願いを背負って
「私なら助けられます」
再度、はっきり告げた私はギルバート殿下の肩を叩いて下ろしてもらう。
「今から見て、聞いて、起こることを外部に漏らさないと誓ってくださるなら」
「妹を助けられるなら私は誓う」
「私も」
アレクシス殿下とジェラルド様の了承を得て、私は振り返る。
「ギルもそれでいい?」
「シアのしたいように」
「──ではまず私と血の契約をしてください。これから起こることを全て他の者に話せなくなる契約を」
彼等を信用していない訳では無い。しかし、人は誰でも裏切る可能性を秘めている。何があるか分からないから形として反故に出来ない確証が欲しいのだ。
「──構わないよ」
「ありがとうございます」
ならさっさと契約を結ぼう。結び方は至って簡単だ、手のひらを刃物で切って血を流しながら相手と握手すれば良い。そうすれば握る手を包むように光の糸が両者を結びつける。
治療に使うために置かれていたナイフを手に取ると、ひょいっと後ろから奪われてしまう。
目で追えば、何か言いたげなギルバート殿下が近距離にいた。
「ギル、返して」
「いいや、もうたくさん流しただろう? これ以上血を流す必要は無い」
言って、彼は私から視線を外した。
「彼女の代わりに私と結んで頂けますね」
「貴方は……」
ギルバート殿下は余所行きの笑みを浮かべ、さらりと告げる。変わりようが凄い。
「──ああ、自己紹介が遅れました。私はギルバート・ルイ・ソルリアです。いつもシアがお世話になってますね」
当たり前のように私の隣に居るが、今の状況はとてつもなくおかしいのだと思う。何故、ここに他国の王太子がいるのかと言いたげなジェラルド様の表情を、見なかったことにする。
「初めましてアレクシス・アルメリアです」
アレクシス殿下だって突っ込みたいところは山ほどあるだろうに、自己紹介だけに留まってもらえたのは感謝しかない。この状況を私ではきちんと説明する自信がなかったから。
彼らは示し合わせたかのように同時に手のひらを切って血の契約を結んだ。きちんと履行されたのを確認してから私は口を開く。
「実はですね、私もアレクシス殿下と同じくらい稀有な特殊魔法を持ってるんです」
指に魔力──光を集めて頬の傷に触れる。つーっと切れた箇所を撫でるように指を動かせば、そこから傷が塞がっていく。
「──回復魔法って言うんですが」
私は負った傷の一部を回復魔法で治した。実力を見せるのはこれで十分だろう。
アレクシス殿下は目を見開いて、微かに唇を動かした。聞き取れなかったけれど、動き方からして驚きの言葉な気がする。
「ただちょっと私の魔力が足りなくて……殿下方からいただければいけそうなんです。魔力をいただくことは可能ですか?」
「全部あげる。だから妹を」
「はい、全力を尽くします」
ジェラルド様も申し出てくれたので魔力の枯渇は心配しなくてよさそうだ。
流石に二人から一気に魔力をもらうと私の容量を超えてしまうので、回復魔法を行使しながら減る魔力を補ってもらうことにした。
寝台でこんこんと眠るマーガレット王女は、今にも目を開けそうで。けれども、頭に巻かれた包帯は赤い血が滲んでいて、心做しか顔も青白い。
(絶対に治す)
痛む身体を叱咤して、気合いを入れ直し、マーガレット王女の胸元に手を置く。
深呼吸して魔法を発動させ始めると、先程と同じようにポウッと光が手の先に集まってきた。
しかし、次の瞬間には絶望の淵に立たされる。
(治らないっ……どうしてっ!)
魔法は発動している。魔力だって身体から抜けている。なのに、傷が塞がらないのだ。
ぽたりと額から汗が落ち、寝台に水玉を作った。
頭の包帯は血が滲んでいた箇所がじわじわと広がり、出血が止まっていない。
(私の魔法じゃ……ダメなの?)
焦燥が募る。諦めるつもりは毛頭無いが、ただただ膨大な魔力が意味も無く身体から抜けていく。
このまま魔法を行使していても魔力の無駄ではあるが、止める訳にはいかない。私は彼らに約束したのだ。マーガレット王女を助けると。
それに、私が彼女を失いたくない。
(おねがいおねがいお願い……!)
ぎゅっと目を瞑り、身を削って出力を上げようとする私の手に、そっと私よりも大きい手が重なった。
「大丈夫。ゆっくり深呼吸してごらん」
「ギル?」
「シアならできるよ。いつも私を治していただろう?」
その言葉は私の中に溶けていく。
「無駄な力は抜いて、ほつれた箇所を縫い直すように魔力を練るんだ」
一旦、魔法を止めて新鮮な空気を胸いっぱい吸い込む。たらりと伝う汗を拭ってもう一度、ギルバート殿下に言われた通り魔法を発動させた。
「!」
信じられない光景に私は目を見張る。
手の先から放たれた光の粒子がマーガレット王女に向かうのではなく、蝶の形をとってひらりひらりと私に纏わりついてくるのだ。
このようなことは初めてで戸惑ってしまう。
だけど蝶達は今の魔法で生まれた。そしてこれらは私の傷に引き寄せられていた。だから────
「私じゃないの。彼女の方に行って……!」
私の怪我なんてどうでもいい。あとでいくらでも治せる。
光り輝く蝶達を声で誘導すれば、一匹、また一匹と、優雅に私からマーガレット王女へ移動する。
蝶達は出血していた箇所にとまり、鱗粉を撒きながら覆っていく。
(お願いっ!)
最後のひと押しとしてありったけの魔力を込めた。すると辺りがぱあっと光に包まれ、眩しさに視界を奪われる。
「なおっ……た?」
荒い息を吐き出しながら光の収束を待って瞳を開けた私は、マーガレット王女の体を確認する。
不思議な蝶達がとまっていた傷だらけの肌は真っ白な陶磁器のように変わっていて────
ゆるゆる視界がぼやける。
「……よ、かった」
腕から胴体、足、頭。目に見える範囲は全てを治せたようだ。安堵した私を疲労が襲う。ふらりとよろけたところをギルバート殿下は支えてくれた。
「ギル、後はおね、がい」
(意識が……)
視界がぼやけ始め、ひどく体が重い。口をきくのもやっとだ。どうやら回復魔法の反動が即座にきているらしい。ここまで大規模な魔法を行使したのは初めてで。魔力も枯渇していることから、強制的に瞼が降りてくる。
そんな私をギルバート殿下はそっと抱きかかえる。
「おつかれ、アタナシア。ゆっくり休んで」
「う、ん」
優しい彼の手が顔にかかる前髪をそっと横に流してくれて。限界だった私はプツリとそこで意識が途切れた。