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悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!  作者: 夕香里
第二章 アルメリアでの私の日々
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どう転んでも間に合わない

「殿下、少々お時間ありますか」


「何さ」


「……緊急事態でして」


「私に頼むことではない気がするが、仕方ないな。ちょっと行ってくる」


 そう言ってアレクシス殿下は運営の生徒と共に会場を後にした。最近知ったことなのだが、殿下は生徒会役員らしい。たまに見かけないなとは思っていたのだが、生徒会の仕事をしていたみたいだ。


 このダンスパーティーも生徒会が関わっているから、運営関連で呼ばれたのだろう。


 ずっと壁の花になっているのもつまらないので、マーガレット王女の手を引いて何曲か踊った。

 

 疲れて踊りの輪から抜けるとヴェロニカ様やエリザベス様もやって来て、雑談を楽しむ。流石にマーガレット王女が居るので、エリザベス様はシェリル様達の話題を出さなかった。

 代わりにマーガレット王女の視界にシェリル様が入らないよう、さりげなく立ち位置を変えて遮っていた。


 それがあまりにも分かりやすすぎて私が笑いそうになるのを堪えていると、マーガレット王女がバッサリ「貴女、その気遣い嬉しいけれど、不要だわ」と言い切ってしまった。


『ち、違いますわっ! けっしてシェリル様がマーガレット様の視界に入らないようにだなんて! そんなことしようと思ってませんわ!』

 

 と否定しているようで、洗いざらい吐いているところがエリザベス様らしい。マーガレット王女も堪らず笑い出していた。


 二人が軽食を取りに行った後、事件は起こる。ふらりとよろけたマーガレット王女が顔面蒼白になっていたのだ。

 

(どうして……?)


 ついさっきまで元気そうだったのに。


 くずおれる彼女を支えようとしたが間に合わない。マーガレット王女は床に座り込み、私も遅れてしゃがむ。


「……大丈夫ですか?」


「ごめんなさい。ああ……また……なの。私が……──弱いから」


 青ざめた彼女は見るからに体調が良くなかった。目眩がするのか額を押えている。


「魔力が足りないのですか?」


 小声で問えば弱々しく彼女は頷く。


「──アレクシス殿下を呼んできます」


「だめっ」


 踵を返そうとした私の腕を強く掴んだ。


「……今度、お兄様に見られたら……誤魔化せない」


 冷や汗をかきながら、それでも手の力は緩めない。


「…………ですが」


(──魔力欠乏だけじゃないの?)


 今の発言は、前回倒れた原因をも否定するようなものだ。しかし明らかに魔力が足りていない。ホウキから落下した時と症状が同じなのだ。


 それに、アレクシス殿下は勘づいている。次、マーガレット王女が倒れたら伝えるなと懇願されても呼びに来てと事前に言われていたのだ。


 兄は妹の行動なんてお見通しらしい。


 けれどもこのような状態のマーガレット王女を一人にはできない。ヴェロニカ様辺りが戻ってきてくれると嬉しいのだが。


「ほんの少し待って。すぐ良くなるから」


 そう言ってブレスレットとして加工された宝石に似た石を、震える手でパキンと割った。割れ目から黒色の魔力が溢れ、すーっとマーガレット王女に吸い込まれていく。


「これでちょっと回復する……の」


 魔力を取り込んだマーガレット王女の顔に幾分か血色が戻る。立ち上がり、スカートに付着したホコリを払った。


「こうなることを予想していたのですか」


 魔力を保存しておける石は魔月石。しかも他の人には分かりにくいブレスレットとして身につけていた。

 念の為という説明では納得がいかない。今日は魔法を使う機会も無いはずだ。つまり枯渇し、欠乏する状態になるはずもない。


「それは……」


 口ごもる彼女に私は正面から向き合った。


「──マーガレット王女は何をお隠しになられているのですか」


 瞳が揺らぐ。ふいっと視線を逸らし、自身の二の腕を掴んだ。握る力が強すぎて陶器のように白い肌は赤くなる。


「……ぜんぶ、終わったはずだから。話すわターシャに」


 けぶるような長い睫毛が閉じ、意を決して開かれる。


「約束したしね。ここは人の目があるから明日でもい……──」

「ひゃっ」


 突如、大きな衝撃音と振動がマーガレット王女の言葉を遮った。


(いったい何が)


 室内が静まり返り、ぱらぱら上から透明な何かが降ってくる。私は大きく目を見開いた。


「あ」


 吹き抜けの天井に取り付けられたシャンデリアが耳をつんざくほど大きな音を立て、ぐらりと傾いていた。天井に繋がっていた鎖部分が切れそうになっている。

 細工同士が強くぶつかり合うことで、ガラスが砕け、私達に降り注いでいたのだ。


 ピッと鋭い痛みが頬に走る。手を添わせると赤い鮮血が手袋に付着した。


(これは……)


 状況を把握するより早く、静まり返った室内に焦りを滲ませた声が届く。



「──リタっっ逃げろっ!」



 血相を変えたジェラルド様の声はよく響いた。


 見れば、彼は口元を手で覆い、青ざめているシェリル様をバルコニー近くで支えていた。どうやら彼女も落ちてきたガラスの破片で足を怪我してしまったようだ。


 ジェラルド様は足から血を流す彼女を近くの椅子に座らせたが、視線はこちら──特にマーガレット王女に固定されている。


 すると誰かが「シャンデリアが落下するぞ! 中心から逃げろ」と叫び、室内にいた生徒達が弾かれたように一斉に扉へ殺到する。


 床に飛んだ血の雫は一体誰のものだろうか。そんなことを確認する余裕もないほど、室内は恐怖に支配され、混乱状態になっていた。令嬢達が裾を踏まれて転び、連鎖的に次々足をもつれさせて転ぶ。


 悲鳴が辺りを支配する中、私とマーガレット王女は足がすくみその場から動けない。

 移動しないと危険だと頭では理解していても、体が固まってしまっているのだ。


 上からは擦れ、ギシギシと嫌な音が聞こえてくる。


「お願いだから早く! リタっっ」


 懇願にも似たジェラルド様の声が聞こえてきて、ようやくマーガレット王女の硬直が解ける。そうして睨めつけるのだ。


「……貴方まで来ちゃダメよっ()()()()が馬鹿じゃないの!!! 来ないでっ! シェリル様と逃げなさいよっ」


 めいいっぱい叫んだマーガレット王女はよろめきながら魔法を発動し、風圧でジェラルド様の進路を妨害するが、力尽きたようでへたり込んでしまう。


 元々魔力が底をついていたのを、無理やり魔月石で少量回復したに過ぎない。それなのに自分の身を顧みず体内にあった残存魔力を全て使ったのだろう。こほこほと咳き込み、やがてプツリと糸が切れたように倒れてしまった。


 また一際大きな衝撃が走る。


 最悪なことは重なるもので、シャンデリアを天井に固定していた鎖がタイミングよくブチリと切れた。


 ガラスの雨と共にけたたましい音を立てながら容赦なく落ちてくる。すぐ横では意識を失ったマーガレット王女。遠くには人をかき分け、こちらに近寄ってこようとするジェラルド様。


 切羽詰まる室内だが、全ての時間が二倍になったかのようにゆっくり動いている。奇妙なことに、ここまで私の心は凪いでいた。起きた出来事が現実だとは信じられなかったのだ。



(……私、死ぬの? ここで?)



 ようやく自覚すると、言い様のない恐怖が体を支配する。逃げようと一歩前に出した視界の端に、倒れてしまったマーガレット王女が映りこんだ。彼女はぴくりとも動かない。


 歩みを止めたら二人一緒にあの世行きだ。けれど、マーガレット王女を置いていくことはできなくて。彼女を連れて逃げるにはもう遅い。そうなると選択肢は一つしかない。


「マーレさまっ」


 私は意識を失ってしまった彼女をぎゅっと抱きしめ、身を縮こませる。なけなしの、気休め程度の防御魔法を頭上に展開する。どうにか持ちこたえて欲しいが、ほぼ確実にぺしゃんこに押し潰されるだろう。

 人間の体など、シャンデリアの重みに耐えられるわけが無い。



 それでも、雨粒よりも小さい可能性に賭けるしかなかった。



「まさか……ローズが現れる前に死ぬなんてね」



 独り言ち、奇跡が起きた時のために魔力を最低限残し、少しでも衝撃を和らげるためにあとは全部防御魔法に回した。


 甲高い悲鳴がよりいっそう大きくなり、ジェラルド様の顔に絶望が浮かんだと同時。私の視界は闇に包まれてしまったのだった。


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