ここからまた、もう一度
私の言葉を聞いた途端、彼はまた泣き出してしまう。
今度はぽたぽたとした緩やかさではなく、まるで滝のように号泣している。ごしごしと目元を擦り、ぐいっと上を向いたジェラルドは震える声で紡ぐ。
「お願いだ。もう一度今の言葉を聞かせて欲しい」
彼は信じられないみたいだ。まあ、ついさっきまで冷たくあしらわれていた相手にいきなり言われても信じられないのは理解できる。
だからゆっくりはっきりと伝えるのだ。
「貴方のことを愛しているわ。小さい頃からずっとずっとジェリーだけを愛してる」
しっかりと言葉にするとああ私は本当に彼のことが好きなのだと実感する。
するりと手を伸ばしてジェラルドの頬を撫で、濡れた眦に指を添わせる。
「大好き────これで伝わった?」
彼は固まったまま涙を流し続けている。
「……都合のいい夢なのか? 夢でないのなら、供給過多すぎて私は死ぬのかもしれない」
「何馬鹿なこと言ってるのよ」
私の言葉を夢扱いするとはなんということだろうか。
「だってこんな……愛してるなんてリタの口からは初めて聞いた」
(…………伝えたことなかったっけ?)
好きだとは幼い頃伝えたはずだ。ただ、愛してるとは確かに面と向かって伝えていない気がする。
だとしたら私は最低な婚約者の地位を更新することとなる。よく彼は愛想をつかさなかったものだ。
ジェラルドはごしごしと目元を擦って無理やり涙を止める。そうして緊張した面持ちでこう言うのだ。
「なら、どうして私を避けるようになったのか。理由を教えて欲しい」
「どうしてって貴方が──」
あの日のことを彼に尋ねるのはまだ怖い。あの時の絶望を思い出して勝手に心臓はぎゅうっと痛む。けれどもこれは乗り越えなければいけない山だ。これまでは避けてきたが、きちんと向き合わなければならない。
「──貴方が私のことが嫌いだと裏で話していたじゃない。それで私は貴方に裏切られたような気持ちになったのよ」
先程の言葉とは逆に、『ある意味手に余るお方だよ』とジェラルドは友人相手に話していたのだ。
どちらも魔法で視た光景で、間違っている訳が無い。二つともジェラルドの本音であるはずなのに、どうして矛盾しているのだろうか。
「は? いつ? どこで? というかそんなことを耳にしたの?」
顔面蒼白になっている。これは誤魔化しがバレたというより、本当に身に覚えがないのだろう。
「本当に待ってほしい。きっと、いや、絶対に私が悪いのは分かる。だが、信じられないだろうけど全くもって記憶にない」
「信じる、信じないの前に、私は自分の特殊魔法で嘘か本当か見分けられるわ」
今も保険で魔法を発動させて視ているが、ジェラルドは嘘をついていない。ひたすら困惑と戸惑いの色が視える。
「あの日も、私は視たもの。貴方がほかの子息に……わ、私の事を……『ある意味手に余る御方だよ』と話していたのを」
そこでようやく彼は思い出したらしい。顔面蒼白に加えて唇までも血色をなくしていく。
しばらくしてジェラルドは口を開いた。
「すまない。それは完全に私の落ち度だ」
「落ち度? 私に見られてしまったことが?」
「違う。君を誤解させてしまったことだ」
「誤解? だって貴方、本音で話していたじゃない」
「あれは本音だが本音じゃないんだ……」
どうしたら納得してくれるのかなと呟いたジェラルドは目を逸らしながら話し始める。
「『ある意味』とは君のことが好きすぎて私の手には勿体ないくらいの人で余ってしまうという意味を兼ねているんだ。彼らはきっと、わがままで困っている趣旨だと受け取ったみたいだが……まあ、そう誤解させるよう計算した上でだが」
「でも、『そう言ってもらえると安心するよ。上手く騙せているようで』って言ってたじゃない。私を騙していたのでしょう?」
「そこまで聞いてたのか……」
きゅっと唇を尖らせて噤む私に、どうしたらいいのかとワタワタするジェラルドは項垂れる。
「リタに向けてじゃない。ややこしいが、『私がリタを皆同様に疎んでいるが、それを隠して良好な婚約者としてリタと接している』──と話していた子息達に思わせることが成功していてよかったという意味なんだよ……」
(遠回り過ぎない……?)
人のこと言えないが、この人も私と同じくらい非効率なことをしているのではないだろうか。
「だから嘘はついてない。けれど、君を貶めるような悪意ある彼らにとっては都合の良いように受け取ってもらえる感じの発言を意識していたというか……」
(だとしたら透明だったのも説明がつくけれど)
「どうしてそんなことしたのよ。彼らに合わせて私の悪口を吐けばいいじゃない」
陰口を吐いたところで、私は真偽を見抜けるのだ。嘘だと分かれば勘違いだってしなかった。
彼はちょっと驚いた顔をして首を横に振った。
「リタが居ないところでも、たとえ嘘だとしても、君を貶めるような発言は絶対にしないと心に決めていたから。かと言って、悪意を持つ者と面と向かって対抗しても却って反発をまねいて、その矛先は──リタに向く」
ジェラルドは膝に置いていた両手を固く握っている。
「向けられた悪意を全て弾き返せるだけの力を、私はまだ持っていない。そのせいで君を守りたいのに、逆に傷つけてしまうなんて本末転倒だ。そのような事態は避けなければならない」
「……そんなこと頼んでいないわ」
「そうだね、頼まれてない。だからこれはどんなものからもリタを守れるような人になりたいという勝手な考えさ」
そこで彼はポケットから小さな箱を出す。パカッと開いた箱の中に収まっていたのは、長い間私の左薬指を飾っていた指輪で。
「至らない点ばかりで傷つけてごめん。ただもう一度、挽回する機会をくれないか。君は私の最愛で唯一なんだ。リタのいない人生なんてどうやっても考えられない」
箱を持つ手は震えている。
「リタを傷つけてしまったことには変わらない。気の済むまで無視してくれて構わない。だが、私が君を慕うことは許してほしい」
「…………」
「他の誰でもない、マーガレットを愛しているんだ。君が欲しい」
(……ほんとうに物好きで馬鹿なひと)
私よりももっと素敵で素晴らしい女性は探せばいくらでも出会えるだろうに。
(そしてほんとうに私には勿体ないひと)
こんなにも私のことを想ってくれる人は世界で彼だけだ。彼しかいない。彼しかいらない。
「こんなことで貴方のことを蔑ろにしていた私を妻に望んで、後悔しても知らないわよ」
「しない。ありえない」
「ならずっと一緒に、そばに居てくれる?」
「もちろんさ。これまでも、これからも。小さい頃に約束しただろう?」
大前提だ。とジェラルドは続けた。
私はこれまで間違った選択を選んでいた。けれども。
(……今度こそきっと正しい選択だわ)
箱に収まった指輪を引き抜いて薬指に嵌め、私は大好きな、なのに、一度は自ら手放してしまった手を取ったのだ。
「ふつつかものですが、こちらこそよろしくお願いします」




