ルーナの手紙と男性陣
その頃、王宮ではやっと令嬢たちから離れられたギルバートがアタナシアを探していた。
かれこれ数十分彼女を探しているが、見つからないことに焦り始める。
「殿下! ここにいらっしゃいましたか」
「なんだハリス、どうした」
ギルバートの側近であるハリスがロンを連れて近くに来る。
「えっと。単刀直入に尋ねます。おい殿下、貴様シアに何かしたのか? 返答によっては外に飛ばすぞ」
「……話が見えないんだが。とりあえず外に飛ばすのを前提にするのはやめてくれないか? あと魔法は私には効かないこと、忘れてないかい」
いきなりアタナシアの兄であるロンが尋ねてくる。自分が彼女に何かした記憶はない。話が全く見えない。何を言いたいんだろうか。
「だから、シアに婚約破……あっ違う婚約について何か言ったか」
「……今何を言おうとした?」
ギルバートの纏う空気が一変する。
「いやっ、何も。婚約についてだ」
「その前だ」
「何も言ってない。空耳だ空耳。殿下は耳悪くしたのか?」
「……まぁそう言うことにしておいてあげよう。で、婚約がどうしたんだ。まさか破棄したいとシアが言ったのか?」
先程の彼女の表情が脳裏を掠める。
「いや、そんなこと言ってないぞ。お前がそれとなく妹に言ったのか?」
「冗談はよせ。そんなこと言うわけないだろう? 何年彼女を想ってきているのか…………君も知らないわけがないだろうに」
「そうだよな。言うわけないよな。ならいいんだ」
ホッと安堵しているロンを見て何故当たり前のことを聞くのか理解出来なかった。
もしかしたら気付かぬうちに彼女を不安にさせたのかもしれない。
(からかったからかな。それとも……いや、ありえないな。きっとからかったからだ)
「殿下、ところで妹は一緒ではないのか?」
「いや、私も彼女を数十分探しているのだが見つからないんだ」
「え!? まさか……誘拐……」
ギョッとロンが大袈裟に反応するが流石にそれは無いだろう。それがあったら王宮の警備が甘すぎる、ということになる。
それよりも可能性があるのは────
「いや、休憩室に連れてかれた可能性もある」
「もしそうだったら……父上がやばいですよ」
「やばいだろうな。今回は王宮の建物が凍りつきそうだ。本当だったら、の話だが」
周りに緊張が走る。本当に先程考えていたことになっていたら……。
「あの……ラスター公爵家のご子息様ですよね。手紙を預かっています」
ギルバートとロンの間に流れる空気が怖かったのだろう。一人の侍女が緊張した面持ちで手紙をロンに渡しに来た。
「あぁ私だ。ありがとう」
「いえ、それでは御前失礼致します」
ロンが手紙を受け取って、彼女は仕事に戻っていった。
「ルーナからだ。……殿下、アタナシアは無事です。家に先に帰ったようです」
中身を開封して読み終わった彼が言う。それは良かった。それなのになぜ彼は眉間にシワを寄せているのだろう。
「どうした? 無事なのに何故、眉間にシワを寄せているんだ」
「寄せてました? ちょっと父上の所に行かなければいけない案件が出来たので失礼しますね」
そう言ってロンは早足に公爵を探しに行く。
「殿下、そろそろお時間です。前の方へ」
「あぁハリス分かった」
微かな違和感と不安が残るが晩餐会は終わりへと動いている。ギルバートは靴音を立てて父の元に戻った。
◇◇◇
ロンはもう一回歩きながら手紙を読んでいた。
アタナシアが、嫌がらせを受けて泣いただと? 本当か? ここに書かれている内容は。もう一度手紙に目を通すが内容は変わらない。
でも信じられない。いつもは嫌がらせをされても凛と立って前を向いているあの子が? 公の場では何をされても笑顔で弾き返す妹が?
この手紙の内容を父上が知ったら即座に嫌がらせをした令嬢を突き止め、家ごと取り潰そうとするだろう。しかも、それを実行出来る権力を保持している。
それ故に妹は父上がそんな馬鹿なことをしでかさないように、嫌がらせを受けても今までは何も教えず、悟らせず、隠そうとしていた。
それなのに今日に限ってルーナを見た途端泣いたのには何かいつもと違うことをされたからに違いない。
そんなことを考えながら父上を見つけるために人を掻き分け談笑している大人達の集団に目を懲らす。
──いた、父上だ。
「父上、談笑中の所すみません。耳に入れて頂きたいことがありまして」
「何だ? 後でじゃだめなのか?」
「後ででもいいですが、アタナシアのことですよ」
「……早く言え! シアがどうした」
「それが……」
耳元に顔を寄せて先程の手紙の内容を伝える。
「……その家潰していいか?」
ほら、言ったこっちゃない。潰す気満々だ。
「父上、ダメです。あと、冷気出すのをやめてください。周りが凍えます。それに妹や母上にも嫌われますよ。口を利いてもらえなくなる結果になってもいいのですか?」
「……嫌だ。でも相手を野放しにするのも許せない」
「父上、頭を冷やしてください。シアの靴をわざと汚した相手が下級貴族だった場合、そんな馬鹿なことをするでしょうか。こちらは公爵家で圧倒的に力の差があります。後ろに大きな家が付いていると思いませんか」
「そういう線もあるな。我が家と政敵なのは……あそこは娘にもいちいち突っかかって来る家だな十二分にあり得る」
忌々しいダンバル侯爵。あそこは毎度自分の出す政策に反対し、妨害してくるから嫌いだ────とブライアンは思う。
「そうですね、その線が濃厚かと。ですがまだ決まったわけではないのと、潰すのは止めてくださいね。凍らせるくらいなら私が何とかしますけど」
「分かってる。黒幕を見つけて少し痛めつけるだけだ」
「……あんまり過激なことしないで下さいよ。後処理が大変になるので」
父は家族のことになると見境が無くなるのでひやひやする。
「それよりも、殿下に報告したらどうなるだろうな。そっちの方がいいと思わないか? 殿下ならきっと証拠隠滅して、元々いなかった者のように振る舞うぞ」
父は意地が悪そうな笑顔を浮かべている。
(普段はひ弱な宰相……みたいな感じなのに)
強く出るのは決まって家族が悪く言われていたり、されていたり、絶対零度を放ったりしている時だ。
それ以外では人が変わったかのように大人しいし、至って普通の貴族である。
「人のこと言えないが、殿下もシアのことになると別人になるからな」
「………考えるだけで頭が痛くなるので、絶対に殿下には言わないで下さい。父上が手を下すよりももっと後処理大変なので」
想像しただけでやつれそうだ。
一度妹が誘拐されそうになった際のことを思い出して身震いする。あの時は殿下が鉄槌を下したが、後処理に自分の執務室の天井までの高さの書類の山が四個くらい出来ていた。
それだけで絶句していたのに、そのあと様子を見に来た殿下に追い打ちをかけられた。
『……この山を私ひとりで裁くのですか? 私、父上の補佐もしないといけないのですが……』
『何を言ってるんだい。この山以外にも書類あるから処理してくれよ? 三日で。元々は君がシアから離れたことによって攫われそうになったんだからこれくらいすぐに処理できるよね?』
『いや……できな……』
『何か言った?』
『いやっ何も言ってないです。はい……やらせて頂きますよ……』
たらりと嫌な汗が出てくる。殿下は怒りを顕にしていた。
顔全体は笑っているが、目が笑っていない。凍てつくような冷たい瞳だ。あの時は殿下も氷魔法ができるのかと疑ったくらい周りが凍りついていた。
口答えしたらこちらの身の安全が危うくなる。大人しく捌き始め、睡眠を削り、やっとの事で終わらせた後。終わった安堵感でその場で意識を手放すほどだった。
そんなことを思い出したら絶対に殿下には今回のことは言えない。命がなくなる。
まあ私も嫌がらせをした令嬢は許さないし、何か報復しないと気が済まないが。
結局私も、ギルバート殿下や父と同じで妹のことが心配で過保護なのだ。
妹は鈍感なので多分気付いていないけど。