かけらを掴む(1)
参加の旨を認めた手紙の返答はすぐに届いた。
差出人はリトルアナ夫人。つまりローズの母親である。
(お会いできるのを楽しみにしております──ですって)
リトルアナ家は子爵家だ。ダメ元で招待状を出したが公爵家、ましてや王子の婚約者である私が、家格が下である子爵家のガーデンパーティーに参加するとは夢にも思わなかったのだろう。
私が背負う肩書きは価値が高い。参加するだけでガーデンパーティーに箔が付く。だからわざわざ夫人が直筆で返事を寄越してきたのだ。
心做しか手紙の文面も躍っているような感じだった。
(歓迎するということは、夫人はローズと殿下の逢瀬をご存知ではない。もしくは、そもそもまだそこまでの関係性に至ってない可能性が高い)
ローズと王子の関係性が一度目と同じ且つ、夫人もご存知であるなら私の元に招待状など送ってこないだろう。
(……やっぱりまだなのかしら)
動けば動くほどその線が濃厚になってくる。
私はそっと手紙をテーブルの上に置き、再び考え込む。
(前世ではローズと王子の関係が本格的に始まっていたけど……出会わずにまだ気持ちを交わしていないのなら、これから出会うのかしら? だとしたらいつ、どこで?)
リヴハイルは閉店した。次点で子爵令嬢のローズがギルバート殿下と出会う可能性が高いのは王宮や上位貴族主催の夜会だが……。
(この数年の間に殿下が出席された夜会を全て調べるには時間がかかるわ。その前に断罪されてしまう可能性も無くはない)
──となれば、このガーデンパーティーは好機だ。彼らの関係がどの段階にあるのかを確かめるには、接触を図るのが一番だし手っ取り早い。リトルアナ夫人もローズも、私が何を考えているかまでは知らない。だからこそ、彼らの本音が見えるかもしれない場に顔を出すことに意味がある。
(ローズと殿下の恋路を邪魔するつもりはないわ。現状を確認して、この次の最善な行動は何かを決めるためよ)
色々変わってしまったことが多い。未来がどうなっているのか予測がつきにくくなってしまった以上、情報は沢山集めておきたい。
だけど、私はその理由を自分に対して何度も言い聞かせなければならなかった。なぜなら胸の奥がざわついて仕方がないからだ。
(……何を怖がっているの?)
自身に問うまでもなく、分かり切ったことだが。一度目の──ローズと彼が微笑み合う様子が蘇り、心臓が抉られるような心地なのだ。私があの時感じた悲しみと絶望が、足下から這い上がってくる気がした。
(でも、それでも。情報を集めなければ、また同じ結末を迎えることになるかもしれない。私は変えたいのに──)
怖くて避けていたローズとの対面は怖気付いてしまいそうだが、やるしかないのだ。
嵌めていた指輪をそっとなぞり、瞳を伏せる。
(断罪も処刑も……──なにより彼から嫌われることは……二度はごめんなの)
◇◇◇
いつもより丁寧に化粧を施してもらい、普段は着ないような深みのある赤いドレスに身を包む。支度を手伝ってくれたルーナが何度も確認してくるくらいには、私の好みとはかけ離れた装いだった。
「お嬢様、本当にこのドレスでよろしいのですか?」
「ええ、これでいいわ。ありがとう、ルーナ」
(たまにはこういうドレスも良いでしょう。形から喝を入れられるし、普段だと着る機会がないもの)
衣装部屋の奥にしまい込まれて死蔵されていたドレスだ。
それに服装から注目を集めることで、リトルアナ夫人やローズの興味を引いて話をするきっかけとなるかもしれない。
よし、やるぞ! と意気込んでエントランスホールに向かう。すると何やら階下が騒がしい。エントランスに客人なのか一人、佇んでいて執事が応対している。しかしながら、ドアから差し込む光によって誰なのか判別できない。
私は首を傾げながらも階段を下りていくと信じられない人が訪問客であった。
「っ!? ど、どうして」
思わず言葉を発するが、彼の表情はどこか穏やかで、私の困惑など気に留めていないように見える。
「シア」
柔らかく名前を呼ばれる。彼が次に放った言葉は、私の予想をはるかに超えるものだった。
「突然だけど、デートしよう」
「……は?」
耳を疑った。デート? なぜ今、このタイミングで?
「ちょうど今日空いているんだ。だから、ちょっと付き合ってほしい」
そう言いながら、突然現れた訪問客──ギルバート殿下は軽い笑みを浮かべる。まるで、私が誘いを断る可能性など考えていないかのように、自然な態度で話を進めてくる。
「ギル、ちょっと待ってください。今日は私、予定が──」
「リトルアナ子爵家のガーデンパーティーだろう?」
「ご存知ならなぜ?」
(知っていて、誘っているの?)
もしや、ギルバート殿下も参加予定があったのだろうか。それで私を迎えに──いや、今デートだと言っていた。ガーデンパーティーへの参加がデートなわけがない。
「『数年ぶりに帰国した婚約者の時間を独り占めしたい。今日しか空いていないので申し訳ないが譲っていただけないか?』とお詫びの品と共に断りの連絡を入れておいた。だから大丈夫さ」
「ですが」
帰国してからギルバート殿下の言動に困惑しっぱなしだ。何を考えているのか読めない。私の知っている一度目の殿下と乖離していく。
「シア、そんな顔をしないで。今日はただ、君と一緒にいたいだけなんだ。深く考えなくていいよ」
優しく微笑みながら近寄ってくる殿下を見つめる。
(深く考えるな、なんて無理だわ……!)
「……分かりました。ただ、少しだけ準備をさせてください。出かける先は街ですか?」
ようやく絞り出した声でそう伝えると、ギルバート殿下は頷く。
「そうだね。比較的動きやすい服装にしてくれるとありがたい。ここで待っているから、ゆっくり準備しておいで」
「いいえ! 応接室でお待ちください。ギルをご案内して」
執事に言いつけ、エントランスを出ていく彼を見送りながら、私は崩れ落ちそうな足で階段を再び上がった。
(どうして、どうしてこんなことに……? というか、何で私がリトルアナ子爵家のガーデンパーティに参加することを把握しているの?)
動揺で手が震える。ルーナに助けを求めるような視線を送ると、彼女もまた困惑の色を浮かべていた。
「お嬢様、殿下と何かあったのですか? 突然……」
「私にも分からないわ。とりあえずガーデンパーティーへの参加は取り止めて、殿下と出かけるしかないみたい。街に出るようだから歩きやすい着替えを用意してくれる?」
「……かしこまりました」
ルーナの手を借りて淡いクリーム色のドレスに着替える間、頭の中はギルバート殿下の言葉でいっぱいだった。
(この行動には、何か理由があるはずよ)
でなければ事前連絡をせず、ガーデンパーティー当日に、わざわざ我が家まで足を運ぶことで代替案を出せないようにし、妨害にも似た行為をしない。
(例えばローズと私を会わせたくない……とか?)
だとしたらやっぱり二人は既に出会っているのだろうか。この話は呆れてしまうほど堂々巡りしている。結局出会ったのか出会ってないのかどちらも確信が持てない。
(ギルバート殿下から何か掴めればいいのだけれど……私に出来るかしら? ローズから得るより大変そうなのよね)
中々骨が折れることだが頑張ろう。深く息を吸い込み、気持ちを切り替えて私は部屋を出た。