零れた表情
私の分を作り終わった後に、アレクシス殿下のメモリアを作るのを手伝った。といっても、私は彼が持っていたクマの縫いぐるみに魔法を施しただけである。
「この縫いぐるみ……マーガレット殿下の物で?」
片手にすっぽりと入ってしまうくらい小さいが、さっきまでは抱きしめられるほど大きいかった。メモリア内部に入れるため、アレクシス殿下がこの場で小さくしたのだ。
「うーん、半分正解で半分不正解」
殿下は苦笑した。
「これね、可愛い物が大好きなマーガレットにジェラルドがあげようとした物なんだ」
縫いぐるみに目を落とす。
「本当は去年、彼が渡せなくて私の元に来た。ジェラルドは毎年、マーガレットに縫いぐるみをプレゼントしているんだ」
「まあ」
「この歳にもなって幼いと思うかもしれないが、小さい頃から誕生日には縫いぐるみをあげるのが二人の恒例だから」
(何それ! とても素敵だわ)
私はそういうのが好きだ。二人だけのルールみたいで羨ましい。
「だけど流石に昨年は迷ったらしくてね……嫌いな者からのは迷惑で、捨てられてしまうんじゃないかって。だけど気が付いたら買ってたらしくて、私のところに来たんだ」
そう言ってアレクシス殿下は浮かばせていたメモリアに縫いぐるみを沈ませる。
「今回はちょうど良かったよ。私からこうやって渡せば、ジェラルドからの贈り物だとは思わないだろう」
私のメモリアと同様に、手をかざして穴を覆ったアレクシス殿下は、手の中にメモリアを収める。
「……時間が余ったね。提出して、ジェラルドの助けにでも行ってもいいかな?」
片付けを終えて時計を見れば、残り約一時間だった。
「勿論です」
「では行こう。ヴィアリナ先生のところに飛んだ後、マーガレットの座標に飛ぶ」
「はい」
アレクシス殿下がここに来た時と同じように、私の手を軽く握る。
──景色が変わる。
「お〜やはり君は早いですね」
感嘆の声を上げたのは、提出する生徒を待っていたヴィアリナ先生だ。
アレクシス殿下は笑って、ヴィアリナ先生に自身のメモリアを差し出す。
「さすがです殿下。調節も完璧ですよ」
手を添えて、魔法で出来具合を確かめていた先生はにっこり笑う。そして懐から取り出した布でメモリアを包み、タグを付け、後ろに浮かんでいた戸棚にしまった。
「魔具は私の専門ですから」
「それを抜きにしても、この年齢でここまでできるのはひと握りです」
「……今日はやけに褒めてくれますね」
少しアレクシス殿下が訝しむ。
「ふふ、それは妹思いの兄殿下ですねぇと思ったからですよ」
「それとこれとは関係ないじゃないですか」
「メモリアの本来の機能は記憶や思い出を保管する事。中に入れる物に対してや作り手の思いが強いほど出来が良くなるんですよ。知っているでしょう?」
からかうように言って、ヴィアリナ先生の視線が私に向く。
「アタナシアさんのメモリアもよく出来ているようですね。初めてにしては上出来です。もらっても?」
「もちろんです」
手の中にあったメモリアを先生に手渡す。アレクシス殿下の物と同様に布に包み、タグを付けて収納された。
「貴方たちの今日の授業は終わり。アタナシア嬢は慣れない初日、お疲れ様。寮に戻ったらゆっくり休んでくださいね」
◇◇◇
「あら、お兄様」
「やあ」
マーガレット王女に手を振りながらアレクシス殿下は二人に近づく。彼女は私達と同じ建物の少し離れた場所にいた。
「……来てくれて助かったよ」
ジェラルド様はほっとしたような様子で私の隣に移動してきた。手には緑色の粘ついた液体が付着している。
「こんな汚くてすまない。煮詰めるのに失敗してしまって」
「失敗すると緑になるのですか?」
「ああ、アレクシスと作ったから失敗しなかったのか。煮詰める加減を間違えるとすぐこうなる」
ジェラルド様からため息が漏れた。机の上には失敗作らしい液体が入ったボウルが置いてある。
「これがね、油みたいに中々洗っても落ちないんだ。エリック先生の所で専用の薬をもらわないと。ちょうど二人が来てくれて良かった。私は先生の元に行ってくる」
そう言ってジェラルド様は席を立つ。
「お兄様達はどのようなのを作ったの?」
「秘密だ」
彼は教えないことにしたらしい。唇に指をあててシーッとした。
「教えてくれてもいいじゃない。ターシャに聞けばいいのかしら」
「アレクシス殿下のものではなく、私の物でしたら何なりと」
マーガレット王女は口を尖らせた。
「仕方ないわね。お兄様のは聞かないわ……ターシャの分は誰にあげるの?」
「──婚約者であるギルバート殿下に」
綺麗に作れたから喜んでくれるだろう。もし、気に入らなかったのならば捨てて欲しいと手紙に添えるつもりだ。
「へぇ喜んでくれるといいわね!」
瞳を輝かせたマーガレット王女は私の手を取った。
「はい。そうだったら嬉しいです」
微笑み返す。
「マーレのメモリアは完成したのですか?」
「あるわ。そこに」
机の上に二つ浮かんでいた。
一つは淡いコーラルピンクのメモリア。
もう一つは淡い蒼のメモリア。
「私のはこっち」
マーガレット王女は蒼のメモリアを手に取った。
中は霞みがかっている。その合間を縫うように魔力を可視化させたものが浮かんでいた。
「では隣のは?」
「……ジェラルドのよ」
マーガレット王女は彼のメモリアに触らず、魔法で浮かせて私の目の前まで持ってきた。
「ジェラルド様のには植物が入っているのですね」
ぷかりと芽が出た状態で浮いている。どのような植物なのかは分からないのが残念だ。後で聞いてみよう。
「……私が魔法を施したからそのうち花が咲くわ」
「?」
持っていた自身のメモリアを置いて、マーガレット王女はジェラルド様のメモリアの表面をなぞる。
「あ、植物魔法!」
特殊魔法に位置づけられる魔法だ。感情の起伏によって力の差が出てしまうものであり、植物を成長させたり枯れさせたりすることが出来る。
「そうよ。しないと言ったのに、みっともない真似をして頼み込んでくるから仕方なく……」
昼休みと同様声は冷ややかだ。だが私は気づいてしまった。
無意識なのだろう。目じりは下がり、メモリアを包む手つきは優しい。
それは拒絶するほど嫌いなものに対して見せる類いではなかった。
その微妙な表情と手つきの変化に違和感を持ったが、私は一旦何も見ていないことにして、話を続ける。
「綺麗な花が咲くといいですね」
「……ええ、咲けば……いいわね」
マーガレット王女はメモリアから手を離した。
「遅かったな」
アレクシス殿下の言葉に反応して、私とマーガレット王女が振り返る。
「いやぁみんな失敗したらしく、エリック先生の所、混んでてね」
ジェラルド様が帰って来ると、またマーガレット王女は氷のような表情に戻ってしまった。
「よし、作り終わったから出してこよう。マーガレットも行くだろう?」
「…………行きますが」
すっとジェラルド様の手が差し出される。
「一緒にどうだい?」
「──いりません。私は一人で行きます」
躊躇もなく拒絶した。行き場を失った手が宙を彷徨う。
「お兄様、ターシャ、ここで待っててください。すぐに戻ってくるので」
くるりと後ろを振り向き、私達に言った彼女は返事をする前に転移してしまった。
「…………私は数にも入れてもらえなかったなぁ。あはは、つら」
苦笑したジェラルド様はマーガレット王女がいた場所を見る。
「マーガレットはああ言っていたけど、君たちは流石に置いていったりしないよね」
「勿論待ってる。早く提出してこい」
その言葉に安堵を見せたジェラルド様が転移する。
二人を待っていると数分してマーガレット王女が現れた。
「あの人は?」
「提出しに行ったよ」
「そう。ならターシャ帰りましょう」
ぎゅっと私の腕に抱きついてきた。シャランと彼女のイヤリングが揺れる。
「ジェラルド様を待たなくて?」
「いいのよ。お兄様が待つから」
私は困ってしまってアレクシス殿下に視線を送る。彼は諦めたように首を横に振った。
「ほら行きましょう」
問答無用でマーガレット王女は私の手を取り転移した。
戻ってきた部屋はシーンと静まり返っている。どうやらルーナとマリエラは別の場所にいるようだ。
この部屋に私とマーガレット王女だけしかいないのは好都合だ。
(機嫌を損ねてしまうかもしれないけれど聞いてみよう)
「お尋ねしてもよろしいでしょうか」
ソファに座って一息ついたマーガレット王女に声をかける。
「なに?」
キョトンと首を傾げた彼女からは、先程の氷のような雰囲気は鳴りを潜めていた。
私は大きく息を吸って、嫌われるのも覚悟で口を開いた。
「何故そこまでジェラルド様のことを嫌うのですか。私には悪い人に見えません。理由を教えてくださいませんか」
彼女は虚を衝かれたかのようにポカンとした後、他人には推し量れないような表情を浮かべたのだった。