メモリアの中身
「とりあえず、材料を用意しよう。ちょっと失礼」
そう言ってアレクシス殿下は私の手を取った。同時に奇妙な感覚に襲われた。
(これ……昨日も)
「はい、到着」
思い出すより前に、目の前に現れたのは薬棚。薬草独特の匂いが鼻につく。どうやらイヤーカフを使った転移魔法らしい。
隣にも転移してきた生徒が現れた。
「早く来ないと混むからね。何も言わずに転移してしまったけど大丈夫?」
アレクシス殿下に覗きこまれ、元気だと伝えればほっと安堵したような表情を浮かべた。
「それよりもここは何処ですか?」
「この部屋は薬室だよ。奥には魔具や武器が置いてある。総称すると学園の保管庫だね」
吹き抜けのこの場所は、天井まで高く棚が積まれていて、一番上に置いてある物をとる場合は梯子を使うらしい。先生らしき人が梯子で登り、瓶を棚から取り出していた。
「鍵をかけられているもの以外は自由に使えるんだけど、アタナシア嬢はメモリアに何を入れたい?」
隣接された実験スペースの一角に場所をとり、アレクシス殿下は私に尋ねた。
「魔法でもいいんですよね?」
もらった紙には「何でも」と書かれていた。
「できるけど……調節が難しい。攻撃魔法とかだと内側から魔具を破壊する可能性があって」
「あ、違います。魔法……いや、魔力を入れたくて」
「魔力……?」
どうして私がそうしたいのか分からないのだろう。アレクシス殿下は続きを話すよう促す。
「私の使える属性、ご存知ですか?」
「氷と風属性、内容は知らないけれど特殊魔法が使えると」
(あ、知らないのね)
ほとんど使う機会もなかったので、お父様も忘れていたのかもしれない。
「少し間違ってます。実は、ほんのすこーしだけですが光属性も使えるのです」
手を殿下の前に出すと金色の弱々しい光が生まれる。
「この通り、弱すぎて人の役には立ちませんが……」
光属性は魔力の燃費も悪い。基本的に魔力を多く持つ者しか使いこなせない。故に宝の持ち腐れになることが多かった。
「光属性か……あまり使える人がいない属性だね。私の周りにも数人しか見かけない」
珍しそうに殿下は弱い光を眺める。
「メモリアは採点後、各自の自由にしていいと書かれているので……婚約者に送ろうかと」
「なるほど。そういう事か」
私の使える光属性の魔法は効果が小さいが、祝福を授けることができる。それを組み込んだメモリアを作れば、ギルバート殿下に「こんな凄いの作りました! 元気でやっています」とメッセージにもなると思ったのだ。
「なら、私の中身にも直接魔法をかけてくれないか」
「いいですよ。お安い御用です。誰に差し上げるのですか?」
もしかして慕う方とかいるのだろうか。
「もちろん婚約者に──と言いたいところだが、アタナシア嬢が想像しているような令嬢は、残念ながらいない。だからマーガレットにあげるよ」
アレクシス殿下は立ち上がる。
「中身も決まったことだし、外形の材料を持ってくるよ」
「私もお手伝いします」
「いや、座ってて。何処に何があるのか把握してる私がひとりで取りに行った方が早い」
「ですが……」
(何もしてないわ。役に立たないと)
この後の工程もきっと足でまといになってしまうから、こういう雑用で役に立ちたかった。
「うーん、なら机の下から使う道具を取りだし、水で埃を流しておいて」
「はい!」
道具を確認し始めた私を見て、アレクシス殿下は保管庫の方へ向かっていった。
「よし、これで大丈夫なはず」
道具を洗って拭いた私は、揃っているか確認する。そろそろアレクシス殿下も帰ってくるだろうと腰掛けて待っていた矢先のことだった。
「──アタナシア嬢」
突然耳元で名前を呼ばれ、一瞬心臓が止まる。
「ひゃぁ! 殿下驚かさないでくだい」
「いやぁごめんごめん。ぼーっとしていたから驚いてくれるかなぁって」
「最低ですね」
冗談交じりに詰め寄れば、降参とばかりにアレクシス殿下は手を上にあげた。
「ごめん」
「まあ、いいです。それよりも早く作りましょう。私、一回は失敗する予感がします」
時計を見れば終了まで二時間を切っていた。作り方には三十分で作れると書いてあるが、初心者の私がそんな早く作れるわけが無い。
アレクシス殿下の持っている材料を受け取り、机の上に置く。
「どちらのから作りますか?」
「私は三十分もかからないからアタナシア嬢のからにしよう。まずはこの液体を満遍なく熱が通るように温めて、沸騰したらこの型に移す。そして外側がうっすら固まったら空中に浮かせる。ここまで一気にやろう」
「はい」
大瓶のコルクを抜く。中身はとろりとした白濁の液体だ。ボウルに注いで温める。
木ベラで掻き混ぜていると段々白濁色から透明に変わっていく。
「もういいよここに注いで」
「分かりました」
隣で様子を見ていたアレクシス殿下の声掛けで、火を止めて型に流し込む。
型は鉄製で、液体は急速に冷まされていく。
「そろそろいいかな。私が魔法で形を保つからアタナシア嬢は魔力を注いでね。容量を超えると割れてしまうから気を付けて」
「はい」
アレクシス殿下の魔法によって、球体となった液体が宙に浮かぶ。
固まっているのは外側だけのようで、熱された中身はブクブクと泡立っていた。
「さあ、早く」
促されて手を、メモリアの上にかざす。そうして魔力を──光を球体の中に落とし込んでいく。
(どんな形がいいかしら)
単に注ぐだけではつまらない。あ! と驚かせるような、ちょっとは見ていて楽しくなるような物にしたい。
(それに殿下なら何でも喜んでくれそうだわ)
ギルバート殿下は私から貰うものは全部宝物のように扱う。以前、王宮に行った際に彼の部屋に入ることがあったのだが、私が誕生日にあげたプレゼントがそのまま飾られていた。
そんな彼だから、きっとこれも隣に飾るのだろう。
その光景を想像し、クスッと笑いがこぼれた。
(よし、決めた)
──手のひらから光が溢れてくる。
それはメモリア内の液体に触れた途端、煌めきながら星の形になり液体に沈んでいく。
私は少しでも効果がでるよう祈った。ギルバート殿下に些細でも、幸運が訪れるよう想いを込めた。
「アレクシス殿下、終わりました」
「なら閉じよう」
アレクシス殿下はメモリア上部に、さっきの私と同じように手をかざす。そして穴を覆うようにメモリアに触れた。
ジュッと何かが焼けるような音がして、メモリアは閉じられた。
アレクシス殿下は、手の中にあったメモリアを私に渡す。
メモリアは少し力を入れただけでも、壊れてしまいそうである。
「綺麗だね。星が散りばめられているようだ。もっと際立たせるために液体の色を変えよう」
アレクシス殿下はメモリアをちょんっとつついた。
彼の指を始点にして透明だった内部は黒に変化する。
「わぁ!」
魔力が黒を背景に輝き、見栄えがよくなった。
こうして私が初めて作った魔具は、夜空に浮かぶ星々のような物になったのだった。