かけらを掴む(3)
ギルバート殿下と同様に魔具で瞳と髪の色を変えた私と彼は、歌劇場に到着した。一応お忍びで来ているので、普段よりもエントランスから遠い場所に馬車を停めた。
殿下の手を借りて馬車から下りると既にチケットを持った人々が列を成していた。
ギルバート殿下と私はその横を通り過ぎてそのまま会場内に足を踏み入れた。
本来ならば列に並んでチケットを確認してもらう必要があるのだが、私たちのチケットはプレミアムボックス席。そのため、お忍びだが貴賓扱いとなる。つまり、優先的に入ることができるのだ。
別に設けられた場所でチケットを従業員に渡し、席まで案内していただく。
案内された座席は半個室になっており、舞台を見下ろす位置にあった。座席は柔らかく、ゆったりとしていて、肘掛けも備わっている。隣の小さなテーブルにはオペラグラスがきちんと用意されており、遠くからでも舞台の様子がはっきりと見えるよう工夫されていた。
(ここからならしっかり見えそう!)
私は手すりに手を置いて少しだけ身を乗り出してみた。階下の座席は人が多くザワついている。観客がどんどん入場しており、舞台が始まる頃には満席だろう。
二階からの景色に満足した私は殿下の隣に腰掛ける。
しばらくすると照明が落とされ、舞台の幕が上がった。
原作一巻を元にされた舞台は少し変更が入っているものの、原作準拠で物語が展開されていく。私はハラハラドキドキしつつも、男主人公が何十回もループしてようやく恋人を幸せに導くクライマックスで涙腺が崩壊して滝のように涙を流してしまった。
「とっっても良かった……!」
出演者全員で行われたカーテンコールにて、手が痛くなるほど大きな拍手を送る。
こんなにも感動する物語は久々だった。原作を何度も読み返したので思い入れもひとしおで、今日この劇を見に来られて本当に良かったと思う。
「ギル、誘ってくれてありが────」
改めて入手難易度の高いチケットを手配してくれたギルバート殿下にお礼を述べようと顔を向けたのだが……。
彼は形容しがたい表情で出演者を見つめていた。その瞳は憂いを帯びていて、けれども劇の感動から来るものには見えない。拍手をしながらもどこかぼうっとしている。
(どうしたのかしら)
「ギル?」
私が声をかけてようやく意識がこちらに向く。ギルバート殿下はパチリと緩慢な瞬きをした。
「ごめん。拍手の音に紛れて聞こえなかった。もう一度言ってくれないか」
さらりと誤魔化しの言葉が出てきた。聞こえなかったのではなく、聞いていなかったのだろうに。
「ううん、些細なことだから気にしないで」
「そうかい?」
なら良かったと殿下は続ける。
するとタイミング悪くコンコンコンコンッとノックが響いた。背後にあるドアに彼が向かう。どうやら劇場のスタッフらしかった。
その人は腕に紙袋を提げていて、迎え入れた殿下に渡して去っていった。
「これはシアへだね」
戻ってきたギルバート殿下がまだ座っていた私に手渡す。何かしら? と袋の仲をのぞき込むと。
「あ!」
素晴らしい劇に心を持っていかれてすっかり忘れていた、プレミアムボックス席の特典だ。恐る恐る袋から取り出し、台本を開いてみる。表紙と次のページの間に薄紙が挟まれており、表紙裏に原作者の方のサインが書かれていた。
私は折れ曲がらない程度にぎゅっとサイン入り台本を抱きしめつつにっこりと笑った。
「ギルのおかげだわ。本当にありがとう」
お礼を伝えると、彼も軽く表情を崩す。その瞳には先程のような憂いは跡形もなく、いつもの優しい温かな眼差しだ。
「シアの喜んでいるところを見ると、頑張った甲斐があったよ」
軽く私の頭を撫でる。
「ではロビーが混雑する前に外に出ようか」
台本の入った袋をギルバート殿下は持ってくださる。そうして差し出された手を取って私達は劇場を後にした。
「変装したのはこの後の為だって言っていたけれど、これからどこに行くの? 馬車で移動しないの?」
「街のちょっとしたところ。歩いて行ける場所だから、御者はここに待機させて後で迎えに来てもらうよ」
殿下は馬車に戻らず来た道を歩いて戻っていく。劇場は街の中心部に位置するので、街頭は人通りが多い。
太陽はほぼ沈んでいる。ポツポツと灯り始めた街灯が、暗くなった街を明るくしていた。
「今日、王都では何が開催されるか知っているかい」
「…………何かありましたっけ」
よく分からず、首を傾げてしまう。
ここ数年アルメリアに滞在していたからか、ソルリアの行事が頭から抜けているのかも。
「お祭りさ。シアの留学中に新たに始まったんだ」
ギルバート殿下は人々の流れに乗って進んでいく。どんどん人が多くなり、着いた場所は賑やかな広場だった。広場の端には様々な露店が出店しており、ジュウジュウとお肉や野菜が焼けるいい匂いや、お菓子の甘い香りが風に乗って届く。
「ほら、見て」
ギルバート殿下は広場から少し脇に逸れた小高い丘の上に到着すると、空を指さした。
つられて視線を上げると、ドォーンッと大きな音ともにひとつの花火が打ち上がった。漆黒の帳が下りている空に鮮やかな赤が散っていく。次々と打ち上がる花火の重低音が体の芯にまで響いてくる。
「わぁ」
色とりどりの花火が夜空を彩る。きらきらと火花が散って空に溶けていく最後の最後まで美しい。花火を背にした殿下は穏やかに話しかけてくる。
「シア、いつか見てみたいと言っていたから」
(そうだったっけ?)
いつ言っただろうか。あやふやになってしまっていて覚えていないけれど、多分手紙で彼に伝えたのだろう。
ギルバート殿下が誘ってくれなければ、こんなにも綺麗なものを見逃すところだった。
次々と打ち上がる花火に負けないよう声を張って伝える。
「綺麗ですね。こんなにも大きな花火は初めて見ました」
「どういたしまして。急に連れ出してしまったけれど、喜んでもらえたのなら良かったよ」
「そうですよ! 今度からは事前にお知らせくださいね?」
彼は少し目を逸らす。
「ギル?」
「…………善処する」
あ、これはまた同じことをしそうな返答だ。
消えかけていた、ローズとの接触を妨害する為なのでは……? という考えが再度浮上してくるが、先程までの優しい眼差しを見るとそんな風には思えなくて、疑いを抱いてしまったことにちょっぴり申し訳なさを覚える。
(…………殿下は感情を隠すのが上手いから、長年そばにいる私でも全てを推し量ることはできないけれど……今日の彼は純粋に私に楽しんでもらおうと動いてくれていた)
チケットもこの花火も。
だから、今宵だけでも私も純粋に楽しもう。
「私あちらの料理が食べたいです! 小銭の持ち合わせがないので、ギルが奢ってくださいな」
わざと明るく話題を変えると、殿下は「ん?」とそちらを向き、露店の串焼きを目に止める。
「いいよ」
「やった!」
私が勢いよく返すと、ギルバート殿下は小さく笑って屋台へ歩き出す。
屋台のおじさんにお肉と野菜が交互に挟まった串焼きを注文する。作り置きではなく、注文してから焼いてくれるらしい。お肉と野菜にタレを塗り、焦げ目がつくまで焼く。
少し時間がかかるとのことで、私はちょうど良いタイミングで空いたベンチに腰かけて彼の戻りを待つことにした。
(……一度目の人生では二人でお祭りに出かけることもなかったな)
あんな風に彼が市井の者に交じって、列に並んで、小銭を数えて──宮廷では出てこないような焼き料理を買うなんて信じられない。
けれど髪色と服装を変えて焼き上がりを待っている殿下は街の中に溶け込んでいた。王子殿下ではなく、まるで普通の青年のようだ。
(……ローズに会いに行く時も、あのように変装して周りに溶け込んでいたのかしら)
──とそこまで考えて、ズンッと心が重たくなってぶんぶんと首を横に振った。今日の私はダメダメだ。
(楽しむって決めたのに、ローズと結び付けたら意味ないじゃない!)
ペシッと軽く両頬を叩いて、再度頭からローズを追い払っていると、熱々の白い湯気が立つ串焼きを手に入れたギルバート殿下が戻ってきた。
「熱いから気をつけて」
「ありがとうございます」
ふうふうと冷ましつつもひと口かじる。肉汁がじゅわっと広がって思わず笑顔になった。
「美味しいです!」
「うん、こちらのも美味しい」
そうして串焼きを堪能しつつ、打ち上がる花火を二人で見上げてその日は終わったのだった。




