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異世界旗振りマン  作者: バーサーカーおじさん
1/1

乳児期1

Q.テンプレにテンプレを足してテンプレで割ると何になると思う?

1


 後悔のない人生だった。日本という国に生まれ、親が定めたレールに乗って大学まで進学し、そこそこの企業に就職して見合いで結婚した。適度にサブカルチャーを嗜んでは嫁から小言を貰う日々だったが、我が子が家を巣立ってからは彼女も俺とともに没頭した。特に好んだのはアナログゲームの類で、TRPGなどの複雑なモノからジェンガなどの簡単なものまで幅広く楽しんだ。定年の頃にはアナログゲームで遊べるカフェを経営できるようになるほど、それらは多岐にわたった。孫が遊びに来るたびに人生ゲームをしたのも今となっては懐かしい。


死は近づいている。


 人生はキャラクターシートを入れ替えられるようにはできていない。あと数分もしないうちに俺の長い長いキャンペーンはエンディングを迎える。薄れた視界に映る嫁の姿を見て、そういえば平均寿命は女性の方が長かったなと、本当にどうでもいいことを考えていた。先述した店は息子に譲り、俺が参加していたゲームは全て一区切りがついた。遺書も書いた。遺産もある。後悔は―――


一つだけあった。


 俺はこの人生で一度たりとも一番というものを経験してこなかった。ここでいう一番とは身内の評価ではない。シビアで、何の忖度もない集団の中で、俺は一番というものを経験したことが無いのだ。かけっこ、テスト、バレンタインのチョコレート、業務実績、どれをとっても、そこそこでしかなかった。それだけが本当に心残りだ。


 こうしている間にも死は近づいている。手足の感覚はすでにない。後悔はある。だがいい人生だった。見てみろ。枕元には嫁がいるぞ。右手には息子たちがいる。左手には孫たちがいる。大往生、素晴らしいじゃないか。俺がこのキャンペーンのGMなら、俺を遊んだプレイヤーに拍手喝采を与える。飲み会で一杯くらいは好きな酒を奢ってやってもいい。俺という人間をよくぞここまで遊びつくした。


おめでとう、今日の打ち上げはお前が主役だ! さぁ存分に飲んで喰らえ!


 だが強いて言うならば、能力値を決めるときにあと三回は振りなおして欲しかった。せめてもう少し筋力が高ければ……。やめよう。過ぎた話だ。現実と妄想の区別がつかなくなってきている。そろそろお迎えの時間だ。そうだ。俺の最後を看取ってくれた彼らに一つだけ、言っておきたいことがある。残った生命力を振り絞り、目を開いて、言った。


「わが生涯に、一片の悔いなし」


 これでお終いだ。俺はゆっくりと目を閉じ、流れ出ていく感覚に身を任せて―――







 身を任せて、どこかに飛び出した。


 何が起こった!? ここはどこだ? 目が霞んでよく見えない。最初に感じたのは怯えだ。次に恐怖、そして安堵。死という永遠の眠りから放り出された俺は訳も分からず叫んだ。爆音だ。もはや自分が何を言っているのかすらわからないほど叫んで叫んで叫び倒した。そして叫ぶ気力もなくなったころに、俺は何か大きなものに抱きかかえられていることに気付いた。俺は確信した。きっとコールドスリープで未来に送られたんだ。そして発展した医療技術によって死の淵からよみがえったのだ。今俺を支えているものはきっと生命維持装置か何かで、俺は治療後のショックで未来の空気に適応できていないだけなんだ。そう思うと安心した。きっと2、3日もすれば慣れるだろう。


「あらあら、すっかり眠くなってしまったようね」


「仕方ないですよ奥様。いくら元気な赤ん坊とはいえ、空が青から赤に変わるまで泣き続けていたのですから。むしろ、ここまで元気だとこれからの子育てが不安でございます」


「婆やったら、そんな恐ろしいことを言わないでちょうだいな。まさかダニエルよりも手がかかるなんて言うんじゃないでしょうね?」


「いえいえ、わかりませんよ? 壁中を探してもこれほど長い産声を上げた赤ん坊はいないに違いありません」


「もう、それ以上私を怖がらせたら怒りますからね」


「申し訳ありません、奥様」


 楽し気な会話が聞こえてくる。何語かはわからないが恐らく英語の類だ。いやもしかすると長い年月を経て発展した独自の言語という可能性もあるのか? 未来語の可能性も十分にある。意思の疎通は早急に行うべきだ。でなければ俺を未来に送り込んでくれた愛しい家族たちとの面会も遠のいてしまうだろう。俺がこうしているということは同じ施設に嫁もいるはずだ。俺だけを延命させるだなんてうちの息子たちがするはずがない。俺を見下ろしている女性たちの会話を必死に聞き取りながら、俺の意識は睡魔にさらわれていった。





 あれから数日が経った。俺の視界は未だぼやけたままで、会話の内容はまるっきりわからない。この段階になって俺はここが未来ではない可能性について考えていた。手足の感覚もおぼつかない。ただ一つ出来ることと言えば叫ぶことのみだ。俺は叫んだ。リズミカルにダイナミックにエモーショナルに叫んだ。暇だったともいう。


 そのおかげで一つ分かったことがある。それは、俺が言葉を喋れないということだ。なんというか口が回らない。「あ」と「う」しかいえない。もし俺がコンピューター技師ならばこの二文字だけで意思の疎通を行えたのだろうが、残念ながら二進数は6桁までしか扱えない。あうあうああ。


 最近の俺のトレンドはもっぱら、聞こえてくる会話のまねをすることだ。複雑怪奇な未知の言語を「あ」と「う」だけで再現する遊びに俺は憑りつかれていた。コンピューターが世界の発展を加速させたことから二進数には無限の可能性が秘められていることは既知の事実だったが、まさか二進数のみで一日中遊べる暇つぶしとしても活用できるとは予想外であった。


「レオン、貴方の母ですよー」


 俺は困惑した。推定「え」の音と「ん」の音が同時に来たのだ。この文字列は何度か聞いているが「あ」と「う」しか発音できない俺には極めて高難易度なクエストなのだ。早い話レオンから先の言葉が全く頭に入って来なかった。俺がアナログゲームに傾倒していたことから分かるように、俺は「え」と「ん」の音を二進数で表すことはできない。こんな時は決まってこう叫ぶのだ。


「あうあうああああああああああああ!!!!」


「まぁ、坊ちゃまったらとても喜んでおられますよ?」


「うふふ、自分の名前がもうわかるようになったのかしら? 天才でちゅねーよしよし」


 その文字列やめろ!!!!!!


 こんなに抗議しているにもかかわらず彼女は決まってこの文字列を俺に向かって投げかけてくる。彼女はそのレオンという三文字を再現できない俺の苦悩と、それに伴うストレスをまるで考慮に入れていない。医療に携わる者として患者の精神状態を察知できないのは非常に大きな欠陥だと言えるだろう。


「母ですよー」


「あああうあー」


「おーよしよし!」


 だがそれも仕方ないのだろう。なぜならば彼女はこの巨大な生命維持装置越しに私に接しているのだ。この妙に柔らかい人肌を模した絶妙な温度の装置表面からは、コールドスリープから目覚めた患者が未来に適応できずに精神を病んでしまわないための匠の技術を感じる。まるで母に抱かれているようだ。バブみ、という言葉が頭をよぎった。


「でも、この子が大人しい子でよかったわね」


「まだまだわかりませんよ? なにせまだ二日しかたっていないのですから。子どもは歩き出してからが本番というでしょう?」


「確かにダニエルも歩き出してからが大変だったわ。魔法を使えるようになるともっと大変かも」


「ああうあうああう」


「おーよしよし」


 俺は最大限の努力を行いながらその日を過ごしていくのだった。





 時は過ぎ、半年。俺はいい加減ここが未来だという考えを完全に捨て去った。というのも、視力が安定し始めたころから生命維持装置だと勘違いしていたものが実は巨大な人間で、俺の手足はふくっらと短くなっていることに気付いたためだ。


 そう、俺は転生したのだ。


 まさか俺というプレイヤーのままキャラクターシートの変更が行えるとは夢にも思っていなかった。家族に会えないことはとても悲しいが、それも過ぎた事。俺は今の人生を生きていくと決めたのだ。


「坊ちゃま、やっと元気が出てきたようで安心しました」


「本当によかったわ。泣き声もあげずにただぽろぽろと涙をこぼすなんて、私なにかこの子に悪いものでも食べさせてしまったのかと」


「えぇ、私も先代から教わった子守の技に何か間違いでもあったのかと心配でございました。本当に、以前のように元気に泣いてくれて、婆やほっといたしました」


 それに伴って、彼女たちの会話も少しずつ分かるようになった。レオンというのは俺の新しい名前で、この世界には魔法と思わしきものがあるということだ。魔法である。呪文を唱えるあの魔法だ。現に俺は「婆や」なる人物が部屋の埃を杖の一振りで消し飛ばす様子を目の当たりにした。衝撃だった。もしここが異世界だということに気付いていなかったらあの現象も未来式ワイヤレス掃除機だと勘違いしていた事だろう。というわけで俺はこの世界が異世界だということに気付いた。


 異世界と言えばなんだろう。そう、ステータスだ。


 なんかこう魔法的な力でなんやかんやして古代文明の利器で己の能力を読み取って数値化するのだ。もしくは経験値なんてシステムもあるのかもしれない。頑張った分だけ経験値が貯まるのだ。そしてどこからともなく戦士の技能が生えてくるに違いない。横並びは自身を強くするための極めて効率的な方法なのだ。


 こんなことをつらつらと考えたところで俺に出来るのは叫ぶことのみ。だが俺は大人だ。夜泣きはしない。なぜならば寝る前に必ず用を足しているからである。これが知恵というものだ。そして驚いてほしい。おれはついに「え」の音を発音することに成功していた。あえあえあう。


 まっとうな言葉を話すことができる人間にはわからないかもしれないが、俺にとってこれは脳のシナプスがバチバチと火花を散らすほど衝撃的な出来事だった。舌が動いたのだ。「え」という音は下の後ろの方を動かさなければ発音できないということに俺は半年の間気付いていなかった。盲点だった。言葉は下を動かさなければ満足に扱うことはできないのだ。ずっと唇の動きしか考えていなかった俺にとってまさに天啓だった。そこで俺の半年の成果を聞いてほしい。


「っえーーーい!」


 聞いたか!? 俺は下を動かすことを学習した後、瞬く間に「い」の音もマスターしたのだ。もちろん「お」の音も履修済みだ。つまり俺はこれで五十音における最初の一歩を踏み出したことになる。新しい人生において極めて重要な一歩だ。


「おー、お乳が飲みたいんでちゅかーよしよし」


「すぐにご用意いたします」


 惜しむらくは俺の食事は母から直接摂取できないということだ。これが異世界特有の文化なのか、単に母親の乳が出ないのかはわからないが、それだけが不満であると言える。おっぱいはロマンだ。ただの栄養補給ではないのだ。思うに人間は古来より乳首というものに何か神聖なものを感じているに違いない。なぜならば歴史に残る名画には皆乳首があるからだ。湯気で隠すという文化が生まれたのはいつからだろうか。いや乳首が恥ずべきものだと考えられるようになったのはいつだろうか。人間に本来備え付けられた機能を無きものにするなんて鼻を描かない人物画と大差ないじゃないか。画竜点睛を欠くという言葉があるように最後の最後まで入魂しなければ意味がないのだ。俺はチラ見せよりモロ出し派なのだ。


 だが出された食事は慎んでいただく。俺は大人なのでお残しはしないのだ。よく食べてよく叫んでよく寝る。これが今の俺のライフワークだ。今日も俺が疲れるまで叫び続けるとしよう。









A.2

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