした。しかし、彼女に近づこうとすると手を振り、「来てはいけない」という意思のこもった合図を送ってくる。
「麗しいお姫様、あなたの名前を教えてくださる?」
やむなく、離れたところから語りかけるラ・ソール。
「わたしは雪の女王の娘、スノーローバ。あなたはきっと、噂に名高い太陽の女神ですね?」
はにかむスノーローバ。しかし、その笑顔はどこか寂しそう。
「はい。私の名前は、ラ・ソール。どうやら、あなたに恋してしまったようです。どうか妻になってください。女同士であることなど、私にとっては些末なこと。あなたにすべてを捧げましょう」
その場に片膝つき手を差し伸べて、求婚を申し出る女神。
「あなたのように、偉大で美しい方と結ばれるのは嬉しいことです。でも、それはできません。わたしの一族の誰かがあなたと結ばれると、わたしたち一族は力尽き、その日のうちに死ぬと伝わっているのです」
寂しげにうつむく雪の姫。その顔には、悲しみが現れていた。ラ・ソールもまた、深い悲しみの表情を浮かべる。
「では、もう二度とあなたに会えないのですか?」
「いいえ、女神様。朝であれば、こうしてお会いすることができます。わたしも、あなたとできる限りこうして言葉を交わしたい。この場所で、お待ちしております」
スノーローバが微笑む。儚げで優しい笑顔に、ラ・ソールはさらに心掴まれときめくのであった。
<2>
ラ・ソールはすっかりスノーローバに夢中になってしまった。
翌朝も、そのまた翌朝も。毎朝通い詰めては、木々や動物の話など他愛もない話に花を咲かせる。
そうしたささやかで幸せな時間が過ぎていったが、ある日女神は雪の姫に触れたい心を抑えられず、こう切り出した。
「愛しいスノーローバ。私はどうしても、あなたに触れてみたい。もしかしたら、あの言い伝えは嘘かもしれないでしょう?」
「ラ・ソール様。わたしもあなたを愛しています。わたしも、あなたと触れ合いたいという気持ちが抑えられません。手をお取りください」
手を差し伸べる雪の姫。女神がその手を取ると、ひやりとした感触が伝わってくる。逆に女神の手は温かであり、二人は互いの違いにとまどいつつもその感覚を愉しんだ。
「ああ、やっぱり言い伝えは嘘だった! スノーローバ、私とあなたはこうして触れ合い、愛し合うことができる!」
「なんということでしょう、どうやらそのようです。女神様、わたしを抱きしめてくださいませ」
抱擁を交わす二人。冷ややかさと温もりが入り混じり、互いを感じ合う。それは、なんと幸福なことであろうか。
「スノーローバ……」
「ラ・ソール様……」
互いに名を呼び合いながら自然に唇を近づけていき、接吻を交わす。だが、それがいけなかった。
急激に力が抜け、崩れ落ちそうになるスノーローバ。ラ・ソールが慌てて支えるが、雪の姫の体が溶ける雪のように崩れていく。
「愛しの女神様、やはり言い伝えは本当だったようです。やっとあなたと愛を確かめあえたと思ったのに……」
女神は気も狂わんばかりに姫の体を掻き抱き名を叫ぶが、彼女は水たまりとなり地に消え去った。
<3>
あれから一年の月日が経った。
ラ・ソールが、ひとときも忘れたことのないスノーローバの面影を求め想い出の丘をさまよっていると、とても美しい花が咲いていることに気付く。
淡い青の花弁。その青は、スノーローバの美しい青い瞳を想い起こさせた。
「ああ、スノーローバ。この子は間違いなく、私とあなたの娘……」
女神の目から一滴の涙がこぼれ落ち、褐色のしみとなり葉に宿る。
我が子をそっと手で包み、ラ・ソールは愛と祝福を贈った。
春にもっとも早く咲くその子は、人々に雪割草と名付けられることになる。
<制作秘話>
シートン魔改造百合シリーズ二作目となる本作の元ネタは、「森と自然の物語―春に見ることができるもの―」収録の掌編、「雪の子”青目”―ユキワリソウの物語―」というドマイナーエピソードです。
大筋は変えていませんが、細かい描写とラ・ソールとスノーローバのキャラにだいぶ改変を加えています。
というわけで、キャラ語り行ってみましょう。
・ラ・ソール
原作では「エル・ソール」。スペイン語でまんま「太陽」という意味ですが、女神にするにあたって男性形「エル」から女性形「ラ」に冠詞を変えています。
また、原作を読み返したところ、結構ドライでなおかつかなり身勝手な好感の持てないキャラだったので、慈悲深く優しい性格に変えました。
原作では細工師がどうこうとかいう説明があるのですが、百合的にどうでも良かったので省いています。
・スノーローバ
原作ではエル・ソールに無理やりキスされ絶命するという救いのない有様だったので、スノーローバからも接触とキスを求めさせています。
原作では「霜の精の大王の娘」となっていましたが、語感が悪いので作中のように変更しています。