新しい出会い
「仕方ないですわね。わたくしの名前はエリザベス・ヴェドナー。ヴェドナー公爵家の者ですわ」
以後お見知りおきをと彼女は誰が見ても完璧な簡易カーテシーをその場できめる。その所作に周りにいた生徒たちも惹き付けられ、数人から拍手が上がった。
「ふんっ、こんなことくらいできて当たり前ですわ」
まんざらでもない様子で拍手を受け止めたエリザベス様は眉をつり上げる。
「で、貴女は名乗りませんの?」
「失礼しました。私はアタナシア・ラスターです。今学期、ソルリアから留学に来ました」
私も簡易的なカーテシーをして、スカートから手を離した。
「知ってますわ。自己紹介を聞きましたもの」
胸の前で腕を組み、エリザベス様は左に顔を向ける。
「わたくしが聞きたいのはただ一つ。何故ぼーっとしているかですわ。マーガレット王女殿下と一緒ではなくて?」
「殿下は用事があるそうで昼休みは別行動だったのですよ」
「あんなに周りを牽制していたのに?」
「エリザベス様が言うほどでは……」
苦笑する。彼女の言いたいことは、せっかく誘ってくださった令嬢に断りを入れてマーガレット王女の隣に座ったことだろう。
まあ、自分でも普通よりは強く出た自覚があるが。
(あそこでなあなあにすると面倒くさくなりそうだったし……)
自分の選択肢は間違いではなかったと信じたい。
「貴女の意図はどうとして、わたくしは感心致しましたの。だって、ほら──」
「マーガレット王女殿下の出生があれでしょう?」と耳打ちされる。
「最初、貴女もあのいけ好かない貴族達と同類なのかと思ったのですわ」
顔を顰めている彼女の視線の先に目をやると、数人の子息たちのグループがあった。
「わたくしの勘違いだったようですけれど。マーガレット王女とは親しいように見受けられましたが、どうやって取り入ったの?」
「特に何も」
媚びへつらうものなら対面した時に拒絶されていた。何もしなかったから、偏見なく普通に接したから、マーガレット王女は私のことを受け入れてくださっただけだ。特別なことは何一つしていない。
「そんなことないですわよ。あの王女殿下ですわ。今までお近付きになろうとしては躱されてますの!」
どうやら接触を図ったことがあるらしい。
「躱されているのならそっとしておくのもひとつの手では?」
多分マーガレット王女はグイグイ来るタイプがあまり好きでは無い。エリザベス様は残念なことにその部類に入る気がするので、避けられている説が濃厚だと推測できる。
「どうして? 話がしたいなら話しかけに行かないと始まらないですわ」
不思議そうにされても困る。
(悪い人ではなさそうだけど。何だろう。キャラが濃い……?)
ソルリアにいた友人達とはまた違う部類の性格で、対応に戸惑ってしまう。何も言えず、口を閉じているとエリザベス様が話し始める。
「そうそう、わたくし貴女とも親しい関係になりたいですわ」
「私と?」
「ええ」
「なぜ?」
他国との繋がりが欲しいのかと一瞬邪推してしまうが、それは考えすぎだった。
「貴女なら直感的に仲良く出来そうだと思ったから」
エリザベス様は自身の髪の毛を軽く引っ張る。ふわふわの髪は赤褐色だ。
「真紅、ではないですけどわたくしも赤色の髪で、古臭い一部の家門の者からは心許ない言葉を投げかけられるのですわ」
ポケットからハンカチをわざわざ取り出し、エリザベス様は血管が浮き出るほど強く握り締める。
「だから差別や偏見は大っ嫌いですの。大半の人は美しい色だと褒めてくださるのに、ほんのひと握りの者達がネチネチと……余計なお世話でしかありませんわ!」
感情任せにハンカチを地面に叩きつけて地団駄を踏む令嬢に、周りの者が引いている。
「だ、か、ら!」
「ひっ」
肩を掴まれ至近距離に顔を近づけられる。獲物を狙うような瞳に、まるで熊に襲われる兎の気持ちになった。
「警戒心が強いマーガレット王女殿下が心を許す者。つまり、差別や偏見を持たない者ということで、仲良くなりたいのですわ」
買い被りすぎだ。だけど……
(これ、拒否権あるかしら?)
強引さに固まる私を見てどう思ったのか知らないが、肩を掴む手の力が強くなる。爪がくい込んで痛い。
「どっちですの! 親交を持ってくださいますわよねっ?」
迫力がすごい。圧もすごい。
「えっと……とりあえず離していただけ……」
「──エリザベス・ウェドナー、おやめなさい。困っていらっしゃるでしょう」
凛とした声が間に入り、細い手がエリザベス様の腕をそっと掴む。
「マーガレット王女!」
声高く呼んだのはエリザベス様で、彼女はぱっと私の肩から手を離す。
助かったと思った同時に、マーガレット王女はなんだか疲れているように見えた。
「王女様から会いに来てくださるなんてとても嬉しいですわ!」
「いや、私は餌食になっているターシャを助けようと……そもそも授業中……」
都合のいいように受け取っているエリザベス様に対して、若干引き気味なマーガレット王女は彼女と距離をとり始める。
「今回こそは逃がしませんわ! 王女様、わたくしの友人になってくださいませ!」
「ダメだやっぱり聞いてない。逃げるわ」
そう言ったマーガレット王女は私の手を握って脱兎のごとく人混みの中に紛れ込む。
「助けてくださってありがとうございます」
「どういたしまして」
微かにマーガレット王女が笑う。その姿だけ見ると昼休みの一件は尾を引いていないようだ。
「それにしても災難だったわね」
後ろを警戒しながらマーガレット王女は言う。上手く巻けたようでエリザベス様は見当たらない。
「はい、ちょっと押しが強い方なのですね」
「あれはちょっとではないわ。良い人だとは思うけど、私は苦手」
私の推測は当たっていたようだ。やはりマーガレット王女が疲れているように見えたのは、私を助けるために自ら彼女に接触を図らないといけなかったからだろうか。
「はい、ターシャの場所はここ。私はもっと前だからまたね」
ひらひらと小さく手を振って、マーガレット王女は行ってしまった。
どうやらそのままヴィアリナ先生が指示していた列に案内してくれたらしい。周りを見れば午前の授業を一緒に受けた令嬢達がいる。
「ほとんど並びましたかね。では今日はこれを作ってもらいます」
前に立つヴィアリナ先生は顔一個分ほどある球体を手の上に浮かせる。
「名前は『メモリア』端的に言うと保存魔具の一種です」
先生が指を動かせば生徒の真上にメモリアが移動する。真下から見る限り中は液体と花々で満たされているようだ。気泡らしきものが球体の上部に昇っていく。
「作り方をざっと説明すると、一人がメモリア専用の液体を使って外形を作り、もう一人が中に保存する物を入れて固める作業を同時並行で行います」
パチンっとヴィアリナ先生が指を鳴らす。するとメモリアも破裂して、中に入っていた花──否、花びらが辺りに舞い、身体に触れた途端、雪が溶けるように跡形もなく消えていった。
「自分達の好きなものをつめなさい。植物でも、宝石でも、記憶でも。作り方は紙に書いたメモを配ります。では、私たちから受け取った生徒からパートナーと合流して作り始めてね。解散!」
生徒はメモをもらいに周りに控えていた先生達の所へと散る。私もヴィアリナ先生のところへ行き、受け取る。
「彼のパートナーは大変でしょうけど頑張ってね」
「はい」
単に王族のパートナーだから頑張れと言っているわけではないだろう。なんせアレクシス殿下は魔具を作るのが得意であると言っていた。
王都を案内してもらった時に付けた指輪も彼の作品なのだから、その才能を疑う余地はない。
(足を引っ張らないようにしないと)
気を引き締め、アレクシス殿下は何処にいるのだろうかと辺りを見回す。
「アタナシア嬢」
「あ、殿下」
とんとんと肩を叩かれ振り向けば、そこにはアレクシス殿下がいた。彼は持っていたメモを掲げ、にっこり笑う。
「初めての共同作業だけどよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします。殿下の荷物にならないよう精一杯頑張ります!」
「そんな肩に力を入れなくて大丈夫だよ。メモリアは比較的魔具の中でも作りやすいし、あれはほぼ魔法のようなものだからね」
意気込む私を見て、アレクシス殿下は口に手を当てクスクスと笑ったのだった。