知らなくても、ずっと前から(1)
ふと思ったことがある。
自分が彼に渡したプレゼント。何処に行くのだろうかと。筆記用具とかお菓子とか。それなら私が見えないところで使ってくれたり、食べてくれたりしているのだろうと思えるけれど。
イヤーカフにカフリンクス。身に纏う小物を誕生日に贈っても、ありがとうと言われるばかりで身に着けている姿を見た事はない。
気に入らなかったのかな? そう思って尋ねたことがある。嫌なら嫌ではっきり教えてもらえるほうがいい。そうしたら二度と贈らない。
けれども彼は何とも言えない顔をして「私には勿体なくて、大切すぎて使えないんだ」そう言ったのだ。
◇◇◇
防御魔法とシャンデリアが衝突すると陣は呆気なくパリンと割れた。それにより、シャンデリアのガラス細工が細かく砕け、背中に突き刺さり──
──鋭い痛みが私を襲うはずだった。
衝撃音がいきなりふっと消え、マーガレット王女を抱きしめていた感触も消える。
どうしてだろうと瞳を開けた私は驚きの声が漏れてしまった。
「…………へ?」
目に映るのは誰かの寝台。ぼふんっと落ちた私の体重によって柔らかいベッドが少し軋む。見たことも無い部屋は質素だが、どことなく高貴さを感じさせる空間だった。
「あ、あの? なんで私……え、ここに?」
訳が分からない。どういうことだ。きょろきょろと辺りを見渡してみる。
頭が混乱して上手く働かない。だけど、一つだけ分かるのは。
「ここ、は。構内じゃないし、私の部屋でも……っ!」
その時、見覚えのあるぬいぐるみが寝台横に置いてあって。私は見間違えだろうかと目を擦る。
(あれがあるってことは)
「ギルバートでんか……の、部屋?」
私が贈ったプレゼント達。窓際の日当たりの良い場所にホコリを被らぬよう透明な袋で包んで飾ってあった。ご丁寧に渡した年月順に並べてある。
「ぬいぐるみ……も、くたびれて」
首元を飾る赤いリボンはぼろぼろだ。寝台から降りておそるおそる近寄る。うさぎの形をとったそれは私が小さかった頃、お揃いだからと無理やりギルバート殿下に押し付けた物だ。
『女の子が持つ物だからって捨てちゃだめですよ?』
『──わかってるよ。シアからのは何も捨てない』
そう言って小指を絡めて約束した。
「これ……は?」
隣に置かれていたのは黄ばんだ便箋だ。書かれている内容は日焼けして薄くなってしまい、途切れ途切れにしか文字を拾えない。
目を凝らし、解読しようとするけれど。文が繋がらず内容は不明だ。仕方なく、便箋を元の位置に戻そうとした時だった。
バンッといささか乱暴に部屋の扉が開かれた。
「ひゃっ」
びっくりしてしまい、手から便箋が滑り降ちる。扉の方に目を遣ると、そこには肩で息をする青年が居た。
「──シア!!!」
「ギ──っ!」
息が詰まってしまいそうなほど強く抱きしめられる。ふわっと懐かしい優しい香りが私を包んだ。
「怪我は!? 足・手・腹部、何処っ!」
一瞬で抱擁が終わり、矢継ぎ早に質問される。答える隙を与えてくれない。数ヶ月ぶりに再会した彼は血相を変えていて真っ青になっている。
「ああ、顔が……」
破片で切った頬をそっとなぞられる。ピリッと痛みが走り、眉を寄せるとギルバート殿下はハンカチで頬を拭く。
そうしてまた隅から隅まで私の怪我を確認する。その切羽詰まり具合に私は呆気にとられてしまっていた。
「痛いところは? 隠れているところとかに怪我は? 頭は打った?」
質問の雨は止みそうにもない。
「お、お、落ちついて。怪我をしても私は自分で治せることをギルはお忘れで?」
「シアの魔力は無尽蔵では無いだろう」
即座に退けられてしまう。
「それはそうよ。当たり前じゃない。貴方だって無力化以外の魔法はほどほどにしか使えないのに」
反論するが反応はない。そこで私は彼の服装に目をとめた。
「ギル、貴方正装だわ。式典か夜会か……何かがあったんじゃないの?」
糊のきいたシャツに、黒いマント。白い手袋や耳がちぎれてしまいそうなほど大きな耳飾りに、蒼髪を崩れぬよう固めている。
このような格好をするのは何か公務があるとき。それも格式の高いもの。なのに、ギルバート殿下は私がここに飛ばされたとほぼ同時に部屋にやってきた。
「そんなのどうでもいい。邪魔だな」
乱雑に揺れる耳飾りを外し、寝台の奥に無造作に放り投げてしまう。着ていたマントは外してふわりと私にかけてくれた。
(いや、どうでもよくは────)
きっとギルバート殿下は魔法で転移してきたのだろう。でなければ既にいつも彼に付いている側近が現れるはずだ。
絶対、彼の周りにいる人が困っている。
「私は何ともないからあの、本当に公務優先……」
何ともないわけないのに、色々混乱中の私は気づいたらそう口が動いていて。
「──嫌だ」
大きな声で遮られた。
「!?」
いつもなら、王族としてそちらを優先するはずなのに。驚きで固まる私に、ギルバート殿下は複雑な表情をする。
「どうしてシアがここにいるか分かる?」
「……分からないわ」
正直に答えればギルバート殿下は私の耳に触れた。
「──耳飾り」
次に手は胸元に向かう。
「──首飾り」
そうして最後に私の左手の薬指──指輪に触れる。
「──婚約指輪。全部だ」
「?」
ギルバート殿下はそのまま私の手の甲にくちびるを落とした。
「ドレス以外の君に贈る物は……全部に守護魔法をかけてある」
「え」
初耳だ。真っ直ぐに殿下を見つめると、彼は何故か泣きそうな顔をして続ける。
「指輪はそれに加えて、転移魔法を組み込んであるんだ。シアが死ぬ危険性のある物に巻き込まれそうになったら発動する」
「それ、が。ここに飛ばされた……理由ですか」
「そう。座標はここで、発動すると同時に私の部屋は部外者が入れなくなる」
「…………どう、して。こんな高度な魔法を私に?」
全てが理解し難い。
「転移魔法はたくさん魔力を」
おまけに指輪という小さな物体を媒体としているのだから。普通よりも余計消費する。しかも何やら魔法を掛け合わせているようだ。
考えただけでくらくらする。
さらりと告げているが、そう簡単な技術でも、魔法でもないのは、研究者ではない素人の私でも察せた。