この恋心に終止符を
「本当にお世話になりました」
馬車に乗り込む前、見送りしてくださるアレクシス殿下とマーガレット王女にお礼を伝える。
するとアレクシス殿下は茶化すように言った。
「君がいなくなるのは寂しくて寂しくて……マーガレットの結婚式まで滞在を延ばさないかい」
「そうしたいのは山々なのですがどうしても帰らなければならない事情があって」
「それなら仕方がない。結婚式には参列してくれるんだよね」
「ええもちろんです! 何がなんでも参列します! なんてたって大好きな友人の門出ですから」
マーガレット王女に微笑みかけると彼女も恥じらうように笑う。
マーガレット王女とジェラルド様の結婚式は学園の卒業式から二ヶ月後、春から夏に移り変わる時期に決まった。
ジェラルド様は卒業後直ぐに結婚式を挙げたかったみたいだが、王女の降嫁とあって準備が膨大なのだ。各国から使者も参加するのでスケジュールの調整が難航した結果、ジェラルド様の希望と参列者の希望の中間をとった日程だった。
「アタナシア嬢はギルバート殿下と参列する予定だったかな」
「……ええ、その予定です」
(……彼が付いてきてくれるかは分からないけれど)
一応招待状はギルバート殿下の元に届いていて、参加を了承してくれているが、これからの私の行動でもしかしたら来ないかもしれない。
顔を強ばらせた私に気づいたマーガレット王女が、私の両手をぎゅっと包みアレクシス殿下に声をかける。
「お兄様ちょっと席を外して下さらない?」
「最後に仲間はずれかい?」
「もうっ! そういうんじゃないって分かってるでしょ!」
早くどっか行って! とマーガレット王女のつっけんどんな物言いに、アレクシス殿下はにこにこしながら去っていく。
いなくなったのを確認してからマーガレット王女は口を開いた。
「私、昨日ターシャの話を聞くずっとずっと前から────それこそ貴女に救われてからずっと考えていたの。どうしたら恩を返せるかって。それでね、昨日の話を聞いて今、ターシャに必要なのはこれなんじゃないかって」
そうして閉じていた私の手をこじ開けてコロンと飴玉くらいの透き通った蒼い球体を落とした。
「これは……?」
「私の特殊魔法を込めた魔具。ターシャも知っての通り、私は相手の色が視えて嘘とか見破ることが出来る。だからここぞというところでこれを使って。貴女が視ることが出来る回数は制限があるのだけれど……三回までは私と同じように相手の色を視ることが出来る」
説明を聞いた途端に手の中にある球体の重みが増す。
「このような貴重な物は頂けません! マーレの特殊魔法は秘匿されています。この魔具によってもし外部に情報が漏れたら……」
返そうとするとマーガレット王女は首を横に振る。
「もう貴女にあげるって決めたし、必要な物よ。ターシャは嘘をつく人じゃないけど、私は貴女の婚約者、ギルバート殿下がそんなに極悪非道な人にも思えなかった」
だからね、とマーガレット王女は続ける。
「どこか私とジェラルドみたいに……すれ違ってそれが修復不可能なくらいにズレてしまった結果が、ターシャの一度目の人生なんじゃないかって思うの。そうではなくとも、何か大きな理由があったのかもしれないわ」
「それは……」
ぐらりと決意が揺らぐ。可能性を考えなかったわけじゃない。でも、他に理由があったからといって過去が変わるわけじゃない。私は処刑され、あの人はローズを選んだ。
加えてあの冷たい眼差しが、処刑を宣告した声が耳にこびりついていて、傷はじくじくと未だ修復していない。
「だから貴女がしようとしていることで後悔して欲しくない。ターシャ、貴女は今でもギルバート殿下のことを好いているのでしょう?」
「はい、好きです」
だからこそ、私はひとつの決断をしている。好きだからこそ、だ。
その決断をマーガレット王女は私が後悔すると訴えてくるけれど、それだけで止まれるような生半可な覚悟ではない。
それでも私を心配して言ってくれていることを理解しているので、何だか胸がいっぱいになってしまい気づいたらぽろぽろ涙を零していた。
マーガレット王女は私の涙を優しくハンカチで拭ってくれて今度は両頬を包んだ。
「もし、もしね? 断罪されて処刑……ってなったら捕まる前に逃げて逃げてとにかく逃げて亡命して来て。私が匿うわ」
そうして額を合わせて彼女は微笑む。
「この先、貴女に何が起ころうとも私は無条件にターシャの味方よ。もちろん私の夫となるジェラルドやお兄様もね。逃げる場所はあるって心の片隅にでも置いておいて」
私は震えながら大きく何度も頷いた。
◇◇◇
「シアおかえり。ずっと会いたかった」
馬車から降りた途端ぎゅうっと抱きしめられ、私はああソルリアに帰ってきたのだと実感した。
久しぶりに再会したギルバート殿下はまた背が伸びたみたいだ。麗しい美貌に拍車がかかっていた。これなら私がいない間も社交界でご令嬢達を騒がせていたに違いない。
「シアの居ない生活は寂しかった」
「私もギルの居ないアルメリアの生活は物足りなかったわ」
「本当に?」
「本当よ!」
クスクスと笑う。良かったここまでは今までと同じように取り繕えていた。問題はここからだ。
「会って早々伝える内容ではないのだけれど、話したいことがあるの」
「ああ、かまわないよ。手紙でも報告してくれていたけれど、私もアルメリアでの生活をシアの口から直接聞きたいしね。応接室に案内しよう」
そうして応接室のふかふかなソファに腰を沈めた私は、王宮の侍女が注いでくれた紅茶をこくりと飲んで喉を潤した。
正面にはギルバート殿下が同じように紅茶に口をつけようとしていた。
「それで話したいことって?」
「私とギルの関係性についてです」
(もう、会ったわよね)
一度目の人生ではこの頃にギルバート殿下はローズと出会っていて惹かれていく最中だったはず。
目の前の彼は私のことが好きではなくなって、というか直接「好き」という言葉を貰ったことはないのだけれど。
アルメリア魔法学校で沢山の魔法を学んだ。人脈も作った。これで処刑以外なら国外追放でも、勘当されても、とりあえずツテを頼って生きていける。
何より──
(断罪されるくらいなら……嫌いだと彼からもう一度、直接言われてしまうくらいなら)
──私はギルバート殿下のために身を引こう。
もう二度と、好きな人によって傷つきたくないから。
すぅっと息を吸って、バクバクとうるさい心臓を無視して、震える手を隠し、無理やり口角を上げて穏やかな表情を作って──記憶を取り戻してからずっと何回も脳内イメージしていた台詞を伝えるのだ。
「ギルバート・ルイ・ソルリア殿下、私──アタナシア・ラスターとの婚約を解消していただけませんか」