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悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!  作者: 夕香里
第二章 アルメリアでの私の日々
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遠回りして自覚する

 ガラスが、銀細工が、勢いよく周りに散らばり跳ね返って頬や手足を切っていく。

 衝撃音が小さくなり、悲鳴もなくなった頃。ジェラルドは瞑っていた瞳を開けた。


 凄惨な光景に心臓が凍りつく。


 そこにはおびただしい量の血が、彼女がいた──シャンデリアの残骸の下に広がっている。


「り……た?」


「──マーガレットっ!」


 沈黙を破り、最初に動いたのは落下直後に戻ってきたアレクシスだった。

 シャンデリアの落ちた場所に駆け寄る。


「フォリス、フォリアっ! マーガレットの容態はっ」


「くぅーん」


 どうやら聖獣が主人の危機に反応し、咄嗟に出現して間に挟まったらしい。のそりとマーガレットの上に乗っていた二匹の聖獣が、アレクシス以外の人間にも見えるようにしてから体を起こす。


 突然現れた白い獣に周りは息を呑んだ。


「生きてはいるんだな?」


 聖獣のおかげで即死は免れたものの、マーガレットの状態は火を見るより明らかだ。

 聖獣の言葉が分かるのは王族だけなので、アレクシスが鳴き声を上げる二匹の話を聞いている。


「…………厳しいのか。分かったよ。フォリアは父上と母上に状況を伝えるんだ。行けっ」


 アレクシスの命令を受けとった聖獣が窓から外に出ていく。それからアレクシスは声を張り上げる。


「誰でもいい! 校内医を呼んでこい。他にも複数人巻き込まれている。手の空いている者はシャンデリアを端にどかせ」


 その声に反応し、ようやく固まっていた生徒たちが動き始める。巻き込まれた生徒を介抱して医務室へ連れていく者や、先生を呼びに行く者。会場内も人がまばらになっていく。


 ふらりとジェラルドもマーガレットの元に駆け寄る。聖獣が覆いかぶさったとはいえ、彼女の体にはガラスが突き刺さり、至る所から血が流れ落ちていた。

 アレクシスによって抱き抱えられているが、腕はだらんと力が入っていない。


「マーガレット?」


 呼んでも反応はない。ぶらんとしている手を握ってみるが、反応はなかった。


「頭までは守れなかったらしいから、脳を強打しているかもしれない。早く医者に見せなければ」


「それはつまり」


「……意識が戻らない可能性がある」


 心臓が締め付けられ、半身がもがれたかのようだった。


(どう、して)


 なぜ、なぜ、何故────とジェラルドは自問自答する。

 

 巻き込まれた生徒は他にもいた。けれど、こんなに血を流して意識のない者はマーガレットだけだった。

 いつもそうだ。いつも、いつも、彼女だけが他の人より傷つく。


 ぎゅっと拳を強く握った。


 険しい顔をしたアレクシスがマーガレットを抱えて歩き出す。


「どこに行くんだ?」


「……転移魔法で王宮に連れてく。あちらの方が腕の良い医者がいるし、ここはもう怪我人が多すぎる。それに、恐らく妹は……」


「なら、私も付いていく」


「──駄目だ」


 アレクシスはジェラルドを睨めつけた。


「お前はマーガレットとの婚約を破棄したのだろう? 王族である妹の容態を部外者の人間に教えられるはずがない」


 アレクシスはジェラルドを突き放す。


「婚約者だったなら許可したが、もうお前はマーガレットの何者でもない」


 吐き捨てるように言う。


「妹は王族で、お前は臣下だ。同じ地位ではない」


 今までの普通が普通ではなくて、与えられていた特権だと。自由だったのだと。今更ながらに実感する。


 そばに居ることも出来ない。状態を聞くことも、知ることも許されない。


 それが今、こんなにも苦しい。胸が押しつぶされてしまいそうなほど。


(ああ、私はやっぱり────)


 彼女のことを諦めきれないのだ。


 自分のことがそれほど嫌いならば諦めようと、これ以上自分も傷つきたくないからと。マーガレットに全部ぶつけて、国王に婚約の解消を申し出て。


 ダンスパーティーだって、彼女ではないなら誰でもいいと他の家の娘のパートナーになったのに。他の男と踊っているマーガレットを見たら嫉妬心が湧いてきてしまった。


 シェリルとの手を離して、ダンスの途中でも二人を引き剥がしたい衝動に駆られるほど。


 ずっと、彼女の隣は自分の場所だった。笑顔だって独占してた。手を繋ぐのもジェラルドだけだった。


 これまでもとてもマーガレットのことを愛しているとは思っていたが、自覚していたよりも相当重いらしい。


 何も、他の男に譲りたくない。何ならジェラルドだけを見ていて欲しい。


(馬鹿だなあ)


 くしゃりと顔を歪める。


(私にはリタしかいないのに)


 大っ嫌いと言われても。言われる方が今の状態よりマシだと思ってしまうほど。


(だからあの方は……)


「アレクシス」


「何だ? 何度懇願されたってダメなもんはダメだ」


「…………だ」


「?」


「──まだ私はマーガレットの婚約者だ。疑うならば、国王陛下が証明してくださる」


 もう一度向き合おうと。そして今度は諦めない。


 嫌われているよりももっとずっと──大変な時に何も出来ず、遠くから見ていることしか出来ない方が辛いと、何もかも手遅れだけれど知ったから。


「…………ならいい。付いてこい」


 ジェラルドは駆け寄り、アレクシスは転移魔法を発動させた。

 王宮の医務室には既にマーガレットの侍医と国王夫妻が待機していた。どうやらフォリア経由で連絡が医務室にも行ったらしい。


「マーガレットっ」


 母であるローズマリーが寝台に寝かされた娘の手を握る。その背中を擦りながらグランツも心配そうに娘を眺めていた。


 アレクシスとジェラルドは少し離れた場所から様子を窺う。


「ところで、アタナシア嬢は?」


 侍医に妹を引き渡したところでひと段落着き、ずっと忘れていた存在にアレクシスは気付く。


「彼女は……あれ」


 ジェラルドも記憶を辿り、首を捻った。


(妹を抱きしめてたよな?)


 ちらりと一瞬しか見えなかったが。アレクシスはマーガレットを守るように縮こまったアタナシアを目に捉えていた。


 だが、シャンデリアをどかした時にはマーガレットしか居なかった。


「……消えたんだ」


「え?」


 アレクシスは聞き返す。


 ジェラルドは口を押えながら戸惑いを滲ませる。


「──アタナシア嬢はシャンデリアがぶつかると同時に姿を消した」

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