真相の欠片
ヴェロニカ様と歩いていると目的地に到着した。
クラスの人数よりも明らかに人が多いと思ったら、どうやらまた合同授業のようだった。
「はーい一人一本ずつ持ってね」
担当の先生が到着した生徒に片っ端から手渡している物は〝ホウキ〟だった。
どこにでもあるような持ち手が木で作られたホウキ。唯一違う部分は落ち葉を掃く物より、持ち手が太いことだろうか。
もちろん私も先生から手渡され、ひっくり返してみるが、特に変わった所はない。
「まさか魔女のようにこれで飛ぶとか言いませんよね」
「おっ察しがいいね。その通りだよ」
上からかかった声に、ヴェロニカ様と一緒に仰天する。
「えっこれでですか!?」
またがったら普通に痛そうである。体重を乗せたらそれだけでぽっきり真っ二つになりそうだが……。妖精とかそれくらい軽い生き物でなければ無理だと思う。
ちょっと引いている私達に対し、先生はからからと笑い声を上げた。
「ああ、上手く飛ぶには魔力のコントロールが必要になるから魔法のいい練習にもなる」
さあさあ、と促されて練習場という名のただっ広い広場に案内された。
「…………アタナシア様頑張りましょう」
「はい」
覚悟を決めたらしいヴェロニカ様と固く握手して一旦別れる。
「マーレはどこにいるかしら」
あのようなことがあったから一時間目は出席しない可能性もあるが、今までどんなに遅刻しそうになっても授業開始には間に合わせたり、課題も無理を通して終わらせていた彼女だ。多分欠席しないだろう。
そう思い、辺りを見渡す。学年合同ということでクラスの垣根を越えて皆仲の良い友人と固まっていた。
その合間を縫ってマーガレット王女を探してみるけれど、中々姿を見つけることが出来ない。
すると予想外の方向からぐいっと引き寄せられ、私は小さな悲鳴をあげた。
「ひっ! えっエリザベス……様?」
腕をがっちり人質に取られ、縋りつかれる。赤褐色のふわふわな髪且つ、私にこのように絡んでくるのは一人しかいないのだ。
「アタナシアさま…………ほ、ほんとう……です、の?」
がばっと上がった顔は涙に濡れていた。べしょべしょだ。
「エリザベス様、何がでしょうか」
とりあえず縋り付くのはやめて欲しい。ここは人目があるのだ。
何事かと先程から周りにいる生徒達がチラチラこちらを見ている。
さりげなく掴まれた腕を抜こうとするが、中々抜けない。
「マーガレット様のことですわ。婚約破棄を突きつけられ、追い打ちをかけるように罵詈雑言を吐かれ、頬を叩かれたと」
「!?」
(噂に尾ひれつきすぎでは……? しかも対象がごちゃまぜ!)
「罵詈雑言とはいつのことですか」
「ホームルームの後ですわ。クラスメイトが言ってましたの」
これはエリザベス様が自分の都合のいいように解釈してるのだろうか。
クラスメイトというのはマーガレット王女に突っかかったあの令嬢だろう。とはいえ、あの場にジェラルド様は居なかったし、憤慨していた令嬢は彼が悪いように言われる噂なんて流さない。
逆にマーガレット王女を貶める噂を流すはずだ。
「少し違います。マーレ様は今日、ジェラルド様にお会いになられてません。あと、頬も叩かれてません。正しいものは、罵詈雑言ですが……それもジェラルド様からではなく、エリザベス様の仰る〝クラスメイト〟からだと思います」
「あら、そうですの? なら良かったですわ」
ケロリと涙が止まる。
「でも婚約破棄を突きつけられたのは本当ですわね?」
あいまいに頷く。
数日前のことを知っている私としては、突きつけられたというより、マーレ様から突きつけたようなものだから。一概にジェラルド様からだとは言えないのだ。
「マーレ様もジェラルド様に冷たく当たることがありましたから……」
少しジェラルド様を擁護すると、彼女は鼻で笑った。
「ふんっマーガレット様の対応は当たり前ですわ。されるのが当然ですのよ。あっ」
きらりと目が輝きを取り戻す。
「マーガレット様! わたくしは貴女様の味方ですわ! こんなことで冷める〝好き〟ではありませんわ!」
びゅんっと一目散に駆けていく。彼女を目で追った先にはマーガレット王女がほうきを持って立っていた。
「ちょっと暑苦し……ベタベタくっつくのはやめて!」
マーガレット王女は懸命にエリザベス様を引き剥がそうとするが、エリザベス様の方が力が強いのだろう。まったく引き剥がせていない。
「嫌ですわ! 離れたらマーガレット様は逃げてしまいますでしょう?」
「それはそうね。否定しないわ」
あっさり同意する。
「だから離しません! 」
より一層エリザベス様の腕に力がこもる。
「わかった。分かったわ。逃げないから離れて」
「約束ですのよ?」
「約束するわ」
エリザベス様はマーガレット王女の逃亡に警戒しながら、ゆっくり腕の力を解いた。
そしてマーガレット王女は息を吐いた。
「──貴女、噂は聞かなかったの? 最低王女がついに婚約破棄を突きつけられたって」
「聞きましたわ。それとこれと何か関係あります? 無いですわ」
心底何を言いたいのか分からないらしいエリザベス様に、マーガレット王女はため息をつく。
「…………どうして私が好きなのよ。どう見たって私が悪者で、嫌われる方じゃない」
エリザベス様はぱちぱち瞬きを繰り返し、ふっふっふっと不気味な笑い声を腹の底から上げた。
「わたくし知ってますわ。マーガレット様はわざと悪者を演じていらっしゃると!」
胸を張って告げ、マーガレット王女の眉がぴくりと動いた。
「何故そう思うの?」
低い声が発せられた。
「簡単ですわ。わたくしの知る貴方様は心優しい方でこんなことを行う方ではありませんわ!」
「高く買ってもらっているようで申し訳ないけれど……こちらが本性よ。婚約者を毛嫌いする私が」
「そのように嘘をつくのですね。誤魔化そうとしても無駄ですのよ? わたくし見かけましたもの。こんな風に振る舞い始める直前────むぐっ」
意気揚々と理由を述べようとしたエリザベス様の声が途中で途切れる。
マーガレット王女が手で口元を塞いだのだ。
「にゃにゃにするんへふの!?」
「……それ以上は駄目。言わないで」
懇願を滲ませた瞳がエリザベス様のヘーゼル色の瞳を捉えた。
少しの間を置いてエリザベス様は首を縦に振った。
「本人が嫌なら言いませんわ」
「……ありがとう」
私には二人の会話が何を指しているのかさっぱり分からなくて。一人、置いてきぼりをくらっていた。
(直前ってやっぱりはっきりとした〝きっかけ〟があったの? でも、そんなのアレクシス殿下やジェラルド様も調べてるはず)
後でこっそり尋ねてみたらエリザベス様は教えてくれるだろうか。難しい気がする。
────とそこで先生から全体に向けての話が始まった。