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記憶とのズレ(3)


「私の娘が結婚した年だから……十三年前か?」


 あごひげを触り、指を折りながら数える男性は記憶手繰り寄せている。


「十三年?」


 口から出てきたとてつもなく過去の年に私はただただ呆然と返す。


「失礼ですが、その記憶が間違っている可能性はありませんか」


 私の知っている未来と違う。だって、あのお店は──ローズが働いていたお店は確かにここにあったのだから。

 今でも覚えている。憎くて憎くて激情に駆られ、発散する場もないこのどろりとした感情を抱えながら、目に焼き付けた。


「娘が結婚した年を忘れるわけない。他国の商人の元に嫁ぐ前にリヴハイルのスープが飲みたいって言うから連れて行ってやったのさ。そしたら店の主人が今月中に店を畳むって、俺も酷く驚いたからよく覚えているよ」


 間違えるわけねぇと男性は断言する。


「というか、よく店の名前を知っていたな。お嬢ちゃんがまだ小さい頃だろう? あれか? 親に連れてきてもらったことがあるのか?」


「いいえ、そう……ではなくて」


 一度目の人生の記憶があるからだなんて言えるわけがない。


(唯一言えるのは私の行動で未来が変わっているのではなくて、私が記憶を取り戻す前から二度目の人生は一度目と違う道を進んでいるということ)


 似ているようで似ていない。少しずつ、だけど私の預かり知らぬところで敷かれているレールが変わっている。

 だとすると、これまでの私の努力も意味の無いものかもしれない。今後の未来も予想がつかない可能性があって、焦りが募る。


(とりあえず情報を得ないと始まらないわ)


「閉店した理由をご存知ですか」


「さあね、あっという間に店を畳んじまったんで周りも驚いていたよ。だが……」


「だが?」


「噂なら知ってる。なんでも大金が舞い込んできたんだとさ。一生働かなくても暮らしていけるくらいまとまった金で、店主は料理の腕を上げるために他国に修行に行ったと」


(信憑性はあるわ)


 一度目の人生でリヴハイルと呼ばれたこの店は、この付近に店を構える中でも群を抜いて美味しいと評判だった。特に様々な種類のスープはソルリア以外の国の郷土料理も含まれていて、店主は稼いだお金がある程度貯まると様々な国を放浪し、訪れた場所の料理を習得するのが好きだと豪語していたのが私の耳にも入ってきた。


(だとしたらギルバート殿下はローズとまだ出会っていない……?)


 殿下が彼女に興味を持った最初のきっかけは、「貴族の娘が何故働いているのだろうか?」という新鮮さからだった。そこを取っ掛りとしてギルバート殿下はローズに惹かれていく。


 お店が閉店したのは十年以上前のことだ。私と同年代のローズがお店で働くことはなかったはず。

 リヴハイルのあった場所の看板に目を戻す。掲げられているのは武器屋の看板。貴族であり、女性であるローズが武器屋で働くわけがないというか店の主人が雇用しないだろう。殿下も下町の武器屋に顔を出すことはないはずだ。


 つまり、ギルバート殿下がローズに興味を持つきっかけ自体が消滅している。


「お嬢ちゃんもういいか? 私も忙しいんだが」


「はい、教えて下さりありがとうございました」


 深く頭を下げて男性を見送った。彼の情報はとても有益なものだった。偶然の出会いだが、本当にありがたい。


「帰ろうかしら」


 リヴハイルが存在しない以上、ここにいてももう何の情報も得られない。念の為、武器屋の中もささっと見て回ったが初老の男性があくびを噛み殺しているくらい、閑古鳥が鳴いていた。


 馬車に戻り屋敷にへ向かうよう御者に伝える。


(…………もしかして、今度は婚約破棄されない?)


 ガタゴトと揺れる車内でふとした考えが胸をよぎり、私は自嘲の笑みを浮かべた。一度目の人生で私を地獄に叩き落とした二人。ギルバート殿下とローズが出会わなければ、あの悲劇も、私の無実の断罪も起こらない――そんな希望を抱くのは浅はかだと分かっている。


(運命なんて変わらない。二人が出会う場所が変わっただけかもしれない)


 そう自分に言い聞かせたが、それでも心のどこかで期待してしまうのが悔しい。

 破棄されないなら破棄されない方が絶対にいいのだ。そのまま幸せになれるなら。でも、一度目の人生を覚えている私はもし仮にこのまま何事もなくギルバート殿下と結ばれても、この先一生いきなり態度を硬化させた彼によって離縁を告げられないかと怯えるだろう。


「だから婚約は解消しなきゃ……」


「お嬢様、到着いたしました」


 御者の声に現実へと引き戻され、私は頷いて馬車を降りた。


 その後、ゆったりとした普段着に着替えた私は、偵察から帰ってきた私を出迎えてくれた執事にお願いし、自室に持ってきてもらった私宛の招待状を手に取っていた。


(リヴハイルで働いてないとなるとローズは今何をしているのだろうか)


 数年間、ソルリアを離れていた私は彼女と接点がない。茶会で見かけたことはあるだろうが、記憶が戻る前の私は彼女に興味を持っていなかったのであまり印象に残っていなかった。


(知ったところでどうせ意味もないし……と思っていた私が悪いわ)


 まさか二人が出会ってない可能性があるなんて想像していなかったものだから、何も行動をしなかった場合婚約破棄になることが既定路線だと信じて疑わなかったのだ。


「まずは現状をきちんと把握する必要があるわね」


 招待状の差出人をひとつひとつ確認し、目当てのものを見つける。招待状の封筒に書かれた家名はリトルアナ子爵家。そう、ローズの家門だ。


「ひとまずローズの様子を見て見ないことには何も始まらないわよね」


 彼女の邸宅で開かれるガーデンパーティーへの出席の旨をしたため、ラスター公爵家の家紋を封蝋に押して執事に預けた。

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